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三代目金馬の「転失気(てんしき)」

久しぶりに歌舞伎とか落語とかにふれたくなったので、落語について書くことにする。

以前にも書いたことがあると思うが、小6か中1のときに、NHKラジオの「芸能ダイヤル」という番組で、三代目三遊亭金馬の「転失気(てんしき)」という落語を聴いて、衝撃を受けた。

その当時ですでに、三代目金馬は大昔の落語家で、NHKが持っている昔の落語の音源を紹介するという企画で、ラジオ放送したのである。

これを聴いて、落語って、こんなにおもしろいのか、と衝撃を受けた。

Kinba大人になっても、この落語のことが忘れられず、音源がCD化されていないか、ずーっと探し続け、数年前、ついにそれを発見した。

この落語のことを、落語に詳しい人に聞いても、あまり印象にない、と言われてしまうのだが、私にとっては、生涯ベストワンの落語である。

ただし、ほかの落語家の「転失気」はつまらない。三代目金馬の「転失気」でないといけない。

三代目金馬の「転失気」が、なぜ好きなのか。最近その理由を、あらためて考えてみた。

この落語には、一切の無駄がないのである。

話の組み立て方といい、セリフといい、テンポといい、すべてが完璧で、無駄なところがひとつもない。言葉のチョイスも、完璧である。

落語には、マクラがあり、そこから本題に入っていくものだが、このマクラがすでにもう完璧である。一見関係なさそうな話題を出しながら、実はこのマクラが、「サゲ」で生きてくるのだ。

試みに、マクラの部分を文字に起こしてみる。

「古い川柳に、

『ブーブーを屁とも思わぬ芋酒屋』

というのがございます。むかし、吉町のオヤジ橋の角に芋酒屋という酒屋さんがございまして、安いお酒屋さんだもんですから、飲むと必ずブーブーを言う人が出てきます。そんなことはありがちで、屁とも思わないてんでございますが。

飲んでブーブーを言うってのは、糸車の方から出たお言葉、だそうでございますな。糸車はくだを巻きますと、ブーブーという音がいたします。で、「飲んでブーブーを言う」、「くだを巻く」、「絡んでいけない」なんてえのは、糸に縁がございます。

知らないで知ったふりをするなんてえのが、我々の落とし話のほうの土台でございますが、『知らない』と言いきれない場合(ばやい)があるそうでございますな。

お医者様へ行きまして、『うちの者がお腹が痛いってんですが、薬をくださいな』と申しましても、『さあ、いっぺん診察をせんとあげられんのう』なんてなことを言います。もったいぶらなくてチョコチョコッとくれたらよさそうなもんだと思いますが、すっかり調べたお方は、そういう迂闊なことができなくなるそうで。

そこへいくと我々安直なもんですなあ。『お腹が痛い?じゃあこの薬飲んでごらん』なんてんで、誰にでもおんなじ薬をすぐにやります。知らない強(つお)みでございますな」

…と、ここまでがマクラ。このあと、すぐに本題に入っていくわけだが、「えー、毎度バカバカしいお笑いを…」なんて無駄なセリフが、ひとつも入っていない。しかも、この短い中に、ちょっとした豆知識のようなものも入っている。

「転失気」は、「偉い人が知ったかぶりをしてしまうことの、可笑しさと愚かさ」が主題である。わずか12分の落語だが、三代目金馬は、これを実にテンポよく、得意の「声色の使い分け」を駆使して、無駄のない喋りでたたみかけていく。それが実に心地よいのだ。

この12分の中で、人間の弱さや可笑しさ、ずる賢さ、愛おしさが、すべて凝縮されている。

そして「サゲ」まで聴いてはじめて我々は、一見本題とは関係なさそうなマクラの意味を知ることになる。つまりこの落語は、マクラからサゲまで、完璧に計算されているのだ。

この「話の組み立て方」は、ほとんど天才的といってよい。凡百の小説家など、くらべものにならない。

この落語を聞くたびに、いつも思う。ああ、いっぺん、こんな喋りがしてみたい、と。

同業者諸君!(寅さんの「労働者諸君!」風に)

話の組み立て、言葉のチョイス、テンポ、場面転換…。

今さらながら、落語に学ぶべき点は多いぞ。

そして、世の中を落語のようにとらえれば、少しは気が楽になるぞ。

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コメント

たい平  http://www.youtube.com/watch?v=ClIufrzc-_o
圓生  http://www.youtube.com/watch?v=wYfTVRSvmhs
金馬(3代目) http://lakugo.seesaa.net/article/301915827.html
金馬(4代目) http://www.nicovideo.jp/watch/sm8721006

 このように、同じ話でも噺家によって全然味付けが違う。中段の「エウリカ!」的な部分か、後段の「アンジャッシュ」のネタ的な部分か、どちらを強調したいかによってマクラもサゲも様々なのだ。3代目金馬の構成には無駄がないし、「般若湯」の言葉をさらりと織り込んでいるところもよい。でも、4代目の登場人物の描き方も意地悪い奴が出てこないので、そのファンタジーさも悪くない。

(コンコン)

こぶぎ ど、どうぞ。

学生 先生、ちょっと質問してもいいですか?

こぶぎ (パソコン画面の文章をさりげなく隠しつつ) 何?

学生 あのう、PC検定の課題で分からないところがあるんですが... この、エクセルのグラフ・ウィザードで散布図を作る例題なんですけど...

こぶぎ ちょっと見せて.. ああ、これはねえ(カチカチ)、エクセル上で(カチカチ)、表の隅をクリックするとね(カチカチ)、ウィザードが出るから、ほら(カチカチ)、こんな風に(カチカチ)グラフが書けるんだ。わかった?

学生 でも、完成図には0の軸が描かれているんですが、それがどうしても出来ないんです。

こぶぎ えー、そのくらい情報処理の授業で教わったんじゃないの? あのねえ、この歯車状のアイコンを右クリックして(カチ)、サブメニューを出せば(カチカチ)、うーむ(カチカチカチ)それらしい項目が(カチカチ)、ないねえ。うーん(カチカチ)、僕は(カチカチ)、パソコンの専門じゃないからねえ、すまんが助手の部屋に行って聞いてもらえる?

学生 わかりました。ありがとうございました。

こぶぎ あ、ちょっと待って。

学生 何ですか?

こぶぎ 助手から教わったら、後で、僕にもやり方教えてもらえる?

投稿: 比較転失気論 | 2014年1月28日 (火) 00時10分

他の「転失気」はつまらない、といったのは撤回します。それぞれ個性がありますなあ。サゲがそれぞれ違うのも面白い。たい平のサゲはなかなかいい。4代目金馬は、やはり3代目金馬の雰囲気に一番近いです。

参考「グラハム・カー的こころ」
http://yossy-m.cocolog-nifty.com/blog/2012/02/post-5862.html

投稿: onigawaragonzou | 2014年1月28日 (火) 01時05分

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