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2014年5月

友情は寝かせるに限る

以前学生から、

「突然親しくされた人が、ある日突然、自分から離れていきました。なにか自分がまずいことをしたのでしょうか」

と相談を受けたことがあって、

「急に仲よくなるなんてことは、ふつうはありえません。急に親しくしてくる分、離れるのも早いのだと思います」

と答えた。

自分の経験を振り返ってみても、たとえば新しい環境に自分が置かれたとき、最初に親しくなった人が、その後もずっと親しいままであるという例は、あまりない。

新しい環境に慣れない私を、最初に仲間だと思って親しくしてくれたり、親切にしてくれたりする人が、自分と馬が合う人とは限らないのである。

むしろ、最初の印象があまり定かではなかったにもかかわらず、いつのまにか親しくなっている、という人の方が多い。

そういう人の方が、揺らぐことなく、友人として長続きするように思うのだ。

ワインと友情は、熟成させるに限る。

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祭りがない

5月29日(木)

夕方、職場の仕事部屋のパソコンのハードディスクが突然壊れ、さんざんな目にあった。

一瞬にしてデータが消える体験はこれで2度目だが、命を取られたわけではないから、あまり気にしないことにした。

「前の職場」の4年生のSさんから、写真が送られてきた。

先週末、地元で大々的なお祭りがあったそうである。

話には聞いていたが、ふだんあまり人がいない町に、これほどの人が集まったとは、写真を見るまでは、思いもよらなかった。

まさに「百聞は一見にしかず」である。

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なにしろ、6つの県のお祭りが一堂に会するのだから、盛り上がらないわけがない。

「空のショー」もあったという。

これも、「スゴイ」と話には聞いていたが、抜けるような青空をバックに空中ショーがくり広げられていたんだな。

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メールの最後に、「そちらにはどのようなお祭りがあるのでしょうか。ぜひ行ってみたいです」と書いてあった。

しかしよくよく考えてみると、私がいま住んでいる県には、県を特徴づけるようなお祭りは、ない。

高村光太郎の妻・智恵子は、「東京には空がない」と言ったが、こちらには「祭りがない」のだ。

考えてみれば、夏祭りがあるのは、うらやましい。

夏祭りなんか自分とは全然関係ないのに、夏祭りが近づくとなぜかそわそわしていたことを思い出した。

ついこの前までは、夏祭りをあたりまえと思う暮らしだったのだ。

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ラッキーな写メ

5月28日(水)

昨日に続いて、今度は、前の職場の4年生のOさん、Sさん、Hさん、Wさんの4名の連名で、メールが来た。

この3月まで私の指導学生だった4人である。

「こんにちは、お久しぶりです。

お元気ですか?こちらはみんな元気です。

ブログを読んだところ、少し落ち込んでらっしゃったようなので、ラッキーな写メを送ります。

お体に気を付けてお過ごしください」

メールには、2枚の写真が添付されていた。

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昨日のブログを読んで、心配して送ってくれたのである。

ありがたいやら、申し訳ないやら、恥ずかしいやら、嬉しいやら。

まったく、面倒くさいオッサンだなあ、俺は。

写真を見て、思わず笑ってしまった。

1枚目の写真は、元気づける意味で送ってくれた、というのがわかるが、2枚目は、寅さんの写真である。寅さんがラッキーな写メ?

私が寅さんフリークだというのは公言しているので、そのことを思い出してくれたのだろう。その写真のチョイスがまた、可笑しかった。4人であれやこれやと写真をチョイスしている様子が、目に浮かんだ。

今でも時々思うことがある。

せめてあと1年、彼女たちが卒業するまで、責任をもって勤め上げたかったなあ、と。

でも、もともと力のある人たちばかりだから、きっとうまくいくだろうと思う。

今はただ、これからの人生に幸あれ、と願わずにいられない。

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ツツジの季節

5月27日(火)

夜、仕事が終わり、グッタリして電車に乗り込む。

携帯電話で、メールのチェックをしていたら、今年の3月に卒業したSさんから、メールが来ていた。

私が最後に送り出した、誇るべき学生たち。とりわけSさんは、進路の相談や卒論の相談などで、頻繁に私のところに来ていた。私は、Sさんが苦悩し、成長する姿をずっと見続けてきた。

「先生、お元気ですか?わたしは現在風邪です。こちらはまだ朝晩は冷えます。

そちらはいかがでしょうか?風邪など引いていらっしゃらないでしょうか?そちらは暑い日もあると聞きますので、熱中症にも気をつけてくださいね。

前々から先生にメールを送りたいと思っていたのですが、気付いたら5月も末になっていました。

毎日帰ってもすぐに寝る生活なので、メールをする時間の余裕も、心の余裕もありませんでした。

仕事のほうは、慣れません(笑)

持ち前の詰めの甘さで失敗ばかりで落ち込む毎日です。自分は一般常識すらないのかと半泣きの毎日です。

毎日新しいことばかりで勉強になりますが、卒論を書いていた日々が懐かしいです。

以上近況報告でした。というよりも愚痴でした。

やっぱりメールだと言いたいことの半分も言えなくてもどかしいです。絶対に会いに行きますので、よろしくお願いします。

最後に。

桜の季節はとうに終わりましたが、私のふるさとはツツジが見頃です。山の燃えるようなツツジが有名なのですが、今から山に登ることはできないので、実家の庭のツツジの写真を添えます」

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不意の消息に、感激する。

励まされているのは、私のほうなのだ。

私は電車の中で、人目も憚らずに泣いた。

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アラフォー山本周五郎の煩悶

本に何を求めているか、というと、それは、

「胸を打つ言葉」に出会うことである。

『山本周五郎戦中日記』(ハルキ文庫)を、少しずつ読み始める。

私は、残りの人生は、もう山本周五郎の小説だけ読んでいれば何とかなるんじゃないか、と思っている。

彼の描く、人間へのまなざしこそが、私にとっての、生きる勇気である。

山本周五郎の異名は「曲軒」。「へそ曲がり」の意味である。

私もそんな生き方に憧れる。

昭和17年2月18日の日記。

「昨夜ひと夜、原因不明の三叉神経痛に悩まされて眠れなかった。斯ういう痛みは多く悪性脳腫脹からくると云う。もしそうだとすれば治療の法がなく、ただ死を待つばかりだそうだ。

この一日の雪の日にはじまるこの痛みは、単なる歯齦膜炎から来たものかどうか、まるで判断がつかぬため、昨夜は徹宵「死」の恐怖と闘わざるを得なかった。…死ぬことは、それ自体さして怖ろしいとも重大だとも思わない。ただ妻と子たちのためにもう少し生きなければならぬと思うと、苦悶のために幾度も全身拭うような汗だった」

山本周五郎にも、「痛み」との闘いがあったのかと思うと、救われる気持ちになる。これはまさに、私がいま経験していることだからである。

同年3月13日の日記に書かれた次の一節は、胸を打つ。

「己を制して世に順応すべきか。己を押して世を無視すべきか。この日ごろ、この一事のみ繰返しわが心を往来す。おのれ性未熟、学事疎慢にして、徒に驕傲なるを知らぬには非ず。この性あって今日の足場を招来せることわれ独り知る也。これは「無理」なるや。-知らず、知らず。いまおのれはただおのれを嫌うの情切にして、世に順応せんとせざるとに関せずなおおのれを制すべしと思う」

山本周五郎も、クヨクヨ悩んでいたらしいことがわかる。「自分を抑えて、世の風潮に順応していくべきなのか、あるいは、自分の信念を貫いて、世間に背を向けるべきなのか」を。

「俺はダメな人間だなあ」と自己嫌悪に陥った山本周五郎は、「世間に順応しようとしまいと、自分自身を制するしかないのだ」と結論づけている。

「生き方を考える」とは、こういうことなんだぜ。意気揚々と、疑いもなく世の風潮に迎合しようとする連中に聞かせてやりたい言葉だ。

しかも、山本周五郎がアラフォーのときに、こういう悩みを抱いていたのだ。

良質の小説を量産し続ける作家からは、想像もつかない悩みである。

いや、むしろそういう悩みを常に抱えていたからこそ、読者の胸を打つ小説を、書き続けることができたのではないだろうか。

その煩悶こそが、生きていく上で何より大切であることに、いったいどれほどの人が気づいているだろうか。

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謎が解けた

岡本喜八監督、勝新太郎主演の映画「座頭市と用心棒」(1970年)を見た。

座頭市(勝新太郎)と用心棒(三船敏郎)の二大ヒーローの夢の対決である。

企画としては、「ゴジラ対キングコング」と同じノリである。

二大ヒーローの競演を、娯楽映画の巨匠・岡本喜八が監督するんだから、面白くないはずがない!

ただ、えてしてこの種の「対決もの」は、「お祭り感」が強く、そういうつもりで見るべき映画である。

映画に対する評価はともかく、この映画を見て、気がついたことがあった。

先日、稲垣浩監督・三船敏郎主演の映画「待ち伏せ」(1970年)を見たのだが、ここでも二人は共演している。

だがこのときの勝新太郎は、出番が少ない。

オイシイところを、全部三船が持っていっているのだ。

そりゃああたりまえだ。「三船プロダクション」が製作しているんだから。しかも、その第1回作品である。

役にうるさい勝新は、自分の役がオイシくないことに怒らなかったのだろうか?

「座頭市と用心棒」を見て、その疑問は氷解する。

この映画は「勝プロダクション」の製作である。それまで座頭市シリーズは大映の製作だったが、この作品から座頭市シリーズは勝プロダクション製作となるのである(配給は大映)。その、記念すべき第1作というわけだ。

当然、この映画では、用心棒よりも座頭市の方が、オイシイ役である。

つまり三船は、自社製作の映画に勝新を呼び、一方で勝新も、自社製作の映画に三船を呼び、二人がそれぞれ自社製作の映画でオイシイ役を演じる。そうすれば、三船プロダクションの映画で、勝新は三船を立てるし、勝プロダクションの映画で、三船は勝新を立てることができるのである。

これで二人は対等である。

奇しくも、公開は2作品とも同じ1970年。

この2作品は、絶妙なバランス・オブ・パワーの上に成り立っている映画なのではないだろうか。

アクの強い二人が、もめることなく映画を完成させたのもうなずける。

だから、どちらか一方の映画だけを見て評価してはいけない。

この2作品を一体のものとしてとらえなければならないのである。

…という、いつものどうでもいい妄想映画評論でした。

「座頭市」シリーズを、初めてちゃんと見たが、勝新は、すごい役者だねえ。

韓国の怪優・チェ・ミンシクは、「韓国の勝新太郎」だね。

(おまけ)

「座頭市と用心棒」は、監督が岡本喜八なので、若干コメディタッチなのだが、なかでも面白かった場面があるので、心覚えに書いておく。

無実の罪で牢屋に入れられた市(勝新太郎)が、生糸問屋の旦那(滝沢修)の力で釈放される。旦那は、市に按摩をしてほしいというのである。

お礼を言おうと市が旦那の屋敷に行くと、番頭が言う。

「旦那様が、4階でお待ちです」

「よ、4階…?」

健常者にとっては何でもないことだが、市にとっては、4階に上ることは至難の業である。

しかし、命の恩人に呼ばれたのだから、行かないわけにはいかない。

このあと、ときにつまずいたりして、ひどく脂汗をかいて苦労しながら市が4階にたどり着く場面が、あますところなく映し出される。

物語の本筋にはまったくかかわらない些細な場面なのだが、座頭市を4階まで上らせても何とも思わない、生糸問屋の旦那の人間性が、よくわかるのである。

私も、痛風を患っているときに4階まで階段で上るときの苦しさがわかるので、この場面、我が事のように見入ってしまった。

こういう細かいところを描く岡本喜八は、やっぱりすごいなあ、と思う。

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エーシマだけではない

昨日の記事を書いて、一つ思い出した。

かつて同僚だった友人に、長年の無沙汰をわびる意味もあって、自分の書いた本に手紙を添えて3月末に送ったところ、1カ月くらいたって、長い手紙が届いた。

中身は書けないが、そこには本の感想のあとに「職場構内の書店に行く度に、この本を目立つ場所に置き換えています」と書かれていて、彼一流の茶目っ気で、私の本をこっそりと目立つところに並び替えている姿を想像し、思わず笑ってしまった。

