五分咲きの便り
4月15日(火)
仕事に支障をきたしてはいないが、相変わらず風邪がひどく、体調が悪い。
思いがけず花見ができて、嬉しい限りである。
まだ五分咲きらしいが、今日あたりから、花見に興じる人たちで盛り上がることだろう。
私の知り合いに、お昼になると毎日、きつねうどんの出前を取って食べている人がいた。
その人の定年退職が近くなったころ、その人が言った。
「あと何回、このきつねうどんを食べられるかなあ」
その人が定年退職に近づくにつれ、きつねうどんに対する思いは強くなっていった。
この話を聞いた妻は、
「そんなこと、どうだっていいじゃん」
と言った。私も、
「そうだよね」
と、そのときは相づちを打った。たしかに、他人にとっては、そんな個人的な感慨など、どうでもいいことである。
しかし、と、冷静になって考えてみる。
私はこの時期、前の職場に咲いていた桜を見るたびに、
「あと何回、この桜を見られるのかなあ」
と思っていたことを思い出した。
前の職場を去ることが決定したときも、
「この店の天ぷらそば、あと何回食べられるかなあ」
とか、
「この店のカレー、あと何回食べられるかなあ」
とか、感慨にふけったものである。
私の感傷は、定年退職間際の人が言った「あと何回、きつねうどんを食べられるのかなあ」という感傷と、何ら変わるところがない、ということに、あらためて気づいたのである。
たぶんそれは、ほかの人にとっては、
「そんなこと、どうだっていいじゃん」
という程度のことなのだろう。私自身が、そう思っていたように。
…薬を飲んで、早く寝よう。
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コメント
桜が咲くと、タイヤ交換の季節である。
自動車用品店にタイヤ交換に行くと、
「まだ溝は残っているんですが、角のところが片減りしていて、もう少しすると中のワイヤーが出てしまいます」
と言われた。2時間も待ったのに。
結局、新しいタイヤを買うことにして、タイヤは交換せずに帰った。
翌日。
タイヤ購入となれば、例の「古書店みたいなタイヤ屋」へ行かなければならない。
タイヤなんかそう頻繁に買う物ではない。かれこれもう2年ぶりであろうか。
しかし店に着く前からもうこんなに緊張しているなんて、どうかしてる。
店に着くと、相変わらず人気がない。古タイヤが陣地のように積み上げられているのは以前と同じだか、新たに店の入り口のところに大きな油圧ジャッキがしつらえてある。まるでバリケードのようだ。
「バリケード」の脇を通って何とか店内に入ると、正面には、例の白髪の老店主が座っている。
「すいません..」
蚊の鳴くような声で呼びかけるが、もちろん返事をするどころか振り向きさえもしない。ずっとテレビを見たままである。
(毎度のことながら、心が折れそうだ)
店内をキョロキョロ見渡すと、左手に作業着姿の「番頭さん」を発見した。
よかった。この人は物腰は低く、客の話を聞いて、親切にも品物まで売ってくれるのである。
事情を話して早速タイヤを見てもらうと、商談開始である。
いつものように、こちら側から見えないように置かれたコンピュータに向かって何やら調べた後、電卓を弾いて値段を計算している。そのままコンピュータで計算すると楽なのに。
しかし、そんな敵に塩を送るようなことは言わない。
「今、このタイヤは在庫がありませんが」
ホラ来た。在庫のタイヤでも押しつけようとする了見だろうが、こちらも抜かりない。
ちゃんとネットで調べてきた、本業よりもグルメガイドの方が有名な、おフランス製のタイヤメーカーを指定した。
「そのタイヤはヨーロッパ製なので耐久性がありますね」
番頭さんは知ったかぶりしたが、商品パンフレットを見せて詳細を説明した。
(そんなこと知ってるね)
商談は情報戦。古書の値付けと同じである。まずはこちらが優位に立ったようだ。
すると、番頭さんは何やらメモを書き出した。
「あの片減りのことなんですが、考えられるとしたら「アライメント」が狂ってるかもしれませんね」
番頭さんは車輪の模式図を書くと、前輪のタイヤが「ハの字」になっていることを示した。
