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ヒョウが降る

6月25日(水)

昨日の午後、めずらしく母から携帯メールが来た。

タイトルは「凄い天気です」とある。

「こちらは3時過ぎから、雷と雨で凄かったけど、○市の×町は、凄い雹だとテレビのニュースで見ました。あちらの家は大丈夫でしたか?」

あちらの家、というのは、妻の実家のことである。

ニュースが伝えている、○市×町というのは、まさに妻の実家がある町である。

そんなことになっているとはつゆ知らず、慌てて妻にメールして、実家の様子を聞いてみると、

「母が留守にしている間だったらしく、開いていた窓から泥水が吹き込んで床が水浸しになったらしいですが、ヒョウで車が凹むようなことはなかったそうです」

と返信が来た。

ヒョウの被害がなくても、泥水で水浸しになったのだから、無事なのか無事でないのか、よくわからないのだけれど、とりあえず妻の実家が無事であることを母に伝えた。

私のいる職場や自宅のあたりは、何ともなかったのだが、うちの実家と妻の実家付近は、局地的に大雨、雷、そして雹の被害に見舞われたらしい。

そんなこと、母から連絡があるまで、まったく気にもとめていなかった。

そこでふと気づく。

実家の母と連絡を取り合ったのは、先月の大型連休のさいに数時間だけ、実家に立ち寄ったとき以来である。

その間、こちらはなんの消息も伝えなかったし、実家からも何の連絡もなかった。

大雨と雷とヒョウがきっかけで、無事を確認するための連絡が、久しぶりに来たのだ。

そのときあらためて、実家の両親が息災に暮らしていることに気づいたのである。

便りがない、というのは、息災ということなのだろう。

そう思うことにしよう。

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