しかしそんなことをしてくれるのは、私を友人だと思ってくれているからだろうな、と、嬉しくなった。

と同時に、長年無沙汰をしていた自分を、大いに恥じたのである。

Photo 今日は、北海道からアスパラガスが届いた。

かつてある事業で一緒に仕事をした方からである。

震災後、自分のふるさとを離れ、北海道に移住された。

3年前の夏、仕事で北海道に行ったおりに再会したが、それ以来、やはり無沙汰をしている。

お礼のメールを送ったら、「アスパラは痛風にいいと書いてあったので、思わず送ってしまいました」と返事が来た。体調のことを気遣ってくれるなんて、ありがたいことである。

かつて一緒に仕事をした人たちと、年を重ねるごとに次々と離ればなれになる。これまで何度も経験してきていることである。

次第に疎遠になってしまう人もいるし、離れていても、何らかの形でつながっている人もいる。

こうやって忘れられずにいる、というのは、嬉しいものである。

そういう人たちに対して、恥じない生き方をしたい。

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続々・嵐のようなあいつ

嵐のようなあいつ

続・嵐のようなあいつ

5月24日(土)

高校時代の部活の1年後輩であるエーシマから、携帯メールが来た。

北関東に住んでいるエーシマとは、めったに会うことはない。大学を卒業して社会に出てから、ずっと音信不通だったが、ここ数年は、2~3年に一度、高校のOBの集まりで、顔を合わす程度である。

つい先日、大型連休中の5月4日のOB楽団演奏会で会ったばかりだった。そのとき、3月末に私が出した本を連休中に買ってくれるというので、「じゃあ、読み終わったら感想を送ってよ」と言ったのだった。

それからしばらくメールが来なかったので、やっぱり社交辞令だったのかな、と思っていたら、今日、本の感想を書いたメールが届いたのである。

以下、引用する。

「GWに購入して読み始めて約3週間…無事読み切りましたよ。

週末に時間を作ってコツコツ読みました。おっしゃる通りその道に通じていなければかなり難しい本でした。一般書でなくこれは専門書ですね。

(中略)

とにかくこの本は難解過ぎて何処かに興味を持てる要素がなければ読み切る事は至難の業でしょう。素人が手を出すには危険です(笑)

なお、仙台、東京とTMNetworkの30周年ツアーへの旅には先輩の本を旅のお供として連れて行きましたよ。

頭を使って本を読むというのもたまには良いですが、流石に頭が疲れたので今はサクッと読める小説で頭休めしてます。

長文となりましたが本の感想です。

ではまたの機会に…」

私は驚いた。何と、3週間かけて読んでくれたというのである。

「難しかった」という感想が、全体を貫いているが、理科系の大学を卒業して、いまは外資系のメーカーに勤めているエーシマにとって、それは無理もないことである。それでも、辛抱強く3週間も、この本につきあってくれたのである。

「中略」部分には、具体的な本の感想が書かれているのだが、率直に、それでいて、かなり表現に気を使った書き方をしていて、これも嬉しかった。ちゃんと読んでくれた証拠である。

エーシマはふだん、歯に衣着せぬ物言いで、マシンガンのように喋るヤツなのだが、実は非常に気遣いのある人間であることを、私は知っている。

考えてもみたまえ。自分にとって全く畑違いの本を、週末を利用したり旅先に常に携行したりしながら、苦労して3週間もかけて読破し、その感想をわざわざ書いてくれたのである。

本にとって、これほど幸せな読まれ方があるだろうか。どんなに親しい友人でも、ここまでして読んでくれる人は、そうはいないだろう。

ひょっとして、最後の最後に信頼できる友人というのは、エーシマみたいなヤツをいうのかも知れないな。

…ちょっと買いかぶりすぎか?

私は返信に書いた。

「こんど一般書を書くときは、『エーシマならどう読んでくれるか?』をいつも念頭に置きながら、書くことにするよ」と。

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シメサバが悪いのか?

5月23日(金)

なんといっても、健康第一である。

健康であればふつうにできることができない、というのは、とてもつらい。

たとえば、電車に乗り遅れそうになって走るとか、横断歩道を渡っているときに青信号が点滅し始めたので走るとか、健康であればふつうにできることが、足が痛いばっかりに、できないのである。

健康のありがたみを実感する瞬間である。

足が痛いと、心まで病んでしまう。

しかも、今回ばかりは、足が痛くなる原因が思いあたらないのである。

お酒だって、全然飲んでいないのだ。

このままではいけないと思い、夕方、かかりつけの病院に行った。

「痛みは引きましたか?」と先生。

「前回薬をいただいたあとは、痛みが引いたんですが、最近また痛みがぶり返したんです」

「どうしてです?」

「それが、原因がわからないんです。薬はちゃんと飲んでますし、お酒だって全然飲んでいません」

「おかしいですねえ」

「足がこんなにむくんでいるんですよ。ほら」

私は左足の靴下を脱いで、くるぶしの反対側を見せた。

ビックリするほど、足がむくんでいるのだ。

いままでに経験したことのないほどのむくみである。

「いままで痛風の発作は何度も経験していますが、ここまで足がむくんだことはありません」

「うーん」

医者の先生は、私のむくんだ足など見ずに、パソコンの画面ばかりを見つめて、なにやら適切な薬を探しているようだった。

「本当に原因が思いあたりませんか?」

「ええ」

「うーん。ひょっとしたら、重篤な病気かもしれませんね」

「え?」

「ご家族に、似たようなご病気の方はいらっしゃいますか?」

「いません、けど…」

「とりあえず、今日は血液検査をしましょう。そして前回と同じ薬を出しましょう。薬の効果を見たいので、1週間後、また来てください」

「はあ(また血液検査か…)」

ああ、俺は重篤な病気なのか???

これだけ健康に気をつけているのに、なぜ足が痛くなるのか?

これだけ手を尽くしても、なお足が痛くなるというのは、どういうわけか?

もう、一生治らないんじゃないか、という気がしてきた。

(もうダメかもわからんね…)

いっそ、家の近くの川に身を投げようか、とも思った。

そこで、ふと思い出す。

先週の木曜日、宅配サービスの食品が我が家に届けられた。

その中に、大きくて立派なシメサバが入っていた。妻がチョイスしたものらしい。

いままで見たことのないような、立派なシメサバである。

ふつうの居酒屋なら、ゆうに5,6人前くらいある量である。

あまりに美味しいので、ペロリと全部平らげてしまった。

足が痛くなったのは、そのあとからである。

(ひょっとして、シメサバが原因なのか?)

医者の先生からもらった「痛風のしおり」を調べても、シメサバのことは載っていない。

インターネットで調べてみるが、「シメサバは痛風に悪いかも」みたいなことは書かれているが、その根拠は書かれていない。

でもまさか、シメサバが原因ではないだろう。

もしシメサバが原因だとしたら、私はこれから死ぬまで、シメサバをたらふく食べることができなくなるではないか!

だから断じて、原因はシメサバではないのだ。

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ポンコツ人間のひとりごと

5月22日(木)

後半、映画のネタバレの話があるので、ネタバレがいやな人は前半で読むのをやめてください。

相変わらずのポンコツ人生ですよ。

朝、家を出て、自転車で、最寄りの駅の駐輪場に向かう。

家から駐輪場まで、15分くらいだろうか。

駐輪場について、気がついた。

(ズボンのベルトをしていない!)

ベルトをしめるのを忘れたまま、駅まで来てしまったのだ。

出っ張った腹のおかげで、なんとかズリ落ちずにすんでいるが、職場でズリ落ちる可能性もある。

以前の職場だったら、忘れ物をしたらすぐに家に帰れる距離だったのだが、また自転車で15分戻るのは、とても面倒くさい。足も痛いし。

(うーん。やっぱり戻ろう)

ということで、せっかく駐輪場まで来たのに、また15分かけて家に戻り、ズボンのベルトをしめて、また15分かけて駐輪場に戻ってきた。

幸い、今日は会議のない日だったので、ことなきを得た。

まったく、なんというポンコツ人生だろう。

夕方、職場を出て、最寄りの駅に着いて、駐輪場から自転車を出したとたん、ビックリするような大雨である。

そしてビックリするような稲光である。

とても自転車で帰れそうになく、しばらく雨宿りし、やや小ぶりになってから自転車をこぎ出した。稲光におびえ、濡れ鼠になりながら、家に戻る。

こういうときって、やっぱり軽く死にたくなるね。

最近、軽く死にたくなる瞬間が増えているが、ポンコツ人間になりつつあるということなのだろう。

それはともかく。

アメリカ映画の「クロニクル」(2012年公開)を見た。

ふとしたきっかけで、超能力を持った少年が、最初はその能力を楽しんでいたのだが、しだいに悪い方向へ使うようになり、ついには悲劇的な最後を迎える、というお話。

…言葉では説明できない。すごい映画なので、実際に映画を見ることをお薦めする。

少年は超能力を手にし、最初は他愛もない遊びをしていたのが、だんだんと、感情にまかせて、超能力を悪用し、人びとを恐怖に陥れる。その過程が、じつによく描かれていた。

荒唐無稽なSF映画なのだが、考えさせられたことがある。

特殊な能力を持った人間が、その能力を、己の感情に任せて使ってしまったら、どうなるのか?

それは、凶器以外の何ものでもない。

たとえば、プロボクサーが、怒りにまかせて、ケンカをしたとする。

そのときのパンチは、ときに人を殺傷するほどの力を持つ。

だから、プロボクサーの拳は、凶器と同じなのだ、という話を、聞いたことがある。

これを自分に置きかえたらどうなるか。

さしたる能力があるわけでもないが、無駄に文章だけは数多く書いているので、文章をいくらかでも自在に操ることはできる。

ときに書いているうちに感情が高ぶって、怒りにまかせて、いちばん効き目のある言葉をチョイスして他人を批判したりすることも、あるのだと思う。

それにより、人を怒らせたり、傷つけたり、不快にさせたりしているのではないか、と、書いたあとで自己嫌悪に陥ったりする。

このブログとか、長文のメールとか、なるべく自制して書いているつもりだが、それでも、つい感情に任せて書いてしまっているのではないか。

ああ、あんなクドい文章、書くんじゃなかったと、書いたあと、いつも後悔するのだ。

もし自分に、何でもよい、ぬきんでた能力があるのだとしたら、そういうものほど、自制して使わなければならない。

映画「クロニクル」から、そういうメッセージを受け取ったのだが、たぶん映画製作者は、そんなつもりでこの映画を作ったわけではないだろう。

この映画の凄さを、たんに楽しめばよいのだ。

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くたばれ!リーダーシップ

私が以前にいた業界でも、いよいよ「社長のリーダーシップ」が重視される時代になった。

それを歓迎する向きもあるが、はたして本当にいいことなのか?

