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おわび行脚

もうひとつ、思い出したことがあった。

前の職場では、上司である部長に、よくかみついた。

会議の場でかみつくことはもちろん、直接部屋に行ってかみついたこともあった。

厄介なやつ、と思われただろう。けっこう避けられていたんだと思う。

前の職場を去る直前に、自分の本が出た。

私にとって、この職場の「卒業論文」のつもりで書いた本である。

この本を、ご迷惑をかけた、歴代の上司に差し上げることにした。

まず、いまの上司に差し上げた。

「いろいろと失礼なことを申し上げてしまい、申し訳ありませんでした」

「とんでもない。新しい職場でもがんばってください」

私は深々と頭を下げた。

次に、前の上司のところに行った。

「その節は、いろいろと失礼なことを申し上げてしまい、申し訳ありませんでした」

「とんでもない。この本、とても嬉しいです」

「いろいろとありがとうございました」

私は深々と頭を下げた。

「こちらこそ、本当にありがとうございました。どうかお元気で」

前の上司は、言葉を詰まらせながら、そうおっしゃった。

最後に、前の前の上司である。

すでに退職されていたが、メールボックスがまだ残っていたので、そこに本を入れた。

職員さんによると、週に1度程度、メールボックスの荷物を取りに来る、という話だった。

どうやらすれ違いだったらしく、私がメールボックスに本を入れた直後に、その本を取りに来られたらしい。

そしてその足で、私の仕事部屋に来てくれたらしい。

私はそのとき、たまたま席を外していた。

仕事部屋に戻ると、ドアにメモ紙がはさまっていた。

「本、感謝。お元気で。また会いましょう」

と、短い言葉が書いてあった。前の前の上司らしい言い回しだった。

もちろん、こんなことでは、私の失礼な言辞が帳消しになるわけではないだろうが、おわびの気持ちは、伝わったのではないか、と思う。

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