乱暴な依頼主
12月9日(月)
毎日、学生からいろいろな相談を受ける。
「よろず相談所か!」というくらいに。
今日、4年生のSさんからメールが来た。
「先生、卒論のことではないのですが、聞きたいことがあるので、うかがってもよろしいでしょうか?」
最近、卒論のことでよく相談に来るSさんが、今回に限っては、「卒論のことではない」相談だという。
何だろう?人生相談だろうか?
人生相談だとしたら、大人として、ちゃんと答えてあげないといけないな。
人間関係の相談だとしたら、よくよく聞いて、適切なアドバイスをしてあげなければならない。
…などと、いろいろとシミュレーションしていたら、仕事部屋をノックする音がした。
4年生のSさんと、Kさんである。
相談する本人というのは、Sさんではなく、Kさんということらしい。ふだん私とアポをとっているSさんが、代わりに私にアポを取ったのだった。
「どんな相談ですか?」私はKさんに聞いた。
「先日、友だちとCという居酒屋に行ったんです」
「ああ、大学の近くのね。もう10年以上は行ってないなあ」
職場の近くにあるCという店は、おもに学生たちが集まる小さな居酒屋だった。私は10年以上前に、1度しか行ったことがない。
「そこでみんなで飲んでいたら、オヤジがやってきて、『頼みたいことがある。ここに何て書いてあるのか解読してほしい』といって、写真を見せたんです」
「ほう」
「これが、その写真です」
何と、居酒屋のメニューの裏を使って、写真をプリントアウトしたものだった。A4サイズである。
「何だい?これ」
「私もよくわからないんですけど、オヤジの持っているものらしいです」
写真に写っているものは、ナンダカヨクワカラナイ、金属製の装飾品のようなものである。そこに、文字らしきものが刻まれているようである。
「オヤジって誰?その店に来ていたお客さん?」
「いえ、店の主人です」
「店の主人?店の主人が、何であなたにこれを見せたの?」
「その店の主人は、大学生の客が来るたびに、この写真を見せて、『ここになんて書いてあるか解読してほしい』と頼んでいるそうです。『大学生だから、これくらい読めるだろう』と。でも、大学生がこんなもの、読めるはずはありませんよねえ。で、ことごとく断られていたそうなんです」
「で、何であなたは、これを読むことを引き受けたの?」
「心当たりの先生がいたものですから…」
どうやら、それが私のことらしい。
「一体これは何なの?」写真に写っている金属製の物体が何なのか、私にはサッパリわからない。
「よくわかりません。店のオヤジも、何も言いませんでしたから」
「困ったなあ…」
次の時間は授業だし、こっちは忙しくてそれどころではないのだが、しかし一方で、
「好奇心」
という言葉が脳裏をかすめた。
「誰にも読めないものを読んでくれ」
と言うのは、私に対する「殺し文句」である。学生はその「殺し文句」を知っていたとは思えないのだが。
私の見立てによれば、どうやら西周の金文であることは、間違いなさそうだった。
手元にある辞書などを手掛かりに、いくつかの文字を読むことはできたが、全体として何を書いているのかは、わからない。
「うーむ」
「先生、そろそろ授業の時間ではないですか?」
気がつくと、授業開始までもう時間がない。
「あとで考えてみる!」と言って、授業に出たが、その後も、あのアヤシい写真のことが気になって仕方がない。
そもそも、居酒屋のオヤジが、自分の店のメニューの裏にデジカメの写真をプリントアウトしたものを学生に見せて、「この文字を読んでくれ!」とは、ずいぶん乱暴な依頼である。
そしてそのとばっちりが、まわりまわってこっちに来たのだ。
かといって、そのままにしておくわけにはいかない。「こんな文字も読めないのか」と言われたら、沽券にかかわるのである!
そうだ!以前、漢字検索ソフトを買ったんだった。あれを使えば一発でわかるぞ!
…だが、パソコンのバージョンが変わったら、とたんにインストールできなくなってしまったのだった。
うーむ。肝心なときに使えないなあ。
まったく、めんどうな依頼を引き受けてしまったものだ。
しかも、アヤシくて、いっこうにお金にならない依頼を、である。
なぜ俺は、会ったこともない居酒屋のオヤジの依頼に答えようとして、頭を悩ませているのだろう?
俺は「よろず相談所」ではないのだ!
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