社長がリーダーシップを発揮しさえすれば、組織は格段によくなるって、本気でそう思っているのか????

そもそも、「リーダーシップを発揮することは善」という前提自体を、疑ってかかる必要がある。

いや、リーダーシップが善であるとしても、それをふりまわすリーダーの資質自体を、疑ってかかる必要があるのだ。

「リーダーは判断を誤らない」「リーダーは万能である」という保証は、どこにもないのだ。

リーダーだからリーダーシップを発揮してよいのではない。リーダーシップが発揮できるから、リーダーなのだ。

だが残念なことに、私がこれまで生きてきた中で、リーダーシップをちゃんと発揮できた人に出会ったことは、ただの一度もない。

ただの一度も、である。

身近に、リーダーシップを正しく発揮できている人がいたら、ぜひ教えてほしい。

これまで人類が営々と築いてきた、話し合いながらお互いの合意点を見つけていく、という文化が、リーダーの気まぐれや体面のために、あっさりと否定されてしまう時代になるとしたら、それこそ逆戻りである。

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ミートソースの夜

5月21日(水)

イタリア人に生まれたかったなあ。

…というくらい、パスタが好きである。

ただし、自分の作ったパスタが、である。

お店で食べるパスタは、さほどでもないが、自分で作ったパスタが、一番美味い。

これって、ナルシスト、ということなのか?

ま、基本的に「俺が俺が」という性格なのだ。

Photo 妻が立食パーティーで遅くなるというので、こういうときは、自分だけのミートソースを作るに限る。

挽肉とタマネギのみじん切りを炒めて、自分で適当に調合したソースをからめる。

だから、全然手がかかっていない。

イメージとしては、街の洋食屋さんのミートソースである。

そもそも私は、街の洋食屋さんが好きなのだ。

美味しく作るコツは、タマネギをよく炒めること。

何でもそうだが、タマネギをよく炒めれば、たいていの料理は美味しくなる、ということに気づいた。

…なんか自分の作った料理を語るって、キモチワルイな。

話題を変えよう。フライパンを洗っていて思い出した。

むかしNHKで、「しあわせの国 青い鳥ぱたぱた?」(1985年)という地味な単発ドラマがあって、退屈な日常に疑問を感じたOL(田中裕子)、単身赴任のサラリーマン(蟹江敬三)、孤独な老人(大友柳太郎)、母親に見捨てられた子ども、の4人が、一つ屋根の下で生活する、という話だった。

誰もが孤独を抱えている、というのが、このドラマのテーマだったと思う。

その中で、単身赴任のサラリーマン(蟹江敬三)が、元OL(田中裕子)と初めて夕飯を一緒に食べるという場面がある。

ふだん一人で食事をしている彼は、他人、ましてや女性と一緒にご飯を食べることに慣れていない。これといった話題もみつからないので、気まずい空気が流れる。そこで彼は、なんとか話題を取り繕おうと、彼女にこんなことを言うのである。

「この前、ひとりで鍋にこびりついた真っ黒なヤツ、あれ、ゴリゴリこそげ取ってたら…

…自殺したくなっちゃった」

このセリフのあと、彼は自虐的な笑いを浮かべるのだが、このときの蟹江敬三の言い方が、寂しげで、それでいて滑稽で、じつにすばらしかった。単身赴任のサラリーマンの悲哀が、この一言に凝縮されていた。

たぶんこのセリフの記憶が、私のよく言う「軽く死にたくなる」のルーツだろうと思う。

今日でいえばさしずめ、

「今朝、大雨と大風の中、痛い足をかばいながら、仕事で都内を延々歩いていたら、さしてる傘も全然意味がなくなっちゃって、びしょ濡れになって、靴の中にどんどん雨水が入ってぐちゃぐちゃになってきて、足は痛くなっちゃうし…

…軽く死にたくなっちゃった」

といったところだろう。

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こぶぎさん来たる!

5月20日(火)

昨日。

珍しいことに、こぶぎさんからメールが来た。

「関東に来たついでに職場にアポなしで行こうかと思いましたが、職場が職場だけに警備が厳しいというマネキン先生の忠告で断念。ブログを読んでも忙しそうなので 今回は、はがき以外の連絡手段の開拓を兼ねてこのメールで失礼しようかと。仕事一段落したらご自宅近くの町の案内でもしてください」

携帯電話を持たないこぶぎさんは、ハガキ以外の連絡手段として、無線LANのフリースポットを利用したタブレット端末から、メールを送信してきたのである。

私が「職場を早く切り上げれば、夕方なら都合がつきますよ」と返事を書くと、「今日の夕方は約束があるので、明日ならどうか」と返信が来た。

「明日は午後から職場の大会議なので、午前9時~10時なら時間がとれます。でもこの時間に、自宅の最寄りの駅まで来いというのは、さすがにオニですよね」とメールすると、「売られた待ち合わせは、買わなきゃダメでしょう。時間的に待ち合わせは可能でございます。ただし、寝坊したらゴメン」と返信が来た。

「じゃあ、朝9時に、最寄り駅の北口に隣接している喫茶店で待ち合わせましょう」ということになった。

さて今日。

朝9時に、最寄り駅北口に隣接する喫茶店に行くと、すでにこぶぎさんがいた。

「30分前に着いちゃったよ」タブレット端末で時間をつぶしていたようだった。

それにしても、まさか本当に来るとは思わなかった。人間、その気になれば会えるものなんだな。

朝っぱらから1時間ほど、こぶぎさんと四方山話をする。あっという間の1時間だった。

「これからどうするんです?」

「いま、大相撲やってるんだよねえ」

相撲を見に行く、というのも、選択肢の一つらしい。

「いずれまたゆっくりと」

「じゃあまた」

私は電車に乗り、職場に向かった。電車に乗ってから思い出した。

最寄り駅から北東方向に歩いて行くと、本格韓国料理屋さんがあることを、言えばよかった。

すでに私は2度ほど通っている。

店構えは小さいが、さだまさしのサインも飾ってある。こんどは、そこを案内しよう。

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おわび行脚

もうひとつ、思い出したことがあった。

前の職場では、上司である部長に、よくかみついた。

会議の場でかみつくことはもちろん、直接部屋に行ってかみついたこともあった。

厄介なやつ、と思われただろう。けっこう避けられていたんだと思う。

前の職場を去る直前に、自分の本が出た。

私にとって、この職場の「卒業論文」のつもりで書いた本である。

この本を、ご迷惑をかけた、歴代の上司に差し上げることにした。

まず、いまの上司に差し上げた。

「いろいろと失礼なことを申し上げてしまい、申し訳ありませんでした」

「とんでもない。新しい職場でもがんばってください」

私は深々と頭を下げた。

次に、前の上司のところに行った。

「その節は、いろいろと失礼なことを申し上げてしまい、申し訳ありませんでした」

「とんでもない。この本、とても嬉しいです」

「いろいろとありがとうございました」

私は深々と頭を下げた。

「こちらこそ、本当にありがとうございました。どうかお元気で」

前の上司は、言葉を詰まらせながら、そうおっしゃった。

最後に、前の前の上司である。

すでに退職されていたが、メールボックスがまだ残っていたので、そこに本を入れた。

職員さんによると、週に1度程度、メールボックスの荷物を取りに来る、という話だった。

どうやらすれ違いだったらしく、私がメールボックスに本を入れた直後に、その本を取りに来られたらしい。

そしてその足で、私の仕事部屋に来てくれたらしい。

私はそのとき、たまたま席を外していた。

仕事部屋に戻ると、ドアにメモ紙がはさまっていた。

「本、感謝。お元気で。また会いましょう」

と、短い言葉が書いてあった。前の前の上司らしい言い回しだった。

もちろん、こんなことでは、私の失礼な言辞が帳消しになるわけではないだろうが、おわびの気持ちは、伝わったのではないか、と思う。

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心残り

おかしい。

5月に入って、お酒を全然飲んでいないし、健康に気をつけているにもかかわらず、また足が痛くなった。

一体どうなってるんだ?

ということで、また憂鬱モードである。

憂鬱ついでに、思い出したことがあった。

よく喋るシェフの店」のことである。

美味しい店だったので、頻繁に通いたかったのだが、狭い店なので、同僚たちと鉢合わせるのが、少し気まずく感じて、なるべく鉢合わせしないように、時間をずらしたりして行ったりした。

そのことを、何気なくシェフに話したところ、シェフは気を使ってくれたらしく、ある日、お店に入ろうとして入口の扉を開けようとすると、店の中からシェフが出てきて、

「今日はやめといた方がいいです」

という。中に同僚たちがいるから、ということらしい。

「別にいいんですよ」と私が言うと、

「いやいや、私からは、適当に言っておきますから」

と言って、追い返されてしまった。

別にそこまで気にしていないのだがな、と思いつつも、シェフの気遣いに感謝した。

ところがあるとき、シェフがふと、

「そんなにかたくなにならなくても…同じ職場なんだから、一緒に食べればいいじゃないですか」

と私に言った。

どうも私が、意固地になっていると思っているらしい。実際そう見えたのだろう。

それ以来、シェフは私にあまり話しかけなくなった。

私のことを、自分の殻に閉じこもる偏屈な奴、と思ったのだろう。

ひょっとしたら、私の偏屈さが、常連の人たちにも伝わっているのかもしれないな。

そう思ったら、何となく行きにくくなってしまい、それからというもの、ランチを食べに行くことのないまま、引っ越してしまった。

それが少し、心残りである。

ま、些細なことである。

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続・寒天ゼリーを作ろう

5月18日(日)

体調はすぐれないし、原稿は書けないしで、かなり気持ちがどんよりしている。

5月末の講演会、6月の2つの学会発表(うち1つは韓国)、それに1月末に締切だったはずの原稿が、まだできていない。

今度ばかりは、万事休すか。

ブログに書くネタもないので、寒天ゼリーの話を書くことにする。

5月の連休中、寒天の産地で棒寒天(角寒天)を大量に買ってきたので、それを使って寒天ゼリーを作ることにした。

以前も作ったことがあるが、すっかり作り方を忘れてしまったので、ふたたび試行錯誤が始まった。

試行錯誤の結果、次のような分量が最適だとわかったので、心覚えのために書いておく。

棒寒天1本あたり、水300CC、100%果汁のグレープジュース(あるいはオレンジジュース)400CCが、最適である。

あるいは、水400CC、ジュース300CCでもよい。とにかく、棒寒天1本あたり、700CCくらいの液体が最適である。

(ジュースが400CCだったり300CCだったりするのは、1リットルのジュースを買った場合、300CC、300CC、400CC、と3回に分けて使うのが合理的だからである)

