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「校庭のおじさん」気取り

11月8日(金)

私の悪い癖、というのか、性分、というのか。

「誰にも頼まれない仕事」に精を出す、ということである。

あるいは、「見えないところで仕事をする」というべきか。

私のまわりには、「目立つところで仕事をしたがる」人が多く、それはそれですごいなあ、と思うのだが、へそ曲がりの私は、「見えないところの仕事」に魅力を感じるのである。

今日は、朝から晩まで、そんな1日だった。

同僚が誰1人やりたがらない「資料室」の整理を、学生に手伝ってもらいながらしたり、学生主催の総会に「顧問」として出席したり。

どちらも、「誰にも頼まれない仕事」「見えないところでする仕事」である。

とくに後者は、3週間ほど前から、主催者の学生たちと一緒に準備を進めてきた。

100人近い構成員を集めた「総会」は、主催者の学生たちにとっては初めての試みである。

開催すること自体に、構成員から強い抵抗があることも、よく知っていた。

どのようにしたら、総会を円滑に、できるだけ不満なく進められるか。

私も学生と一緒に、悩んだ。

ただ、こんな性格だが、昔から、会議慣れはしている。

私は中学生のときに生徒会長をしていたので、かつて「生徒総会」をとり仕切ったことは何度かある。

社会人になってからは、会議の連続だ。

今の職場では、3年ほど前に、こんなことがあった。

ある委員会の会議で、毎回司会進行役をつとめていたのだが、あるとき、会議を信じられない手際のよさで、終わらせたことがある。

たまたまそのとき、iPodのストップウォッチ機能を使って時間を計測していた同僚がいて、「8分36秒1」だったという。委員会史上、最短の会議時間である!

まあそんないろいろな経験をしてきたから、少なくとも無駄に年齢を重ねている分、会議については学生よりも慣れているのである。

会議の資料も、学生が作ってきた原案を何度も推敲して、文章表現を工夫し、レイアウトを見やすくして、合計26頁の膨大な資料を仕上げていった。これにはけっこう苦労した。

こんな仕事をしている同僚など、他にいないだろうな。

その前に、こんな仕事を私がしていること自体、誰にも知られていないのだ。

さて、午後4時半にはじまった今日の総会は、午後7時、主催者の学生たちの献身的な努力によって、無事に終了した。もちろん私は、傍観者である。

総会がひととおり終わって、冷静に思ったことは、

(「顧問」である大人が、学生の意志決定の場に、ここまで深く関わってよかったのだろうか?)

という疑問である。

知らず知らずのうちに、私は、大人の価値観を、彼らに押しつけてしまったのではないか?

学生には学生なりの、自由な進め方があり得たのではないか?

すっかり「校庭のおじさん」気取りだが、本当は「よけいなお世話」だったのではないか?

「押しつけがましいオッサン」がいることで、不快に思った構成員の学生もいたのではないだろうか?

そんな疑念が次々と頭をもたげてきて、心がどんよりしてきた。

…ま、読者ならおわかりの通り、こんなことを考えるのは、いつもの私の病(やまい)なので、気にすることはない。

そして学生以上に、こんなことに思い悩む大人は、この職場で、私くらいなものだろう。

しかし悩んでいるうちは、私もまだ捨てたもんじゃない、とも思う。

この複雑な心理は、たぶん誰にもわからないだろう。

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