決定!2013書籍ベストワン!
12月22日(日)
今年中に、どうしても読んでおきたい本があった。
高野秀行『謎の独立国家 ソマリランド』(本の雑誌社、2013年)である。
数か月前に、妻に勧められていたのだが、忙しさにかまけて、読むのを先送りにしていた。
先送りしていた理由は、この本が、500頁にもおよぶ「分厚い本」であったためである。
だが、もう今年も終わってしまう。この3連休に、読むことにした。
ソマリランド共和国とは、アフリカ東北部のソマリア共和国内の一角にある、自称独立国家である。
ソマリア共和国は、周知の通り、内戦が続いたあと、武装勢力が無数に存在し、長らく無政府状態が続いている。暫定政府は存在するが、「崩壊国家」の異名をとる。
そのソマリア共和国の北の一角に、国際社会ではまったく認められていないながらも、十数年も平和を維持している独立国家があるという。
それが「ソマリランド共和国」である。
「辺境作家」の高野秀行氏は、この奇妙な国家「ソマリランド」に興味を持ち、その国家の真実の姿を自らの眼で確かめようと、ソマリランドに取材に行くことを決意する。
高野秀行氏はこの国家を、「地上に実在する『ラピュタ』」と表現する。
高野秀行氏といえば、早稲田大学探検部出身の「辺境作家」で、これまで数々の抱腹絶倒の「探検記」を記してきたことでも知られる。このブログにも、何度か読後感を書いたことがあるが、一般には、どれだけ知られている作家なのだろう。
さて、この『謎の独立国家 ソマリランド』もまた、とてつもなく面白い。
ソマリアの政治的事情は、じつに複雑怪奇だが、それをじつに懇切に、ときに日本の源平合戦や戦国時代などにたとえて、わかりやすく説明している。
たとえば、私たちがよく知る「ソマリア」という言葉について、著者は次のように説明する。
民族名としては、「ソマリア人」ではなく、「ソマリ人」というのが正しい。19世紀にまずイギリスが、ソマリ東北部の土地をおさえて「ソマリランド」と勝手に名前をつけた。ほぼ同時に、イタリアが南部の土地にやってきて「ソマリア」とやっぱり勝手に名前をつけた。ソマリアの「ア」は、イタリアやヴェネツィアの「ア」と同じで、イタリア語で国や土地を表す語尾である。
つまりソマリアとはイタリア語であり、「ソマリア人」と呼べば、それは民族名ではなく、「ソマリア共和国の国民」という意味になるのである。
…へぇ、なるほどねえ。とすると、謎の独立国家「ソマリランド共和国」は、もともと、ソマリ北部をおさえたイギリスの命名に由来しているわけだ。
…と、こんなふうに、書かれている一つ一つがじつに私にとって新鮮である。
ソマリランドは、じつに不思議な国である。内戦に明け暮れ、武装勢力が闊歩しているこの地域において、日本以上に、平和で洗練された民主主義により、政治が行われているのだ。
著者はこれを、「前人未踏のハイパー民主主義」と呼ぶ。民主主義があまりにも高いレベルにまで到達している国家、という意味である。「制度的にはソマリランドの政治体制は日本よりはるかに洗練され、現実的である」と、実際に現地に行き、政治の中枢にいた人々を取材した著者は、強調する。
とにかく読んでいて、ソマリランドの政治体制の合理性には、舌を巻くばかりである。
歴史や政治体制のことばかりではない。この本のすごいところは、ソマリ人の民族性や思考様式、宗教観、家族制度、氏族制度、共同体の実態などが、実際の体験を通じて、きわめて詳細に分析されていることである。
いままで、ソマリ人についてこれほどまで詳細に分析した書は、おそらくないだろう。
これはもう、文化人類学の第一級の研究書である!
文化人類学に関する、極上の教科書といってもよい。
ここまで、著者をソマリ人にのめり込ませたものは何だったのだろう?
それは、ソマリ人に対する愛情である、と思う。
この本を読めば、著者が、ソマリ人に対してかなり愛着を持っていることがわかる。それは、実際にソマリ人たちに接していくうちに、芽生えてきたものであろう。
学問をする、とか、研究をするというのは、どういうことか?
そんなことを考えている人が、もしいたとしたら、絶対に、この本を読むべきである。
…とまあ、こんな堅い話だけではない。
著者の文章は、とにかく面白い。
苛酷で、極限な状態におかれても、つねに状況を冷静に観察するという、著者の抜群の観察力によるところが大きいだろう。
一例として、こんなエピソードがある。
著者が、南部ソマリアの、モガディショという都市を訪れたときのことである。南部ソマリアは、北部のソマリランド共和国とは対照的に、内戦をきっかけに、武装勢力が幅をきかせている「無政府状態」の地域で、なかでもソマリアの都だったモガディショは、「世界で最も危険な都」といわれていた。そこに、著者は足を踏み入れるのである。
「モガディショは私が今までに全く見たことのない種類の町だ。(中略)
なにしろ、肩から自動小銃を下げた人がそこら中にいる。あまりに普通に見かけるので、だんだん『現地で流行っているユニークな肩掛け鞄』みたいに見えてきたくらいだ。(中略)
繁栄と危険の妙な調和といえば、忘れられない光景があった。地元の人たちは白いミニバンみたいな車を乗り合いバスとして利用している。もちろん、他の車と同様、これもみな日本車だ。そういうミニバスはときどき、開けっ放しのドアに銃を持った民兵が立ち乗りしている。
『席にすわんなきゃいいだろ』とカネを払わず、強引に入口に立つらしい。見た目はバスジャックされた車両である。
一度など、車両の両側に高々と自動小銃を掲げた民兵が二人、立ち乗りしているバスが向こうから走ってきたのだが、バスの正面には大きくひらがなで『ようちえん』と書かれていて、そのシュールさに目眩がしそうだった。そんな幼稚園、あるか!
写真に撮れなかったのが残念でならない」(329~331頁)
武装勢力に囲まれ、極度の緊張状態にある中で、著者の観察力と表現力は、それを「笑い」に変えてしまう。
そう、これはまさに、桂枝雀師匠が言うところの「緊張と緩和が笑いを生む」、いわゆる「緊張の緩和理論」である!
500頁もあるが、とにかく飽きさせないのだ。
…というわけで、決定しました!
「風の便りの吹きだまり・2013書籍ベストワン」は、
高野秀行『謎の独立国家 ソマリランド』です!
| 固定リンク
「書籍・雑誌」カテゴリの記事
- そんなこともあるさ(2024.09.18)
- 郊外型巨大書店の憂鬱(2024.09.15)
- 献本(2024.08.21)
- 書店は小宇宙だ!(2024.07.26)
- どうする原稿依頼(2024.07.17)
コメント