まず、水300CC(あるいは400CC)を鍋に入れ、そこに、棒寒天をできるだけ細かくちぎって、入れる。

火をつけて、沸騰するのを待ちながら、へらでずーっと鍋をかき混ぜる。

適当な頃合いに、お好みで白砂糖を適宜入れる。

鍋の水が沸騰し、ちぎった棒寒天が完全に溶けてきたら、火を止め、ジュース400CC(あるいは300CC)を入れて、へらでかき回す。

これを、タッパーなどに入れ、冷蔵庫で冷やす。

数時間後、寒天ゼリーのできあがりである。

ポイントは、寒天の国内産地で生産された「棒寒天(角寒天)」を使用する、ということである。食感は、他とはくらべものにならない。

Photo

ただ、このやり方が正しいのかはわからない。

このブログを読んだところで、追検証する人もいないだろう。

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香川照之をめぐるあれこれ

ラジオのネタで、

「最近は僕の夢にまで香川照之が出てくる」

というのがあって大笑いしたのだが、つまりこれは、テレビドラマや映画にやたら出まくっている香川照之が、自分の見ている夢にまで出演している、という意味である。

香川照之は、最初はうだつのあがらない役者だった。

転機となったのは、中国映画「鬼が来た!(鬼子来了!)」(2000年公開、姜文監督)である。

香川照之にとって、この映画に参加した苛酷な体験が、後々まで、鮮烈な印象を残すものとなった。この体験により、香川照之は、「一皮むけた」のである。

彼は4カ月にもわたる、この映画に関する想像を絶する体験を、1日も欠かさず、日記に書きとどめた。

それをまとめたのが、『中国魅録 「鬼が来た!」撮影日記』である。

いまこれを、少しずつ読み進めている。

共感するのは、序章の、

「閉塞し、窒息しそうなほどキツかったあの状況で、日記だけが、この日記に1日の恨み辛みを書き記すことだけが私の密かな楽しみになっていった」

という部分である。

海外での孤独な体験は、ともすれば「どうかしてしまう」状況に陥ってしまう。それを、日記を書くことで、心のバランスを保っていたのである。

あの時の体験にくらべれば、テレビドラマや映画に出演しまくる、といういまの状況は、たいしたことではないのだろう。

そういえば最近、稲垣浩監督の時代劇映画「待ち伏せ」(1970年公開)を見た。

稲垣浩とは、「無法松の一生」の監督をした稲垣浩ですよ。

用心棒役に三船敏郎、渡り鳥役に石原裕次郎、医者崩れの悪党役に勝新太郎、小役人役に中村錦之助、それに、用心棒に思いを寄せる女に浅丘ルリ子という、各映画会社のスターが一堂に会する、何とも豪華な顔合わせなのだが、映画自体は、いたって平凡な内容である。

三船プロダクションの第1回製作作品ということで、三船敏郎がオイシイところを全部持っていってしまっている。言ってみれば三船敏郎のプロモーションビデオである。

三船自らが用心棒を演じたのは、いうまでもなく黒澤明監督の映画「用心棒」の大ヒットが、忘れられなかったからだろう。

監督を稲垣浩にしたのも、三船がかつて主演し、ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞した「無法松の一生」が、忘れられなかったからであろう。

そんな三船の欲が見え隠れする映画である。

そんなことより、このころの浅丘ルリ子がとても美しく、しかも男に媚びずに筋を通す女性を演じていて、それがピタリとはまっている。

この映画の最初に、用心棒に「ある仕事」を依頼する人物、というのがあらわれるのだが、これを演じるのが八代目・市川中車である。

この市川中車は、出番は少ないが、うさんくさい奴というか、食えない奴といった感じで、そこはかとないキモチワルサを醸し出していて、とても印象的である。そしてこのうさんくささはまさに、香川照之が「半沢直樹」で演じた大和田常務そっくりである。

周知のように、香川照之は、歌舞伎界では九代目・市川中車を襲名しているが、八代目・市川中車の実兄(二代目・市川猿之助)の曾孫にあたる。

九代目・市川中車は、八代目の芸風を、見事に受け継いでいるのだ。

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めざせもこみち!

5月16日(金)

Photo_2

夕方、にわか雨が降ったあと、職場の仕事部屋から、虹が見えたので、急いで仕事部屋の窓を開けて、写真を撮った。

ちょっと前に書いた虹のエピソードは、今日書けばよかったな。ちょっと勇み足であった。

それはともかく。

2_2 相変わらず、「弁当男子」である。

やっぱり自分で作る弁当は、自分の好きな味付けができるから、いいねえ。

先日の大型連休に、あるところに出かけたときに、「青とうがらし味噌」の瓶詰めというのを買ってきたので、ご飯の上にのせてみたが、やっぱりどちらかというと、「ふき味噌」のほうが好きかもしれない。

Photo_3 調子に乗って、夜は「あさりパスタ」を作ってみた。

自慢ではないが、私のあさりパスタは、味付けが絶品である。

いま欲しいのは朝の番組で「もこみち」が料理で使っているようなトングである。

あれさえあれば、俺ももこみちになれるんだがなあ。

そうそう、あと、寒天ゼリー作りを、久々に再開した。

もちろん使うのは、粉寒天ではなく、棒寒天である。

何度も作ってみて、寒天ゼリーが「理想の歯ごたえ」になるのが、楽しみである。

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臆病者で何が悪い!

5月15日(木)

山本周五郎原作・松田優作主演の映画「ひとごろし」(大洲齊監督)を見た。

福井藩の剣術指南をしていた剣豪(丹波哲郎)が、ある日、殿様の側近を斬り、逐電するという事件が起こる。怒った殿様は、上意討ちを命ずるが、彼の腕前を知る者たちは、誰も討手を引き受けたがらない。そんな中、藩内きっての臆病者と評判の若侍(松田優作)が、自らの汚名を返上すべく、上意討ちを買って出る。

ところが、剣術がまるでダメな若侍は、まともに剣で勝負しようとしたら、絶対に勝ち目がない。なにより、剣豪の前に立つと、震え上がってしまうのである。

絶対に自分は死にたくない。

剣豪を斬る勇気もない。

でも、この勝負には勝ちたい。

これらをすべて満たす方法はないものか?

若侍は、2人の百姓が「人殺しの剣豪」におびえて逃げ出したのを見て気づく。

「そうか、おれは臆病者だ。世間には肝の坐った名人上手よりも、おれやあの百姓たちのような、肝の小さい臆病な人間のほうが多いだろう、とすれば…」

若侍は熟慮の末、ある奇抜なやり方で、剣豪を追い詰めることを思いつくのである。

まったく剣を使わずに、剣豪を追い込める方法を、である。

世の中には、肝の坐った名人よりも、臆病者で小心者の人間のほうが、圧倒的に多い。

これこそが、山本周五郎が言いたかった、人間社会の本質だった。

ほとんどの人間は、臆病で、気が小さいのだ。

だが、臆病者には臆病者の戦い方があることを、この小説で描いてみせたのである。

人はともすれば、強い者に対して、強い力で対抗したい、と思ってしまう。

とくに最近の、ある国の指導者は、そう考えているようである。

まるで臆病であることが恥であるかのように。

だが、臆病者で何が悪い?

あの若侍のように、まったく剣と用いずとも、剣豪を追い詰めることはできるのだ。

その知恵こそが、人間にとって、いちばん大事なのだ。

そのことを山本周五郎は、いまからちょうど50年前の1964年、この短編小説「ひとごろし」の中で、描いていたのである。

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お食事中の方は、ご遠慮を

5月15日(木)

尾籠な話で失礼。

1年でいちばん憂鬱な、健康診断の日。

前日、気がかりなことがあった。

それは、尿検査である。

前の職場では、「起き抜けの一番尿」を採取して持っていけばよかったのだが、新しい職場では健康診断会場のその場で、採尿しなければならない。

「起き抜けの一番尿」であれば、自分のペースで採尿が可能である。

だが、健康診断会場に行って、そううまいタイミングで尿が出せるか、となると、まったく自信がない。

では、「起き抜けの一番尿」をせずに、職場の健康診断会場まで我慢する、というのはどうか?

だが、起床してから家を出るまでが1時間半、家から職場までは、1時間半だとすると、じつに3時間もおしっこを我慢しなければならない。

さらなる大惨事が巻き起こることは、容易に想像できる。

ここはやはり、「起き抜けの一番尿」をすませておくべきなのだ。

しかしここでまた問題が。

前の晩からずっと、水分をとっていないのである。「起き抜けの一番尿」をすませてしまうと、しばらくは尿意をもよおさなくなるのではないだろうか?

はたして、尿意のピークを健康診断の時間にもっていくことはできるのか?そんな高度な芸当は可能なのか?

「俺の尿待ち」なんてことにならないだろうか?

そのことを考えただけで、もうかなりの心労である。

朝9時、職場に到着して、さっそく健康診断である。

受付で、「まず、胃部レントゲンを撮ってください」と言われた。

つまり、バリウムである。

最初にバリウムが来るとは思わなかった。

健康診断の最後にバリウムを飲んで、すぐに下剤を飲む、という流れを勝手に想定していたのだが、では、下剤はどのタイミングで飲むのだろう?

また悩んでしまった。

いつものようにつらいバリウムを飲んだあと、レントゲン検査が終わり、下剤とペットボトルの水を渡された。

「あのう…」私は質問した。「これは、今すぐ飲んだ方がいいんでしょうか?」

なにしろ、バリウムを早く体外に排出しないと、糞詰まりを起こして死んでしまう、と聞いたことがあるのだ。

しかし、健康診断の途中に便意をもよおす、というのも困る。一体どうしたらよいのだ?

「健康診断が全部終わってから飲んでも大丈夫ですよ。次は尿検査のところに行ってください」

私は錠剤とペットボトルを持ったまま、次の尿検査会場に向かった。

心配だった尿検査も、なんとか無事終わった。

その後もペットボトルを持ったまま、血液検査だの、問診だの、聴力検査だの、心電図だのをすませ、最後の視力検査のとき、担当の方が、私の持っていたペットボトルを見て言った。

「あれ?まだ飲んでないんですか?」

「ええ」

「早く飲んだ方がいいですよ。大変なことになりますよ」

えええええぇぇぇぇっ!!!どっちやねん!

無事すべての健康診断が終わり、下剤と水を慌てて飲み干した。

もうこの時点で、グッタリである。

これらすべての検査をふつうにクリアできた時点で、「健康」と認定してくれないかなあ。

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敵中突破もの

以前、歌舞伎に詳しい友人から、

「黒澤明の『虎の尾を踏む男達』の感想を教えてください」

と言われたことがあった。戦争末期の1945年に制作された作品で、歌舞伎の「勧進帳」を題材に映画化したものである。

しかし申し訳ないことに、黒澤明の初期の作品は、見たことがなかった。

そこで、見ることにした。

この映画、「強力」役の「エノケン」こと、「榎本健一」が、かなりキーマンになっている。

エノケンの芝居を見て思ったのは、

「我々の世代でいうところの、加藤茶だな」

ということである。

その表情といい、動きといい、子どものころ見ていた、ドリフターズの加藤茶である。

加藤茶こそが、エノケンの芝居を正統に受け継ぐコメディアンだったのではないか。

加藤茶は、同じドリフターズの志村けんと比較されることが多いが、志村けんはどちらかというと作家性が強く、「笑いの身体性」という面では、志村けんよりも加藤茶の方が断然面白いと、私は思うのだ。

だからドリフのコントでも、加藤茶が「ボケ」で、志村けんが「ツッコミ」にまわったコントが、格段に面白い。それはまるで、全盛期のコント55号を見ているがごとくである。

というより、二人はコント55号を意識していたに違いない。

…話が横道にそれた。

「勧進帳」の内容を簡単に書くと、頼朝と対立し、弁慶らとともに都から北陸へと逃れた義経一行が、山伏の姿で加賀国の関所にさしかかったとき、関守の富樫左衛門にその正体を見破られそうになるが、弁慶の機転で関所を通り抜けることができた、というお話。

なかでもよく知られているのは、関守の富樫に対して、自分たちが正真正銘の山伏であることを示すために、弁慶が手近にあった白紙の巻物をとりだし、これを「勧進帳」であるとして朗々と読み上げる場面である。