(なるほど、これなら端っこしか減らないや)
「そのアライメントは、この金額内に入っているんでしょうね」
「いえ、アライメントは車の方を調整するんです。タイヤではバランス調整ぐらいしかできません。気になるのなら、1万円ぐらいでできますけど」
さすが餅屋は餅屋。すぐに専門知識で巻き返しに出た。
結局、そこからは番頭さんのペースで進み、言い値で交渉成立。今回も完敗である。
これまでは金額だけ呈示してもらって他のタイヤ店を回って比較してたけど、もういいや。
だって、今度この店に来た時、もし老店主しかいない時間だったら、いたたまれないでしょ。
悔しいので、内金だけを入れればいいのに全額払ってやった。
「では、簡単でいいのでこちらに連絡先を書いてください。タイヤが入荷したらご連絡しますので」
いつものように、大学ノートとボールペンを渡される。
もう3回目の来店だし、いつも結構な額を払っているだから、少しは客の顔も覚えてもらいたいのだけど。それに、そこにあるパソコンで顧客管理をすれば、いちいち住所から書かなくてもいいのに。
古書店みたいなタイヤ屋の商談は、何度通っても一期一会。真剣勝負なのだ。
どうです? こちらに散髪に来た折りには、ついでにタイヤ交換もいかかですか?
投稿: 交換こぶぎ | 2014年4月16日 (水) 18時56分
そういえば、タイヤ交換をしないまま、こっちに来てしまった。だから今も、私の車は冬タイヤのまま。
毎年、入学式のころにタイヤ交換をしていたのだが、今年ばかりはそのタイミングを逸してしまい、今に至る、というわけです。
でも、「古書店みたいなタイヤ屋」にだけは、行きたくないなあ。
ところで、「古書店みたいなタイヤ屋」の白髪の老店主や番頭さんは、すっかりこのコメント欄の準レギュラーになりましたな。
投稿: onigawaragonzou | 2014年4月16日 (水) 20時59分
タイヤが入荷したという電話が来たので、「古書店みたいなタイヤ屋」に再び赴いた。
あいにく「番頭さん」は他の車を修理していて、しばらく待つことになった。
広い店内に僕と老店主が2人きりである。老店主はいつもの通り、こちらの存在など全く無視したまま、自分の机で書類を読んでいる。
こうなることは想定してあったので、持ってきた本を鞄から取り出して読み始めた。
突然電話が鳴って、老店主が受話器をとった。電話の声は次第に大きくなった。
「30年以上もここに通っているんだから、もう電話しないで」
老店主は、がちゃんと受話器を置いた。
そういえば、この古びた店のすぐ近くまで、高速道路の高架工事が進んでいる。もしかしたら、立ち退きの話だったのかもしれない。
再び、店内は静かになった。
店内の棚には、所狭しとタイヤや中古部品が並べられている。そして壁一面には、10年以上はそのままであろうか、すっかり外箱がが日焼けしてしまったパーツ類が、びっしりと吊り下げられている。
売り物の中古カーステレオから流れるFMラジオのBGMは「TOTO」のさわやかな曲だ。そして時より、ひな鳥の声が遠くに聞こえる。
これはいい。「東京おさぼりマップ」でいうところの「放置カフェ(店員が余り回って来ずにゆっくりサボれる喫茶店のこと)」の雰囲気そのものである。もちろんコーヒーどころか緑茶の1杯も出ないが、この静かな環境は読書に最適で、心地よかった。
しばらくして「番頭さん」が呼びに来た。タイヤ交換の終わった車に乗り込もうとすると、新品のタイヤは4本ともピカピカに磨き上げていた。職人の心意気の表れだろう。
「では、どうも」
「どうも」
「また来ます」という言葉を飲み込んで、僕は車のドアを閉めた。
【書評】東京おさぼりマップ
http://ameblo.jp/toshinobook/entry-11530128107.html
投稿: 交換こぶぎ | 2014年4月21日 (月) 11時13分
「古書店みたいなタイヤ屋」…ドラマになりそうだなあ。
「東京おさぼりマップ」を片手に東京をまわるくらい、余裕を持った生活を送りたいものです。
投稿: onigawaragonzou | 2014年4月23日 (水) 00時02分