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「第九」は身を助ける

12月29日(日)

年末といえば、何を連想するでしょう?

そう、もちろんベートーベンの「第九」です!

日本では、年末に「第九」を演奏することが風物詩になっている。これは日本だけで広まった、奇妙な風習である。

ウクライナの楽団が来日して、今日、都内の音楽ホールで「第九」の演奏をするというので、聴きに行った。

S席10000円ですよ!10000円!

何を隠そう、私は高校時代に「第九」の合唱に参加したことがある。

だから「第九」には、ことのほか思い入れが強いのだ。

うちの高校は、希望する生徒を募って「第九」の合唱を練習し、年に1度、プロの楽団と一緒に演奏会を行っていた。

もちろん好奇心の強い私は、その「第九サークル」に参加した。

なぜうちの高校が、「第九」に熱心だったかというと、当時の音楽の先生が、声楽が専門で、「「第九」でバリトンのソロを歌いたい」というのが、夢だったからである。

それで先生が、高校側や、プロの楽団を説得し、年に1度の第九演奏会を実現させてしまったのである。

言ってみれば、生徒たちは、その先生の夢につきあわされたことになる。

つきあわされた、といっても、もちろん、誰も文句を言う生徒はいない。その先生は慕われていたし、何より、ホンモノのオーケストラを前にして「第九」を歌うのはじつに楽しいのである。

もちろんドイツ語の歌詞を覚えたのだが、ドイツ語自体は、まったくわからなかった。

「第九」の歌詞は、いくつかのパターンのくり返しなので、歌詞にバリエーションがあるわけではない。だから、覚えやすいのである。

のちに大学で私は、第二外国語としてドイツ語を選択することになるのだが、成績はひどかった。「第九」が歌えるからといって、ドイツ語が話せるようになるわけではなかった。

では、「第九」がその後の人生にまったく役に立たなかったのか?というと、そうではない。

大学と大学院を通じての、私の恩師の1人である某先生は、ドイツ留学を経験していることもあり、酔っ払っていい心持ちになると、ドイツ語の歌をよく歌っていた。なかでも「第九」は十八番(おはこ)だった。

飲み会で、先生が「第九」を歌い始めると、周りの院生の先輩たちは「またはじまった」という顔をするが、私だけは、先生の歌うテナーパートに合わせて、ベースパートを「ハモる」のである。

すると、先生はますます機嫌がよくなり、宴会の雰囲気は、非常に和やかになったのである。

私にとってはそれが唯一、「第九」を歌っていたことが役に立った瞬間だった。

今日、久しぶりに「第九」の生合唱を聴きながら、心の中で「ベースパート」を一緒に歌っていたのだが、歌詞やメロディは、ほとんど忘れることなく、覚えていた。

「ちょっとどけ!俺に代われ!」と、思わず舞台に上がりたくなった。

とくに中盤の、スプラノ(女性)、アルト(女性)、テナー(男性)、ベース(男性)の掛け合いは、聴いていてしびれるねえ。

またいつか、舞台で歌ってみたいなあ。

それで思いついたんだが、「第九」を授業科目にしてはどうか。

合唱の練習をしつつ、ドイツ語や、クラシック音楽や、欧州の歴史を学び、総仕上げは、オーケストラを前にして演奏会をする。

ふつうの授業なら、習ったことはすぐに忘れてしまうが、「第九」はたぶん、一生忘れることはないだろう。

現に私は、高校時代に、たった数か月の練習しかしていないにもかかわらず、「第九」の歌詞とメロディをいまでも覚えているのである。

「第九」を歌えば、クラシック音楽のよさも、実感できるはずである。

そして、「第九」を歌ったことが、いつか自分の身を助けることもあるだろう。

…とここまで書いて、インターネットで調べてみると、自分の出身高校が、今でも第九演奏会を続けていることを知った。今年で37回目だそうである。

「第九のバリトンソロを歌いたい」という理由で、生徒たちをまきこんで演奏会をはじめた音楽の先生は、実は私が第九演奏会に参加した翌年、若くして亡くなってしまった。

だが、その先生の蒔いた種は、大きな幹となり、いまでは生徒400人による合唱がおこなわれるほどの、大規模な演奏会となっているのだ。

音楽のモリ先生が生きていたら、きっと喜ぶだろうな。

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