赤塚不二夫の告別式で、タモリが、白紙の弔辞をあたかも書いてあるかのように読み上げたことは記憶に新しいが、まさしくこれは、現代の「勧進帳」である。

…また話が横道にそれた。

黒澤明は、「敵中を突破する」という話が、好きだったのではないだろうか。

黒澤明の初期の脚本に、「敵中横断三百里」というものがあり(これは後年、森一生により映画化された)、また自身が監督した作品に、「隠し砦の三悪人」という超一級の娯楽作品がある。これらはいずれも、敵中を突破するという、ただその一点が、テーマになっている。

山本周五郎原作の小説を映画化した「椿三十郎」も、「敵中突破もの」と言えなくもない。

まぼろしの映画となってしまった「暴走機関車」は、厳密には「敵中突破もの」とはいえないが、ノンストップ暴走アクション映画という意味では、「突破もの」である。

黒澤明は、「敵中突破もの」においてこそ、たぐいまれなる娯楽性を発揮しえたのではないだろうか。

そしてその原点が、歌舞伎の「勧進帳」を映画化した「虎の尾を踏む男達」だったのではないだろうか。

…という、例によって妄想仮説。

一度は、歌舞伎の「勧進帳」をじかに見ておきたいものだ、と強く思う。

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鼓くらべ

山本周五郎の短編小説「鼓くらべ」は、昭和16年1月に『少女の友』という少女雑誌に掲載されたものである。

十五歳の少女・お留伊が、お城の「鼓くらべ」でライバルに勝つために必死に練習するのだが、ある日、余命幾ばくもない老人に出会って、本当の芸術に目覚める、という話。

病の床に伏せっている老人が、主人公のお留伊に語りかけるセリフが印象的である。

「…すべての芸術は人の心をたのしませ、清くし、高めるために役立つべきもので、そのために誰かを負かそうとしたり、人を押退けて自分だけの欲を満足させたりする道具にすべきではない。鼓を打つにも、絵を描くにも、清浄な温かい心がない限りなんの値打ちもない。…お嬢さま、あなたはすぐれた鼓の打ち手だと存じます。お城の鼓くらべなどにお上りなさらずとも、そのお手並みは立派なものでございます。おやめなさいまし、人と優劣を争うことなどはおやめなさいまし、音楽はもっと美しいものでございます。人の世で最も美しいものでございます」

この短編小説を読んで、これを「鼓くらべ」ではなく、今のフィギュアスケートに設定を変えても、その本質はまったく変わらないのではないだろうか、と思った。

私がフィギュアスケートに対して抱いている漠然とした違和感は、この短編小説の中で、すでに説明されていたのだ。

フィギュアスケートの第一線で活躍している人たちは、みんなこの「お留伊」のような思いでいるのではないだろうか。

芸術は、人の心を楽しませ、高めるためにあるもので、誰かを打ち負かすためにあるのではない、というのが、山本周五郎の一貫した芸術観だった。

その山本周五郎が、直木賞を辞退したことは、有名な話である。

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What do you recommend?

5月13日(火)

民放の朝の情報番組の中で、ワンポイント英会話みたいなコーナーがあって、

「これって、むかしのウィッキーさんの焼き直しじゃん」

と思いながらも、つい見てしまうのだが。

今日のワンポイントレッスンは、

「What do you recommend?」

あなたのお薦めは何ですか?というものだった。

映画とか、本とか、音楽とか、自分が薦めたものが、ほかの人にハマったためしがない。

薦めたことを、いつも後悔したりする。とくに親しい人によかれと思って薦めたものがハマらなかったときの自己嫌悪ぶりといったら、半端ではない。

伊集院光が司会をしている「週末TSUTAYAに行ってこれ借りよう」というラジオ番組があって、この番組の仕組みがおもしろい。

毎週、ゲストを呼んで、自分が過去に見た映画の中で、お薦めの1本を紹介してもらう。

映画についてさほど詳しくない、という伊集院は、そのゲストのお薦めの映画をDVDで見て、2週間後、もう一度そのゲストを呼んで、映画の感想を言い合う、というものである。

これって、けっこう残酷な企画である。

ゲストが事前に、「この映画のどこがおもしろいのか」というポイントを解説する。

しかし、伊集院がこの映画を見て、まったくハマらなかった、という可能性もあり得るのだ。

その場合、薦めたゲストの方も落ち込むし、薦められた伊集院の方も、どうしていいかわからなくなってしまう。

そういう危険性をもっているのだ。

ふつうだったら、

「この映画、おもしろいですよ」

と言われたら、

「今度見てみますよ」

とかなんとか言って、見たいと思えば見るし、見たくないと思えば、うやむやにしてしまうものである。

だがこの番組は、薦められた映画を、絶対に見なければいけないのである。

2週間後には、その感想を言わなければならない。

これは、双方にとって、残酷な企画である。

ライムスター宇多丸がゲストのときは、なかなか緊張感があった。

伊集院光と宇多丸は、今やトークの達人であり、カリスマDJである。

それに加えて宇多丸は、他の追随を許さない博覧強記の映画通である。

必然的に、「宇多丸はどんな映画を薦めてくるのか」という点に関して、他のゲスト以上に関心がおよぶのである。

それに、同世代だということもあり、喋り手として、お互いがお互いを、かなり意識している。

伊集院は宇多丸の映画評を信頼しているが、それ以上に、宇多丸は伊集院の感受性を信頼しているのだ。

宇多丸にしてみたら、「自分のお薦めの映画が、ハマってくれなかったらどうしよう。感受性が違うということなのか?」と、プレッシャーを感じるはずである。

一方で伊集院も、「ハマらなかったとしたら、俺の映画の見方が悪かったのか?」と、不安なはずである。

宇多丸が薦めた映画は、「ハッスル&フロウ」というアメリカ映画だった。

2週間後の番組で、2人は再会し、伊集院が、映画の感想を宇多丸に話す。

「…ということは、この映画にある程度はハマった、ということですか?」

最後におそるおそる宇多丸が聴くと、

「ある程度どころじゃないです」

と伊集院が答え、番組はこれで一件落着となった。

この番組を聴くたびに思う。

よかれと思ってほかの人に薦めた映画や本、音楽の感想は、聞かない方が精神衛生上はよいのではないか、と。

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どうする?健康診断

5月12日(月)

1年で最も憂鬱な、健康診断の季節がやってまいりました。

15日(木)がそのXdayなのだが、いつまで経っても、職場からは問診票1枚しか配られない。

おかしいなあ。前の職場では、尿検査のキットと、便潜血検査のキットが、事前にもれなく配られていたのに、こちらの職場では、いっこうに配られる気配がない。

(忘れられているのかな)

気になって仕方がないので、担当部署に電話をかけてみた。

「あのう…、木曜日の健康診断のことなんですけど」

「はい」女性の職員の方である。

「問診票1枚しか配られていないんですが、その…尿検査とか、その、あの…」

「大腸がん検査ですか?」

「はい、その、容器と申しますか…それをまだ受けとってないんですが…」

「あ、そうですか」と女性職員。「尿検査につきましては、当日、その場でしていただきます」

「その場で…、ですか?」

「はい、その場でです」

「朝起きた一番尿をとるとか、そういったことは…」

「必要ありません。現場でお願いします」

「はあ、現場でですか…それと、便の方なんですが…」

「希望されますか?」

「は?」

「尿検査は義務ですが、便検査については、希望者にのみ、キットをお渡しすることにしています」

「そうですか」

「どうなさいますか?」

「じゃあ、…とりあえずもらっておきます」

なんと!こちらの職場では、便の検査は義務ではなかったのだ!

一昨年、採便キットを韓国に持っていく、持っていかないで、あれほど悩んだのは、いったい何だったのか?!

「それからですねえ」

最後に私は、最も気になっていることを聞いてみた。

「胃部レントゲンなんですけど…」

私は、バリウムを飲むのがイヤでたまらなかったのである。

「これは、…その…義務なんでしょうか?」

「いいえ、これも希望者だけでけっこうです」

なんと!バリウムも、希望者だけでいいというではないか!

「検査を希望するかしないかは、当日にお決めください」と職員さん。

さあ、どうする?俺。

バリウムを飲まなくてもいい、と言われた。

「飲まなくてもいいんなら、飲まなくていいんじゃない?」

と悪魔がささやく。

「何言ってんだ!自分の健康のことを考えたら、飲まなきゃダメじゃないか!」

と天使がささやく。

一体どうすればいいのだろうか?

私はバリウムを飲み…ま…。

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古本屋ノスタルジー

不思議なものである。

このブログで、神保町の古本屋街の思い出話を書いた翌日、たまたまTBSラジオ「久米宏 ラジオなんですけど」を聴いていたら、森岡督行さん、という人がゲストに出ていた。

久米宏のこのラジオ番組は、「全然有名じゃない人をゲストに呼ぶ」というのが主義みたいで、当然私は、この森岡さんという人を知らない。

だが話を聴いてみると、この人が、山形県寒河江市出身で、大学時代に東京に出て、卒業後はしばらく就職はせずに、神保町の古本屋街を散歩するという生活を送っていて、やがて神保町の一誠堂書店という老舗の古書店に就職し、さらに独立していまは茅場町で「森岡書店」を経営している、という人だということがわかった。

年齢は、私より5歳ほど下なので、同世代といってよいだろう。

大学卒業後に、神保町をうろつく毎日だった、という点が、私自身と重なっているようで、面白かった。だが私と決定的に違うのは、その後、それが高じて、古本屋に就職した、というところである。

神保町の一誠堂書店は、学生時代によく通っていたから、ひょっとしたら店内にいる森岡さんを見かけていたのかもしれない。

番組の中で久米宏が「森岡さんの書いた『荒野の古本屋』という本がとても面白い」と絶賛していたので、読んでみることにした。

彼が神保町の古本屋街のおもしろさに目覚めてから、一誠堂書店での修行を経て、独立するまでを、さまざまなエピソードを中心に、エッセイ風に書いている。

エッセイ全体を貫いているのは、自分に影響を与えた「人」へのまなざしである。だからこの本の主役は、古本ではない。「人」である。

まさに「古本は人なり」である。

ただ、後半の、森岡書店開業以降のエピソードは、さながら反町茂雄の『一古書肆の思い出』を彷彿とさせる。

まさに「古本は一期一会」である。

そういえば、反町茂雄も、一誠堂書店で修業をしていたのだった。

彼にとって、神保町での「本」と「散歩」と「喫茶店」の日々は、彼の人生に決定的な影響を与えたのだ。

だから私も、確信をもって言える。

神保町の古書店街を歩くと、人生のヒントに出会うのだ、と。

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県境川暮色

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小学校のころ、授業中に窓を見ると、虹が出ていた。

それも、珍しい「二重の虹」である。

どこかで、「二重の虹」を見ると幸せになれる、という話を聞いたことがあった。

それは、四つ葉のクローバーを見つけると幸せになれる、というのと、同じような話として、受けとめていたのかもしれない。

窓の外の「二重の虹」を、めざとく見つけたのは、同じクラスのH君だった。

H君はいつも、何でもかんでも、めざとく見つけるのである。

「虹だ!Kちゃんに知らせないと!」

Kちゃんとは、隣のクラスの女の子である。

H君は授業中にもかかわらず、先生の制止をふりきって、教室を出て行った。

H君も、「二重の虹を見ると幸せになれる」という話を、四つ葉のクローバーの話と同じような感じで、知っていたのだろう。

そしてそれを、ほのかに好意を寄せていた、Kちゃんにいちばんに知らせよう、と思ったのだろう。

少したって、H君がうなだれた様子で教室に戻ってきた。

「どうしたの?」と先生が聞くと、

「Kちゃんに怒られた」

という。

「いまは授業中でしょ!」と言われたのだという。

まじめなKちゃんらしい言葉である。

それを聞いて、私はホッとした。

なぜなら私も、隣のクラスのKちゃんに、ほのかな好意を寄せていたからである。

…県境の川にかかる夕日を見て、そんな大昔の話を思い出した。

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スポーツクラブなんかいらない!

