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法は温かいか、冷たいか

12月6日(金)

毎年恒例のMGSBに行ってきた。

今年度は、職場をあげて広報宣伝をおこなったおかげか、例年にくらべてかなりお客さんの数が多い。社長や部長も見に来ていた。

こぶぎさんも、大学時代の後輩の方を連れて片道50㎞かけて見に来ていた。

「今年は何といっても、行政裁判だからね」

と、すごい熱の入れようである。

私はこのMGSBを、裁判劇としてではなく、一種の「歌舞伎」としてみている、ということは、前に書いた。純粋に演劇として、楽しんでいるのである。

始まる前の挨拶で、「ここで本当に裁かれるのは、舞台の上の学生さんです!」と手厳しい言葉が出てきたが、おいおい、こっちは裁判員のつもりで見に来たわけじゃないぜ。

さて、開演である。

歌舞伎を思わせるセリフ回しは、もはや伝統芸といえるが、時間がたつにつれて、セリフ回しがじつに伸びやかになっていく。

これは、昨年の舞台でも感じたことである。

そうか、舞台の冒頭、というのは、誰しも緊張して、セリフが仰々しくなったり、不自然になったりするものなのだな。

それで思い出した。

先日見に行った、こまつ座の「イーハトーボの劇列車」の最初は、出演者全員が出てきて、非日常的なセリフを声をそろえて客席に向かって語りかける、というものだった。

あれはひょっとして、幕が上がった最初というのは誰しも緊張するために、わざと最初に仰々しいようなセリフ回しをさせているのではないだろうか。

そうやって最初に緊張を解きほぐすことで、後になって伸びやかで自然なセリフ回しが可能になるのではないか?

…考えすぎかも知れない。

さて、今回私が最も気に入ったのは、被告代理人、つまり行政側の代理人を演じた女子学生である。

「生活保護」の申請を却下するという行政側が、ストーリーの性質上、原告に対して冷酷に対応することは容易に想像できるのだが、この被告代理人は、セリフ回しがよくそれに見合っているのだ。

彼女が発するセリフは、明朗だが、冷たい。じつに冷たい。

だからこそ、この裁判劇が生きてくるのである。

昨年度の民事裁判をテーマにしたときも、やはり被告代理人の演技がすばらしかった。

民事裁判や行政裁判を取りあげた裁判劇においては、被告代理人の冷徹な演技が、全体の出来不出来を左右すると言っていいであろう。

法律とは、解釈しだいで、なんと人に冷たいものなのだろう、と思い知らされる。

無味乾燥な言葉の羅列も、前後の文脈や、それまでの経緯、そして置かれた立場によって、冷たくもなり、温かくもなるのだ。

結局は、それを扱う人間の問題なのだろう。

…と、ここまで書いてみて考える。

こんなことを考えた私は、まんまと、彼らのねらいに乗ってしまったのだろうか?

裁かれているのは、見ている私のほうか?

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