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オリンピックは鎹(かすがい)

役立たずの自分に、落ち込む毎日である。 

2月14日(金)

いま、冬季オリンピックというのが開催されているらしい。

私の家にはテレビがないので、何がどうなっているのか、全くわからない。

今ごろはどこの家庭も、家族団らんで、オリンピック中継を見ながら盛り上がっているんだろうなあ。スポーツ一家ならなおのことだろう。

「○○、がんばれ~!」なんつってね。

そもそも私には、スポーツ観戦という習慣がないのだ。

子どもの頃は、野球を見たりプロレスを見たりするのが好きだったのだが、大人になってから、スポーツの観戦の仕方が、まったくわからなくなってしまった。

理由を考えてみるに、応援の仕方がわからなくなったからだろうと思う。

いったい誰に肩入れをしていいのかが、わからない。なぜなら、スポーツ選手は、みな自分にとって縁もゆかりもない人だからである。

これがもし、スポーツ選手の中に私にとっての命の恩人がいたとしたら、私は全力でその人を応援するだろう。

近い身内にスポーツ選手がいたら、さすがの私だって応援するに決まっている。

しかし今のところ、そんな人はいないのだ。

また、ずば抜けた身体能力を持っている人がいたら、すげえなあ、と尊敬の念をいだくが、だからといって、その人が誰かと競って勝ったら嬉しいかというと、そんなことはない。

…つまり私には、スポーツ観戦をする能力がないのだ。

こうしてみると私は、世間的には実につまらない人間といえる。

まったく、融通のきかない、話題のない人間である。

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