5月10日(土)

相変わらず、車にはカーナビが付いていない。

それどころか、いま住んでいる町の地図も、持っていない。

自分の住んでいるところが、町のどの辺にあたるのか、というのも、よくわからない。

基本的に、平日は家と職場の往復だし、週末はグッタリしているので、自分の住んでいる町の、どこに何があるか、というのが、よくわからないのだ。

今日、自転車ですぐ近所の住宅街を走っていたら、家と家の隙間から、土手、らしきものが見えた。

(あれって、川の土手か?)

近くには川が流れている、と話には聞いていたが、実際、川がどの辺を流れているのかを、引っ越してから、確かめたこともなかった。

土手らしきところに近づいていくと、やっぱり川の土手だ。県境を流れる川の土手である。

土手に上がって、あまりの眺めの良さに、思わず写真を撮った。

Photo

遠くに見えるのは、スカイツリーではないか!

家から自転車で2,3分のところに、こんな広々とした川が流れているとは、知らなかった。

土手を行き交う人びとは、ジョギングをしたり、自転車を走らせたりしている。

そうか!

これからは運動のために、この土手をジョギングしたり、自転車をこいだりすればよいのだ!

そうすれば、スポーツクラブに通わなくてもすむ。

なにしろこの川のさかのぼっていくと、このブログでもたびたび取りあげている、ある映画のロケ地(聖地)にもたどり着くのだ。

ジョギングして、渡し船に乗って、聖地に行く。さぞ心持ちがいいだろうなあ。

そうすれば、運動に対する意欲というのも、わいてくるものである。

じゃあさっそく今日からジョギングを始めようか。

いや、今日はこれから都内に出て、ジャック・カロ展を見に行くことにしていたのだった。

残念ながら、今日から始めるわけにはいかない。

来週のしかるべき時期に、始めることにしよう。

そうしよう。

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いそしぎ

ネタは思い浮かばないし、職場が変わってからほとんどかえりみられなくなったようだし、毎日ブログを書くのがだんだん苦痛になってきた。

先日のOB楽団の演奏会のアンコール曲が、すばらしかった。

(なんだっけなあ、この曲)

演奏を聞いているとき、「いそしぎ」というタイトルが頭に浮かんだ。

打ち上げの席で、何人かに言った。

「アンコール曲の『いそしぎ』がよかったねえ」

すると、周りにいた人たちが「はぁ?」という顔をした。

「何言ってるんです?『フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン』ですよ」

「あ、そうか!」

たしかに、アンコール曲は、まぎれもなく「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」だった。

「『いそしぎ』って、何です?」

「何です?って、曲のタイトルだよ。知らない?」

「知りません」

「有名な曲だよ」

「そんな言葉、初めて聞きました」

「絶対に聞いたことある曲だって」

「『フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン』に似ている曲ですか?」

「え?」

「だって、勘違いしていたんでしょう?」

「そ、そうだね。たしかに似ている」

「どんな曲なのか、歌ってみてください」

「……」

「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」が頭の中でじゃまをして、曲が出てこない。

「とにかく有名な曲なんだってば」私は繰り返した。「本当に知らないの?」

「まったく知りません」

このあと、楽団員の何人かに聞いてみたが、誰一人、「いそしぎ」という曲を知っている人はいなかった。

どういうこっちゃ?

少なくとも、楽団員たちは、私よりも音楽に詳しいはずである。

驚いたことに、私と同学年のフクザワやKさんも知らなかったのだ。だから世代間の問題ではない。

キツネにつままれた感じである。

みんなで俺をかついでいるのか?

ひょっとして、「いそしぎ」なんて曲、最初からなかったんじゃないか、という気がしてきた。

私が作り出した妄想だろうか?

「いそしぎ」って、そんなに無名な曲かなあ。

…というか、「いそしぎ」って、何?

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ああ!宅配ボックス

5月8日(木)

宅配便、というのは、受け取る方からすれば、かなりやっかいである。

前の勤務地で住んでいたアパートは、私が不在のときは、「不在連絡票」が郵便受けに入っていた。

夜遅くに家に戻り、不在連絡票を手にしたときには、すでに、再配達の電話ができない時間である。

仕方がないので、翌朝、電話をすることになるのだが、それでも日中は家に居ないので、職場に転送してもらうことになる。

すると、「管轄が違うので、もう1日待ってください」とかなんとか言われ、結局、受け取りに2日くらいかかったりする。

とにかく、宅配便の不在連絡票が郵便受けに入っていると、その日は憂鬱でたまらないのである。

4月から住んでいるマンションには、マンションの玄関を入ったところに「宅配ボックス」というのがある。

不在の場合は、配達業者が「宅配ボックス」に入れておいてくれ、さらに該当する部屋番号を入力してくれるのである。

これにより、「再配達」という面倒な手間が解消されるわけである。

(これはいい)

昨日、このマンションに入居して初めて、宅配便の不在連絡票が入っていた。

不在連絡票には、「宅配ボックスに入れました」と、手書きで書いてあった。

さっそく宅配ボックスのところまで取りに行くと、コインロッカーのようなボックスが10個ほど並んでいて、01番のボックスところに、私の部屋の番号が表示されている。

「部屋番号を押して、そのあとに確認ボタンを押してください」

と表示されていたので、部屋番号を押して、「確認」のボタンを押した。

これで開くかと思いきや、次に別の表示が出た。

「暗証番号を押して、そのあとに確認ボタンを押してください」

…暗証番号?

暗証番号なんて、聞いてないぞ!

適当な番号を押してみたが、「エラーです」という表示が出るばかりである。

暗証番号って、何だ?

まったく思いあたる番号がないのだ。

夜遅かったので、誰に聞くこともできない。

そして今朝、不動産屋さんに電話をした。

「あのう…宅配ボックスの暗証番号がわからないんですけど」

「少々お待ちください」

電話の向こうで、なにやらガサガサと調べていたいたようだったが、

「お待たせいたしました。こちらでは、把握しておりません」

「は?」

「通常ですと、配達業者さんがそのつど暗証番号を設定して、それを不在連絡票に書くはずなんですけど、不在連絡票にそれらしい番号はありませんか?」

穴の開くほど見たが、どこにもそんな番号は書かれていない。

「あのう、書かれてませんけど…」

「では、配達業者さんが書き忘れたのかもしれませんね。こちらではわかりませんので、確認していただけませんか?」

「わかりました」

配達業者に電話をかけてみるが、「ただいま電話がたいへん混み合っております」という自動音声が続くばかりである。

辛抱強くかけてみると、しばらくして、ようやくつながった。

「あのう…かくかくしかじかで、宅配ボックスの暗証番号がわからないんですけど、そちらで、暗証番号を設定されたと思うんですが、不在連絡票にも書いてなくて…」

「少々お待ちください。担当の者と確認して、こちらからかけ直します」

しばらくして、電話が来た。

「ただいま担当の者に確認いたしましたが、暗証番号は入力していない、ということでした」

「どういうことでしょう?」

「つまり、こちらで暗証番号を設定したわけではない、ということです」

「そうですか」

さあ、わかんなくなっちゃった。不動産屋は、配達業者が暗証番号を入力したのだといい、配達業者は、そんな覚えはない、という。

職場に着いてから、もう一度、不動産屋に電話をかけた。

「あのう…先ほど配達業者に聞いてみたんですけど、暗証番号は入力していないっていうんです」

「おかしいですねえ。そんなはずはないんですが…。もう一度確認してみますので、少々お待ちください。確認しだい、こちらからかけ直します」

しばらくして、不動産屋から電話が来た。

「すみません。確認したところ、入居の際に、部屋の中にファイルが置いてありませんでした?いろんな説明書を綴じたファイルです」

そういえば、エアコンの取扱説明書とかを閉じたファイルが、入居の際にあらかじめ部屋に置いてあったことを思い出した。

「はあ、たしかあったような」

「そのファイルの中に、暗証番号を書いた紙がはさんであるはずです」

「そうですか。帰ったら確認してみます」

帰宅したら、郵便受けにもう一枚、不在連絡票が入っていた。

「ご不在だったので宅配ボックスに入れておきました」と書いてある。

おいおい、昨日と今日で立て続けかよ!

部屋の隅々まで「ファイル」を探すが、これがいくら探しても見つからない。

(どこ行ったんだろう?たしかにあったはずなんだが)

当然あるはずだと思っていたファイルが、見つからないのだ。

私はすっかりパニックになってしまった。

このままずっと暗証番号がわからいままだったとしたら、10個ほどある宅配ボックスはやがて、私宛ての荷物で、あふれてしまうだろう。

そうなったら死ぬしかないな。

慌てて不動産屋さんに電話した。

「ファイルが見つからないんです。なんとか暗証番号がわかる方法がありませんか?」

もうほとんど泣きそうである。

「そう言われましても、こちらでは宅配ボックスの暗証番号だけは、把握しておりませんでして…」

万事休すか?

「大家さんならご存じだと思いますので、聞いたら折り返し電話いたします」

最後の頼みの綱は大家さんか!また電話を待った。

しばらくして電話が来た。

「大家さんの仕事場に電話をかけたんですが、お帰りになったようです」

「大家さんのご自宅の連絡先はわからないんですか?」

「わかりません。明日また、大家さんが仕事場に来られたときに聞いてみます」

この分では、いつになったら暗証番号がわかるんだろう?

もう一生、暗証番号がわからないままかもしれないな。

すっかり絶望的になった。

夜9時過ぎ。妻が仕事から帰ってきたので、玄関先で聞いてみた。

「入居のときにこの部屋に置いてあったファイル、あったでしょう?」

「あったね」

「あれ、どこにあるか知ってる?」

「ここだよ」

と、なんと妻は、下駄箱の中からそのファイルを取り出したのである!

えええええぇぇぇぇぇぇっ!!!下駄箱にぃ?

まさか、ファイルが下駄箱の中にあるとは思わない。

おかげでこちらは、大汗をかきながら部屋中を探し回ったのだ!

ファイルの1ページ目には、宅配ボックスの暗証番号が大きく書かれていて、夜9時すぎ、ようやく、2つの荷物を宅配ボックスから取り出すことができたのであった。

かくして、私一人が大騒ぎしてほうぼうに迷惑をかけた「宅配ボックス事件」は、幕を閉じたのであった。

明日は、不動産屋さんに電話をかけて、謝ろう。

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マネキンと旅する男

久しぶりにこのブログ宛てに、季節のお葉書をいただきました。

マネキン輸送研究会の「桜野こぶぎ」さんからです!

2_2満開になった桜の写真の傍らに、一句添えられていました。

「マネキンの 行き交う街にも 春の風」

素晴らしい一句です!

