散髪屋は、人生だ!
6月20日(金)
オサレな美容室に行くのをやめて、別の散髪屋に通うようになって、今日で2度目である。
美容室ではなく、いわゆる理髪店なのだが、従業員がみな若くて、とても感じがいいのである。
今日、担当してくれたのは、30代前半のGさんという男性店員さんだった。
髪を切りながら、雑談する。
「先週まで、里帰りしていたんです」とGさん。
「ご実家はどちらです?」
「Y県です」
「Y県!」
私は驚いた。私が3月まで住んでいた県である。
「Y県のどちらです?」
「S市です」
「S市!」
私が仕事で何度も通った町である。
「実は、近々、この店をやめて、故郷に店を構えることにしたんです」
「ほう…それはまたどうしてです?」
「この業界では、私くらいの年齢になると、お店を持ちたい、と思うようになるんです。で、不思議なことに、東京を出て、実家の近くで店を開きたいって思うんです」
「そうなんですか…」私は意外に思った。東京で働いている方が、いろいろと条件がいいだろうに、と。
「先月、お客さんの髪を担当したスタッフがいたでしょう?」
「ええ。Tさんですね」
「ええ。彼も僕と同い年くらいなんですけど、来月にはこの店を出て、実家の理容店を継ぐそうです」
「そうなんですか。実家の近くだと、安心するんでしょうかね」
「それがそうでもないんです。僕は高校を出てすぐに東京に出てきましたから、もう15年も東京暮らしです。すっかり東京暮らしの方が慣れてしまって、故郷で暮らしたときのことは、もうあんまり覚えていないんです」
そういうものだろうか、と私は思った。
「だから、田舎でお店を開いても、上手くやっていけるのか、不安なんです」
「なるほど」
「妻にとっては、なおさら知らない町ですからね。いったい、どんなふうになるのか、想像もつきません」
「タイヘンですよ。冬になったら、朝一番で、まず駐車場の雪かきから始めなくてはなりません」私は少しおどかした。
「あ、そういえばそうですね」
「とくに、S市は雪深い町ですからね」
「やっぱり、東京と勝手が違うんだろうなあ」
ひとしきり、店員さんとS市の話で盛り上がった。
しばらくして、見習い店員の若い女性が手伝いに来た。
「この子も、この4月にI県から来たんです」店員さんが私に紹介した。
「よろしくお願いします」とその見習い店員さん。
「I県のどちらです?」
「O町です」
「O町ですか。沿岸部ですね。じゃあ、震災のときは大変だったでしょう」
「ええ」
「そのときは、学生だったんですか?」
「そのときは中三で、あの震災の翌日が卒業式の予定だったんですけど、中止になりました」
ご家族は、みなご無事だったらしい。
「不思議な縁でしてねえ」とGさん。「震災のあとに、うちの店の従業員たちが、散髪のボランティアでO町に行ったんですよ。そのときに、この子と会いましてね。『何かあったら、いつでもうちの店を訪ねてきなさい』と言ったんです。そうしたら3年後に、本当にうちの店に来ちゃった」
「ほう」
「彼女はこれから、この店で修業です」
人間のつながり、とはおもしろい。
いろいろあって今この瞬間、Gさん、見習い店員さん、そして私が、同じ空間にいるのだ。
だがもうじきOさんは、入れ替わるように、北へ帰る。
私の髪を担当するのも、最初で最後かもしれない。
だが私には、S市でしなければならない仕事がまだ残されている。これからも、何度かS市を訪れることになるだろう。
そのときに、Gさんの店をたずねてみようか。
| 固定リンク
「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事
- 便座(2024.11.26)
- もう一人、懐かしい教え子について語ろうか(2024.11.17)
- 懐かしい教え子からのメール(2024.11.17)
- 散歩リハビリ・14年後(2024.10.21)
- ふたたびの相談(2024.09.29)
コメント