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今年最初の「軽く死にたくなりました」

1月4日(土)

夕方、一人で散歩に出かけた。

家から15分ほど歩いたところに駅があり、駅前の喫茶店にでも入って本を読んだり原稿を書いたりしようと思っていたのだが、あいにく喫茶店は混んでいて、座る場所がない。

(それにしても、喉が渇いたなあ)

さしあたり喉を潤すために、自販機で何か買って飲むことにしよう、と思い、駅前にある自販機を探すと、「マウンテンデュー」の500ミリリットル缶が売っていた。

(懐かしいなあ、マウンテンデューかあ)

たしか中高生の頃、マウンテンデューというジュースが発売されて、最初に飲んだとき、その味が衝撃的に美味しかったことを覚えている。

(久しぶりに飲んでみるかあ)

寒空の下で冷たい缶ジュースを飲むような気候ではないのだが、そんなこと、私には関係ない。

自販機にお金を入れてボタンを押すと、缶ジュースが出てきた。500ミリリットル缶というのは意外に大きくて面食らったが、買ってしまったものは仕方がない。

周囲を見渡して、座って飲める場所も見当たらないので、自販機の前で、マウンテンデューの缶を開けて、立ったまま、路上でゴクゴクと飲み始めた。

いわゆる立ち飲みである。

中高生の時に感じたほど、美味しいとは思えなかった。味覚が変わったのだろう。

それでも、左手を腰に当てて、路上でゴクゴク飲んでいると、

「あら、○○さんじゃありません?」

と、私を呼ぶ声がする。

(おかしいなあ。この近所に、私の知り合いは住んでいないはずだが…)

見ると、美人の女性である。

(誰だろうなあ…)

見たことがあるような気もするが、思い出せない。

「私です。○○です」

名前を聞いて思い出した。妻の従姉妹(いとこ)である。義理の従姉妹、というべきか。

数回しか会ったことがないので、すっかり思い出せなかったのである。

そういえば従姉妹は、一流企業に勤める夫の仕事の関係で、この駅のすぐ近くに住んでいたことを、思い出した。

いままさに、駅前のスーパーで買い物を済ませて出てきたところのようである。

「ああ、どうも…お久しぶりです」私の右手には、500ミリリットル缶のマウンテンデューが握られている。

「どうしたんです?」

「いえ、その、…まあ」

寒空の下、500ミリリットル缶のマウンテンデューを路上でゴクゴク立ち飲みしている私に、「どうしたんです?」と聞かれて、私は何と答えたらいいのだろう?

「あの…散歩しておりまして…その途中です」

「正月はこちらにお戻りだったんですね」

「ええ」

「○○ちゃんは?」○○ちゃんとは、私の妻のことである。

「…あのぅ、…家で昼寝しています」

従姉妹は、私が一人で駅前の自販機の前の路上で、缶ジュースを一心不乱に飲んでいる姿を、明らかに不審の目で見ていた。

「おばちゃんも元気ですか?」おばちゃん、というのは、義母のことである。

「ええ」

私は話を早く切り上げたかった。なにしろ私の右手には、500ミリリットル缶のマウンテンデューが握られているのだ。

「あのう、ここで切腹してもよろしいでしょうか…」

と、喉まで出かかった。

「それじゃあまた」

察したのか、従姉妹はそそくさと帰っていった。

考えてもみたまえ。

いい年齢をした大人が、日が暮れた寒空の下、自販機の前の路上で、一人で500ミリリットル缶のマウンテンデューを、立ち飲みしているのである。

まるで、「親に内緒でこっそり買い食いしている中高生」ではないか!

明らかに挙動不審である。

それを、妻の親戚に見られてしまったときの気持ちを考えてみたまえ。しかも、妻と同世代の従姉妹である。

さらに、である。

私が年末年始、妻の実家に厄介になっていることも、その従姉妹は知っているのである。

その従姉妹が、私のこの状況を見たら、どんなことを思うだろうか?

(よっぽど、家に居づらいのねえ)

(きっと家では、ジュースを飲ませてもらってないのねえ。それでこっそりと、外でジュースを飲んでいるのねえ)

(だからといって、いい年をして、自販機の前の路上で500ミリリットル缶のマウンテンデューを一心不乱に飲むなんて、みっともないわねえ)

(しかも夕飯前だっていうのに、待ちきれなかったのかしら)

…てなことを、絶対に思っているに違いない!

私が、妻の前では「ダメ人間」であることは認めよう。だが、せめて妻の親戚の前では、「ちゃんとした人間」であろう、とつとめてきた。

「ちゃんとした人間だ」と思ってもらいたかっただけに、そのダメージも大きい。

いまごろ、妻の親戚一同に「500ミリリットル缶のマウンテンデュー」の話が、伝わっているかも知れない。

歩いて家に戻ったら、すでに親戚中に知れ渡ってしまっていたことが判明した。

ああ、本当に俺は、ダメ人間だなあ。

今年最初の、「軽く死にたくなりました」。

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コメント

つい先日、大人気の「一本饂飩が食べられるサービスエリア」に寄ってお土産を漁っていると、学生に後ろから声をかけられました。

障子にメアリ、正司花江。お気をつけ召され。

あと、僕はマウンテン・デューよりゲータレード派でしたが(まあ、美術部にスポーツドリンクはまったく必要ありませんでしたが)、最近は、ドクターペッパーのおいしさが分かるようになりました。

投稿: ペッパーこぶぎ | 2014年1月 5日 (日) 12時14分

そのサービスエリアって、例の鬼平のところでしょう?あんな全然関係ないところで、よく学生と会いましたなあ!すごい偶然じゃないですか!

あれからマウンテンデューが気になって、自販機の前を通るたびに見てしまいますが、けっこう自販機に並んでいるものなんですね。いま探しているのは、「リボンシトロン」です。

投稿: onigawaragonzou | 2014年1月 5日 (日) 23時36分

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