これには、解説が必要でしょうな。

ある中年の男性が、 50㎞離れた街に、マネキン人形を運ぶことになりました。

ところがその男性は車を持っていないので、電車を使って、マネキン人形を運ぶことにしました。

マネキンは当然、人間の等身大くらいの大きさですから、鞄に入れることもできず、人形を抱えて電車に乗り込むしかありません。

その男性は、恥ずかしいと思ったのか、そのマネキン人形に白衣を着せて、電車に乗り込んだのです。

しかし考えてもご覧なさい。中年の男性が、マネキンに白衣を着せて電車に乗っていたら、かえって生々しくなるではありませんか。

ひょっとしてこの人は、白衣を着たマネキンを、自分の恋人だと思い込んでいる人なのではないか、と。

そういえばむかし、ドラマ「世にも奇妙な物語」に、そんな話がありましたなあ。

ペ・ドゥナ主演の映画「空気人形」(是枝裕和監督)も、似たようなお話です。

江戸川乱歩の向こうを張って、「マネキンと旅する男」という小説ができそうです。

とにかくその男性は、50㎞の道のりを、白衣を着たマネキン人形とともに旅をしたわけです。

そして、とある街で電車を降りた男性は、お葉書の写真にあるような、桜吹雪の舞う公園へと足を運びます。

マネキン人形を抱えて歩いている男性には、桜の花びらが雪のように舞い落ちて、それはそれは幻想的な風景です。

「マネキンの 行き交う街にも 春の風」

この一句は、そんな光景を歌っているのです。

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オニガワラーの冒険

出身高校OBの吹奏楽団のことについて、思い出したことを、もう少し書く。

15年以上も前、まだOB楽団に在籍していたころ、広報係というのを担当したことがあった。

ふた月に一度だったか、楽団員向けに広報誌(といっても、ワープロで書いたものをプリントアウトしてコピーしたもの)を発行するのが役目だったのだが、私は広報係の権限で、楽団の話とはまったく関係ない、エッセイみたいなものを、その広報誌に毎回書いていた。

内容は、いまブログで書いているようなことと同じような内容である。

まあ毎回、広報誌に文章を載せるなどという人間は、物好きの私くらいしかいなかったから、広報誌としてよりも、「読み物」として、一部のファンを獲得したのであった。

で、味をしめた私は、広報誌に書くだけでは飽き足らなくなり、なんと、個人誌を発行して、それを、ご丁寧にも、後輩有志に封書で送りつける、ということもやったのである。

一方的に個人誌を作って、それを、読んでもらえそうな後輩たち十数人に有無を言わせず送りつけるのだから、何とも迷惑な話である。

いまならさしずめ「メールマガジン」といったところだが、インターネットやメールが普及していなかったころだったので、わざわざワープロの文章をレイアウトして印刷して、それを必要部数コピーして、わかってくれそうな人に郵送したのである。

個人誌のタイトルは、たとえば私の苗字が「鬼瓦」だとしたら、「オニガワラー」というタイトルをつけた。最後の「ラー」は、「アムラ-」の「ラー」である。

これを、定期的に発行して、十数人に郵送していたのだから、もう、どうかしていたとしか思えない。これは、私の黒歴史の1つである。

大学院生時代って、ヒマだったのか?

で、今日、部屋の掃除をしていたら、4学年下の後輩だったYさんから送られてきた『オニガワラー(仮名)』への投稿原稿、というのが出てきた。

繰り返すが、当時はメールが普及していなかったので、封書である。

消印をみると、98年とあるから、今から16年前である。

タイトルは、「個人誌『オニガワラー』創刊に思う」というもので、創刊号を読んでの感想を、寄せてくれたものである。

この文章が、とても面白かったので、一部固有名詞を変えて、再掲する。

「個人誌『オニガワラー』創刊に思う

私たちは、私たちの住む世界を当然知っていると思っています。しかしそれは、私たちが、自分の目に映り得るものしか「世界」と認めていないからなのかもしれない。世界には、私たちの知らないところに、たくさんの隙間があるに違いない。そんな、日常のなかの非日常を冒険してみせるのが、実在の鬼瓦氏から巧みに抽出された「オニガワラー」というキャラクターです。

この人物は、人一倍好奇心旺盛で気になることはとことん挑戦、負けず嫌いなのに気が小さくて、少々自意識過剰気味、という性格を与えられています。そんな「オニガワラー」の目に映る世界、そして、その性格ゆえに引き起こされる小さな事件に、読者は思わずあたたかい苦笑を誘われてしまいます」

これまで、OB会誌上で、メーリングリスト上で、「オニガワラー」の冒険は展開してきました。そして、新たな物語が提示される度に、私たち読者は、今ごろ「オニガワラー」は、一体、どんな冒険をしているのかしらと、続きを密かに求め続けました。この事態は、鬼瓦氏の思うつぼ、というべきなのかもしれません。しかし「騙されないぞ」と目を光らせることが馬鹿馬鹿しくなるほど、「オニガワラー」の冒険は、ほのぼのとあたたかいのです。

そんなささやき声の高まりに応えての個人誌『オニガワラー』の創刊、心より嬉しく思います。どうぞ末永く「オニガワラー」というキャラクターに、見事なステップを踏み続けさせんことを。しかし、鬼瓦氏自身が「オニガワラー」というキャラクターに取り込まれて呼吸ができなくなってしまわぬよう、杞憂ながら、お祈りして筆を置きます」

さしずめ、今でいうところのブログへのコメント、といったところか。

Yさんの分析力や文章の巧みさから、Yさんがとても聡明な人であることがわかる。

それにYさんの指摘は、このブログに対する文章だとして置きかえて読んでみても、たぶん、十分にあてはまるものだと思う。

ということは、世の中がどれだけ進歩しても、私がやっていることはぜんぜん進歩していない、ということである!

私はむかしっから、いまと同じようなことをしていたのだ。ただ、IT化されて、それが紙媒体からブログに変化しただけである。

しかもちょっと待て!上の文章中に「メーリングリスト上で」という表現が出てくる。ということは、私は紙媒体だけでも飽き足らず、メールマガジン的なことも、当時やっていた、ということである。私はよく覚えていないが。

まったく、どんだけヒマだったんだ?

結局、個人誌「オニガワラー」は、3号くらいまで出して、やめてしまったと記憶する。

Yさんが「末長く」と願った、「オニガワラー」の冒険は、意外とあっさり終わってしまった。

しかし、いま私がブログで書いていることは、まさにあのとき始めた、「オニガワラーの冒険」の続きである。

こぶぎさんのいう、「ブログはファンタジー」という名言とも、通ずるものがある。ブログに出てくる「私」は、実在の「私」ではなく、そこから抽出されたキャラクターである。

しかも、私自身が、ブログ上の「私」に取り込まれて、呼吸ができなくなることもしばしばである。Yさんはそのことを、予言していたのだ。

残念なことに、Yさんとはその後連絡がとれなくなり、私がこんなブログを書いていることも知らない。

いまこのブログを読んだら、どう思うだろう。

もっとも、Yさんは、こんなこと、すっかり忘れているだろう。

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続・嵐のようなあいつ

5月4日(日)

出身高校のOB吹奏楽団の、年に一度の定期演奏会を聴きに行く。

15年ほど前までは、演奏者として出演していたが、いまはもっぱら観客として聴くだけである。

演奏会が終わり、客席でうだうだしていると、5学年下のIさんがやってきた。

「先日の新聞記事、読みましたよ」

先日の新聞記事とは、私の本の紹介記事である。

「それで、OB楽団のサイトの掲示板に、宣伝したんですよ」

なんとありがたいことに、もう何年も演奏会に出演していない私の本を、Iさんは宣伝してくれたのである。

「でも、宣伝効果があったかどうか…」

すると今度は、私と同学年だったKさんがやってきた。Kさんは、今回の演奏会に出演していた。

「本、読んだよ」

「え?」私は驚いた。私がKさんに会うのは1年ぶりである。「何で知ったの?」

「OB楽団の掲示板にIさんが書いてくれたのを見て」

なんと!Iさんの宣伝のおかげで、少なくとも1冊は売れたのだ!

「どうだった?」と恐る恐る聞くと、

「ふだんのしゃべり口調が、そのままあらわれている感じだった」

と言われた。高校時代をよく知るKさんらしい感想である。

…というか、高校時代から、私の語り口は変わっていないらしい。

ほかに、同じサックスパートだった1学年後輩の、モリカワさん、エーシマ、オオキの3人も来ていた。

なかでも、北関東に住むエーシマが来るとは思わなかったので、ビックリした。

モリカワさんは、本の紹介記事が載った新聞記事を持ってきて、みんなに見せていた。

それを読んだエーシマとオオキが、大爆笑した。

高校時代の私をよく知る2人は、すました顔で写っている私の顔写真が、可笑しくて仕方がないらしい。

ホールを出て、居酒屋に場所を移す。

久しぶりに会ったエーシマは、例によってまくし立てるように喋っていた。

私も負けじと、それに応戦する。

「先輩、その面倒くさい性格、高校時代からまったく変わってませんよね。ほんと、まったく進歩がない」

エーシマは、いまも私が「面倒くさい性格」であることを、ちゃんと見抜いていた。ひどく呆れながらも、変わらないことに、安心したのだろう。

今日の演奏会で演奏された「レ・ミゼラブル」メドレーの話から、映画「レ・ミゼラブル」の話になり、「エポニーヌはいい」という話で盛り上がると、横で聞いていたAさんに、

「その話、去年もしていましたよ

と指摘された。同じ話を繰り返すのは、老化のあらわれだな。

久々に、みんなで言いたいことを言い合った2時間だった。エーシマは、そのまま北関東に帰った。

その日の深夜、エーシマからメールが来た。

「宇都宮隆のドラマ初出演の『LUCKY! 天使、都へ行く』ですが、内容は全く覚えていませんが、たしかに、どっかの企業の社長役で出ていて、出るたびに下手くそ過ぎてハラハラしていたのを思い出しました。篠ひろ子さんと出ていたのはどうやら二作目で『誘惑』というまさに金妻の枠のドラマでした。ファンの私が忘れていることまで覚えている先輩の記憶力には脱帽です。

先輩の本はGW中にでも本屋さんで購入します。

では、新しい職場での仕事は大変かと思いますが、お疲れの出ませんように…(この言葉はGW中に新たに学んだ言い回しだったのでちょっと使ってみました)」

嵐のようなエーシマは、むかしと変わらない。

ほんの少し変わったことがあるとすれば、私に少しは気遣ってくれるようになった、ということである。

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いまさら「部活やめるってよ」

5月4日(日)

ようやく、映画「桐島、部活やめるってよ」を見ましたぜ、こぶぎさん。

映画評論家の町山智浩さんも言っているように、これほど、学校内における「同調圧力」を見事に描いた映画はない。

とくに、学校内の上位カーストの女子グループ4人の「同調圧力」っぷりは、見ていて腹が立つほどであったが、それも監督のねらいだろう。

よくよく考えてみると、これは高校に限ったことではない。

私がいた職場でも、半ば無意識的でゆるやかな同調圧力のもとに結束していたグループがあって、組織の上位カースト(これは、組織上の上位を意味するものではない)に属さない人びとのことを、強い調子で批判したり揶揄したりしているのを、直接間接に聞いたりしたことがある。

だからこの映画は、大人こそが見る映画なのだ。

さて、この映画にはまるかはまらないかは、「登場人物に感情移入できるか、できるとすれば、誰に感情移入できるか」という点にかかっていると思う。

共学の公立高校で、文化系の部活に所属していた私は、当然のことながら、神木隆之介演じる映画部の「前田」に感情移入ができた。

しかしここだけの話、それ以上に感情移入できたのは、吹奏楽部の部長、沢島さんである。

沢島さんが、私と同じように、吹奏楽部でアルトサックスを吹いている、という点ももちろん大きいが、それ以上に、沢島さんの心の動きが、手に取るようにわかるのである。

さあ、あなたは誰に感情移入できましたか?

