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表彰式エレジー

「賞」と名のつくものをもらったのは、中学3年の時、市のロータリークラブが主催する作文コンクールで佳作に選ばれたときだけである。

しかしその「賞」も、いまだに私の中で、本当にもらったものなのか、確信が持てない。

作文コンクールのテーマは、「私の父」というものだった。ある晩、父がひどく酔っ払って、自分のそれまでの挫折だらけの人生について私に語ったことがあった。私はそのときのことを作文に書いたと記憶する。内容が内容だけに、ひどく暗い作文だったと思う。

私が、書いた作文を国語の先生のところに持っていって、「作文コンクールに出したいのです」というと、

「え?出すの?」

と言われた。まさかうちの中学校から、作文コンクールに応募する生徒なんていないだろう、と、国語の先生は思っていたのである。

そのころ、私の中学校は、ひどく荒れていて、およそ勉強をするという雰囲気ではなかった。ましてや、自分から作文を書く、なんて学生は、ただの1人もいなかったのである。

やれやれ、めんどくせえなあ、という感じで、国語の先生は、私の作文をロータリークラブに送った。

その後は、なしのつぶてである。

たぶん駄目だったんだろうな、と、私自身も半分忘れかけていたら、あるとき、小学校のころの担任の先生から、手紙が来た。

「この前の作文コンクールの表彰式に来なかったけれど、何かあったのか?」

と書いてあった。小学校の時の担任の先生は、作文コンクールの審査員の1人だったらしいのである。

表彰式?知らないぞ、そんなもん、と思い、中学校の国語の先生に聞いてみると、

「どうやら佳作をとったらしい」

というのである。

というか、その知らせが私に届かなかったのは、どういうわけだ?

しばらくして、賞状が中学校に送られてきた。私は月曜日の朝礼で、校長先生から賞状をもらうことになった。

私がいた中学は、卓球部と陸上部が強く、大会で優勝すると、朝礼で校長先生から表彰された。表彰されるのは体育会系ばかりで、文化系の人間が表彰されることはまずなかった。

そこで初めて、私が文化系の人間として朝礼で表彰されるのである。ちょっと誇らしかった。

ところが、表彰の日。

体育館で、全校生徒を集めて朝礼が始まった。舞台袖で、緊張しながら呼ばれるのを待っていると、国語の先生が近づいてきた。

「たった今、舞台裏で副賞の図書券が盗まれた。申し訳ないが、壇上では賞状だけを受け取ってくれ」

ええっ!どういうこっちゃ?

私の中学時代は、校内暴力の全盛期。しかも私の通っていた中学は、市内でも札付きの「ワル」中学だった。毎日、何かしら事件が起こっていた。だから舞台裏で、ほんの一瞬の隙を突いて図書券が盗まれる、というのも、さほど不思議なことではなかった。

それにしても、先生も先生だ。このセキュリティの甘さはいったい何なんだ?

壇上で校長先生から賞状を受け取ったが、嬉しさも半分である。

数日後、国語の先生に呼び出され、職員室へ行った。

すると先生は、「盗まれた図書券が見つかった」といって、2000円分の図書券を私に渡した。

いま思うと、本当は盗まれた図書券なんて、見つからなかったのだろう。国語の先生が、自分のポケットマネーで図書券を用意したのだと思う。

それにしても、この達成感のなさは何だろう?と、それからというもの、ずーっと、モヤモヤした感じが残った。

そもそも、自分はいったい、作文にどんなことを書いたのか?

提出した作文が戻ってこなかったため、自分がどんな内容の作文を書いたのか、すっかり忘れてしまった。

…表彰式にも出ず、副賞の図書券も「盗まれた」と言われて当初はもらえず、提出した作文も残っていない…。

私は、本当に作文を書いたのだろうか?

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