誕生日の誓い
1月7日(火)
今日は特別な日なので、昼食を「よく喋るシェフの店」でとることにした。
店に入ると、
「ちょうどいいときにいらっしゃいました」とシェフ。先客が帰ったばかりのようで、店には誰もいない。
例によって、シェフの長いお喋りが始まる。
シェフは口癖のように、
「この界隈で、ひとりで店を続けていくのは、たいへんだ」
という。たしかに、この界隈には似つかわしくない、洋食屋さんなのである。
「ひとりで踏ん張るって、大変ですよね」と私。「ひとりで踏ん張れば踏ん張るほど、孤立してしまうんです。誰も味方をしてくれるわけでもないし」私もつい、愚痴を言ってしまった。
「わかりますよ。そりゃあ、みんなで仲良く何も言わずにいる方が楽なんでしょうけど、誰かが言わないとダメなときもありますよ」とシェフ。
この人は、私と同じで話がクドイのだが、「一匹狼」の強さと弱さをよくわきまえている人なんじゃないか、と思う。
シェフは、長いあいだ客商売をしているせいか、観察眼が適切である。
事情もよくわからないはずなのに、私が日ごろ抱いている違和感をくみ取り、共有してくれている。
…もっとも、たまたま目の前の客である私に話を合わせているだけかもしれないが。
話題はその後、競馬の話になり、その流れで、なぜか馬糞の話になる。
「子どもの頃、馬糞を積んでいる塚が家の近くにけっこうありましてね。魚釣りなんかで遊ぶとき、よく馬のウンコの中にいたミミズを捕りました。魚釣りの餌には最高だったんですよ」とシェフ。
とりとめのない話題で、1時間半が過ぎた。
やっぱりもう少しだけ「一匹狼」で頑張ってみよう、と自分に誓いながら、店を出た。
4年生の1人からメールが来ていた。
「先生、今どこにいらっしゃいますか?」
いかん!卒論の下書きを見る約束だった!
慌てて仕事部屋に戻り、学生にその旨を伝えると、しばらくして仕事部屋をノックする音がした。
「先生、お誕生日おめでとうございます」
4年生の女子5人が来ていた。
今日は私の誕生日である。恒例により、今日が誕生日だということは、誰にも言わないことにしていた。
「これ、去年のようにホールケーキとはいきませんが、どうぞ」
袋には、チーズケーキとプリンが入っていた。彼女たちが私の誕生日を覚えていたのは、去年のことがあったからだろう。
「去年はたしか、『来年の今ごろは卒論で大変なのでお祝いできませんよ』って、言ってなかったっけ?」と私。
「ええ。だからこれは、ないと見せかけての、1年間をかけたドッキリです。では、ここで歌います」
そう言うと、5人は廊下に響き渡るような声で「ハッピーバースデーの歌」を歌った。
その後、3名ほど、別の場所で卒論に関する面談を行う。
仕事部屋に戻ると、ドアのところにお菓子の袋がかかっていた。
(誰からだろう?)
最初はわからず早とちりをしたが、よくよく見てみると、袋の奥の方に小さい紙片が入っていて、「お誕生日おめでとうございます。3年生女子一同」と書いてあった。
不思議なのは、3年生には、私の誕生日のことをまったく言っていなかったはずなのに、なぜか知っている、ということである。
お礼のメールを3年生のSさんに送り、なぜ誕生日のことを知っていたのかと聞くと、同じ3年生のWさんが、自分の誕生日と私の誕生日が近いことを、何かの機会に知り、それを覚えてくれていたらしい。
3年生の「サプライズ」にも、感謝した。
このほかにも、日ごろお世話になっている大人の方々からも、お祝いメッセージやプレゼントをいただきました。ありがとうございました。
「誕生日の日ぐらい、素直になりなさい」
「…はい」
…ということで、誕生日を迎えるにあたっての誓いは、
「これからは、安易に『軽く死にたくなる』とは言わない」
「言わなくてもいい被害妄想を言って迷惑をかけない」
の2つです。どれだけ守れるかわかりませんが、頑張ります。
夜はこの誓いとともに、家で「一人誕生日会」をして、赤ワインを空けました。
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