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型破りな師匠に憧れる弟子

連休なので、さして書くことも思い浮かばない。

最近、テレビドラマはほとんど見ないが、少し前にテレビ朝日で放映され、録画しておいた松本清張原作・ビートたけし主演の「黒い福音」を見た。

ビートたけしが、事件を執拗に追うたたき上げで型破りな刑事を演じているが、その刑事のもとで研鑽を積みながら、一緒に捜査にあたる後輩のエリート刑事を、瑛太が好演している。

たしか大河ドラマの「篤姫」をたまたま見ていたとき、瑛太、という俳優の存在を知って、上手な役者さんだな、と思った印象がある。

今回の「黒い福音」を見て、西川美和監督の映画「ディア・ドクター」を思い出した。

この映画でも瑛太は、笑福亭鶴瓶演じる型破りな医師のもとで研鑽を積む若い医師の役を演じている。

瑛太演じる若い医師は、型破りの医師に憧れていくが、型破りの医師は、「俺を見習うな」という。だが若い医師は、型破りな医師の人間性に惹かれていくのである。

「黒い福音」の場合も、まったく同じ構造である。

つまり瑛太は、「本来見習うべきではない、型破りな師匠に憧れる弟子」を演じさせると、右に出る者はいないのだ。

いってみれば、「型破りな師匠に憧れる弟子」キャラなのだ。

ビートたけしにしろ、笑福亭鶴瓶にしろ、クセのある役者を相手にすればするほど、瑛太の演技は光る。

つまりは、受けの芝居が上手い、ということなのだろう。

黒澤明の映画「赤ひげ」(山本周五郎原作)で、赤ひげ先生(三船敏郎)の型破りな診療に感化される弟子を、加山雄三が演じていたが、いまならさしずめ、瑛太である。

いや、「赤ひげ」だけではない。山本周五郎の「師弟もの」が映像化されるとしたら、師匠に感化される弟子を演じるのは、瑛太以外にはあり得ない。

たとえば、私が大好きな、「内蔵允留守」という短編小説。

若い侍の虎之助が、兵法の極意を極めた内蔵允に憧れて訪ねに行くが、内蔵允は留守で、その近所に住んでいた百姓の老人の考え方に感化されていく、という話。

一筋縄ではいかない剣豪に憧れる若い侍には、絶対に瑛太をキャスティングすべきである。

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「いまを生きる」再見

久しぶりに、映画「いまを生きる」(1989年)をDVDで見た。

1989年、私が大学2年のときに公開された映画で、この年は、「フィールド・オブ・ドリームス」とか、「7月4日に生まれて」とかも封切りされて、私にとっては「アメリカ映画豊作の年」だった。

ただし、この年のアカデミー作品賞は、「ドライビング・ミス・デイジー」という、じつに地味な作品が受賞した。

同じ年、イタリア映画の「ニュー・シネマ・パラダイス」も公開されていて、たしかアカデミー賞外国語映画賞を受賞したと記憶する。

「いまを生きる」は、原題が「DEAD POETS SOCIETY(死せる詩人の会)」で、これではあまりにも、ということで、「いまを生きる」という邦題になったのだろう。この「いまを生きる」という邦題は、劇中に登場するセリフ「Seize the Day(この日をつかめ)」を訳したものである。

規律の厳しいエリート校に赴任した英語教師、キーティング(ロビン・ウィリアムス)が、型破りな指導法で詩や文学を教えることを通じて、生徒たちに「自分で考えることの大切さ」「自分の力で未来を切り開くことの尊さ」を気づかせ、生徒たちが次第に心を開いていく、というストーリー。

こう書くと、「金八先生」みたいだが、事実、公開当時、ロビン・ウィリアムス演じるキーティングを金八先生になぞらえる映画評もあった。そういう先入観で見てしまうと、この映画は好き嫌いが分かれると思う。

私は、金八先生は嫌いだったが、この映画は好きだった。

ロビン・ウィリアムスは、「グッドモーニング・ベトナム」で、日本でも一躍有名になり、その次が、この「いまを生きる」だったと思う。ロビン・ウィリアムスにしては、かなり抑えた演技で、それがまたよかった。

こうしてロビン・ウィリアムスは、その後も「アメリカの良心」を演じ続けることになる。

劇中は、いわばキーティングによる名言のオンパレードなのだが、なかでも、

「医療、法律、経営、工学、

これらは生活を守るために必要な立派な仕事だ。

しかし、詩、美しさ、ロマンス、愛こそ、

我々の生きる糧なのだ」

というセリフが、とくに印象に残っていた。

この3月まで10年以上、総合大学に身を置いていた私にとっては、自分の専攻している分野を「生きるための糧である」と考えることで、「医療、法律、経営、工学」を専攻する同僚たちに引け目を感じることなく、アイデンティティを持ち続けることができた。

まあ私にとっては、救いの言葉だったわけだ。

さて、映画の最後では、「ある事件」をきっかけにキーティングが進学校を解雇させられてしまうことになる。

生徒たちは、キーティングの解雇に抗議する意味で、「ある行動」に出る。

これが、かの有名なラストシーンで、私はこのラストシーンに何度も涙したのだが、久しぶりに見て、気づいたことがある。

この抗議行動は、クラスの全員がしていたわけではなかった。

画面をよく見ると、この「行動」に参加していなかった生徒の方が、多かったのである。

映画的には、クラスの生徒全員が、キーティングの解雇に抗議する行動に出る、と描いた方が、より感動的のようにも思えるのだが、そうはなっていない。

むしろラストシーンを注意深く見ると、クラスの大多数の学生は、「オレたちには関係ねえ」といった感じで描かれているのである。

公開当時は、そんなことにまったく気づかず、もっぱら抗議行動をする学生たちに目を奪われ、ひたすら感動していたのだが、いまはむしろ、「オレたちには関係ねえ」という生徒の方が、見ていて気になる。

彼らは、型破りの英語教師を、どう思っていたのだろう?

決して全員が、キーティングに心酔していたわけではなかったのだ。

そこをちゃんと描いているところに、この映画のすばらしさがあるのではないだろうか、と、公開から25年目にして、あらためて思う。

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密室の猫

5月1日(木)

妻の実家で飼っている老齢な猫が、堅い木でできた押し入れの引き戸を爪でこじ開ける、という話を、前回書いた

引き戸の取っ手は、人間の腰の高さくらいの位置にあるので、猫が取っ手を持って開けることはできない。地道に爪でがりがりとひっかきながら、引き戸を少しずつ開けていくのである。

まるで映画「大脱走」みたいだな。…ちょっと違うか。

ちなみにトイレ(人間用)の扉も、同じ材質の木で作られた引き戸である。

今日、そこで事件が起こった。

ふだんめったに声をあげることのない猫が、ニャーニャーと鳴きわめいている。

鳴き声のする方に行くと、トイレ(人間用)の中にいるようである。

(またトイレに入りやがったな…)

ところが、である。

このトイレは、中から鍵がかかっていて、開けることができないのだ!

猫は、自分がここから出られないことに気づいて、助けを求めて鳴いていたのである。

トイレの鍵は簡単な作りになっていて、引き戸の取っ手付近にあるレバーを、上から下に下げるだけで、中から鍵がかかる仕組みになっているのだが、万が一、中で閉じ込められるようなことがあった場合に備えて、引き戸の外側についているねじを十円玉でまわせば、中の鍵に連動して開くような仕組みになっている。

…うーむ。説明が難しいな。わかるかな?

ところが運の悪いことに、引き戸の外側に付いているそのねじがバカになっていて、十円玉を使ってまわしても、いっこうに鍵が開かない。

猫は不安がって、ニャーニャー鳴いている。

10分ほど試行錯誤して、なんとか鍵を開けることができ、猫は救出された。

それにしても不思議である。

猫が自力で、トイレ(人間用)の引き戸を開けて入る。

…これまでの経緯から、ここまでは理解できる。

だが問題は、なぜ、鍵がかかってしまったのか?ということである。

猫が自分で、中から鍵をかけない限りは、鍵はかからないのだ。

だが、鍵をかけるためのレバーは、引き戸の取っ手のすぐ上の部分にあり、たとえ猫が背伸びをしたとしても、届く高さではない。

もちろん、引き戸の外側から鍵をかけることもできない。なぜなら、外側に付いているねじはバカになっていて、鍵をかけることも開けることもできなかったから。だから人間の仕業ではないのだ。

そもそも、猫が自分で、トイレの鍵を中からかける、なんてことがあり得るだろうか?

この密室トリックが、どうしても解けない。

ただ一つの収穫は、この一件以後、どうやら猫は、トイレ(人間用)に入るのが恐くなったようである。

悪ふざけが過ぎた、と思ったのだろう。

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不意の語り

4月30日(水)

ブログを続けていてよかったなあと思うのは、読んでいる人が、こちらの思いもかけないところに自分自身を引きつけて読んでくれている、ということである。

たとえば先日、「法律の読み合わせ」という、まあ地味なネタを書いた。

たぶん誰にも理解されない話だろうと思ったが、これに食いついたのが、こぶぎさん。

コメント欄に、「ちょうど、打ち込んだアンケートデータの数字を音声認識ソフトに読ませて原本で確認する「本格的な一人読み合わせ」をしていたので、グッドタイミングな話題」と書いてくれた。

「読み合わせ」の話題がグッドタイミングって、そうめったにあることではない。

ほかにも、「神保町」のことを書いたら、そこに興味を持った人や、「ガチで死にたくなった」と書いたら、「私も昨日、全然違う理由で死にたくなったことがありました」と書いてくれた人がいたり。

ちなみに、「ガチで死にたくなった」という話と「法律の読み合わせ」の話は、同日の日記の中に出てくるもので、同じ日記を読んでいても、食いつく場所が人によって違う、ということがよくわかって、面白い。

2 昨日は、弁当箱の記事を読んで、メールをくれた友人がいた。

ふだん、全然連絡を取り合っているわけではないのだが、弁当箱の記事を読んで、ふと自分の弁当作りのことについて語りたくなり、メールをくれたのである。そんな感じでメールを不意にくれることは、自分にとって何よりの励みになる。

その人の日常を切り取ってわかりやすく書かれていて、読んでいてとても心地よい文章だった。

きっと、ラジオパーソナリティがリスナーからもらったハガキを読むときの心境って、こんな感じなんだろうな、と、読みながら思った。

グリーンピースご飯の話だって、ひょっとして、と思いながら書いた。

ひょっとして誰かが、「グリーンピースご飯」がきっかけで、不意に何かを語りたくなるのではないか、と。

そんなことを、いつも待ち望んでいるのだ。

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押し入れに入る自由

妻の実家の猫は、15歳だから、かなりの老齢である。

最近、めっきり動きに切れがなくなった、ような気がする。

しかし、猫というのは、不自由なものである。

まず、家の外に出ることはできない。

かといって、家の中ならどこにいてもいい、というわけではない。

お風呂とかトイレとか、そういうところには、近づかせない。

調理中の厨房に来られるのも迷惑だ。

猫からしたら、

「じゃあ俺はどこにいたらいいんだよ!」

となり、ストレスがたまるのではないだろうか。

そのうち猫は、驚異的な技を身につけるようになる。

堅い木製の引き戸がピッチリと閉まっている押し入れをこじ開けて中に入り、しかもその戸を閉めて、しばらくその中に閉じこもるのだ。

まるでそこが唯一の安息の場所であるかのように。

そうか!

ドラえもんが、のび太の部屋の押し入れで寝るのは、そこが一人になれる、唯一の場所だからではないだろうか。

押し入れに入る自由こそが、猫に残された、最後の砦なのだ。

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