筋がいいとか悪いとか
この世は魑魅魍魎、一寸先は闇である。
うっかり筋の悪い話につかまってしまうと、ヒドイ目に遭ったりする。
…と、この「筋がいい」とか「筋が悪い」とかいった言葉を、私は好んでよく使っているのだけれど、この言葉を自覚的に使い出したきっかけは、小林信彦『天才伝説 横山やすし』(新潮文庫、初出1998年)を読んだときからだったと思う。
この本は、作家の小林信彦による横山やすしの評伝だが、小林信彦のたぐいまれなる記録癖と、恐るべき記憶力によって、横山やすしとの私的交流が、臨場感あふれる文体で描かれている。
このブログの文体も、実はこの本の影響をかなり強く受けている。
この本の中に、次のようなエピソードがある。
小林信彦の小説『唐獅子株式会社』が、横山やすし主演で映画化されることになった。当初は映画化に向けて、さまざまなアイデアが出されたのだが、しだいにそのアイデアは骨抜きになってゆき、当初の理想とはかけ離れたものとなっていく。
だが、映画は、横山やすしの主演、という話題性で、そこそこ評判となり、続編の制作がささやかれるようになる。
いってみればこれは、名誉なことである。
しかし、話を進めていくうちに、どうも様子がおかしい。プロデューサーはパート2をやりたいと言っているが、資金源は確かなのか?パート2が作れる後ろ盾はあるのか?と、小林信彦は疑念に駆られるのである。
脚本家の笠原和夫が心配して、小林信彦に言う。
「小林さん、明日、天尾君(プロデューサー)に会うのでしたね」
「ええ」
「資金源を訊くことです。それから、脚本家と監督ですね。それから封切日がいつなのか確認することです。はっきりしなかったら、この話は筋が良くない」
翌日、小林は、プロデューサーの天尾を訪ね、笠原に言われたとおり、封切日、資金源、脚本、監督をたずねた。そのどれもが、未定であった。
これをきっかけに小林は、『唐獅子株式会社』パート2の企画を、自ら「殺す」ことにするのである。原作者として光栄であるはずの、パート2の企画を、である。
…15年前にこの部分を読んで、
(そうか、世の中には、筋のいい話と、筋のよくない話があるのか)
ということを学んだ(相変わらずまわりくどいな)。
自分にとってどんなに光栄である話だとしても、すぐに飛びついてはいけない。
とくに筋が悪い話に飛びつくと、エライ目に遭う。
だから、その話が、筋のいい話なのか、そうでないのかを見きわめた上で、「話に乗る」べきなのである。
なるべくなら、筋のよくない話にはかかわらず、筋のいい話にだけ、かかわっていたい。
…この本を読んだときからずっと、そんなことを漠然と考え続けているのだが、現実にはなかなか、そううまくはいかず、つい、筋の悪い話に乗ってしまったりする。
気をつけないといけない。
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