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わきまえなさい

7月3日(木)

自分のふがいなさに、反省の日々である。

私は超メジャーになってからの三谷幸喜、より具体的に言えば映画「マジックアワー」以降の三谷幸喜に、まったく興味がなくなり、それ以降の映画や舞台は全く見ていない。

だが、それ以前の、「マイナーメジャー」くらいまでの作品は、いまでも時々見返すことがある。

このブログでもたびたび取りあげている演劇「笑の大学」(西村雅彦、近藤芳正)は、いまでもいちばん好きな作品である。

戦争色が濃厚になる昭和15年。舞台は警視庁の検閲係の一室。

登場人物は、警視庁検閲係の向坂睦男(西村雅彦)と、浅草の軽演劇(コメディ)劇団の座付き作家、椿一(つばきはじめ)の二人。

演劇の台本は、上演前に検閲を受けたうえで、適切と認められた場合、上演許可を出すことになっていた。

非常時に低俗な軽演劇などまかりならん、という向坂は、椿の書く台本に無理難題を浴びせて、なんとか上演中止に追い込もうとする。それに対して椿は、無理難題を受け入れ、さらに面白い台本に仕上げていく。そのうち二人はいつしか協力し合い、より面白い台本を作りあげていくのである。

とりわけ印象深いのは、最後の方のシーンである。

芝居の台本を2人で直していくうちに、2人はお互いの立場を忘れ、しだいに友情を感じるようになってゆく。

物語の終盤、椿は、向坂をかけがえのない友人と感じ、彼に国家権力に対する「踏み込んだ本音」を話し始める。それは、なんでも打ち明けられる友人だからこそ言える、本音であった。

「なぜ、そんな話を、私に?」

「向坂さんなら、わかってくれると思って」

「…そんな話、聞きたくなかった。…残念です…。私たちは台本作りに夢中になるあまりに、互いの立場を忘れていたようだ。椿さん、私はあなたが立ち向かった権力の末端にいる人間だ。そんな話を聞いて私が放っておけるとでも思うんですか?人を甘く見るのもいい加減にしたまえ!」

ここから、向坂の態度が急に変わり始める。向坂は、自分の立場というものに気づき、椿となれ合っていた友情に、壁を作り始めるのである。再び2人は、検閲官と座付き作家という関係に戻ることになる。

もちろん、話はここで終わらないのだが、この作品が好きなのは、こうした人間どうしの心の機微、というものが、実にうまく表現されているからである。

同じ三谷が脚本を書いたテレビドラマ「古畑任三郎」のなかで、刑事の古畑(田村正和)が、犯人の天才ピアニスト(木の実ナナ)としだいに心を通わせていくが、ついに犯人が罪を認めたあと、自分に心を開いてくれたと思い込んだ古畑は、つい調子に乗って、ピアニストとしての彼女に最後にこんな馴れ馴れしいお願いをする。

「あのとき弾くことができなかった曲、いまここで弾いていただけますか?」

これに対して彼女はきっぱりと答える。

「…わきまえなさい」

彼女は、自分がプロのピアニストであるという立場を思い出し、そうやすやすと、馴れ馴れしい望みに応えるわけにはいかないことを、きっぱりと表明するのである。

「わきまえなさい」

おそらく三谷自身が、よく体験したことなのかもしれない。

私も、よく反省することである。

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