芝浜
昨日の話の続き。
人間の業(ごう)を肯定する落語は、どんな噺も、ほとんど例外なく、ハッピーエンドで終わる。
つまり、落語には「救い」があるのだ。
ダメな人間が、最後の最後に救われるからこそ、人々は落語を愛したのである。
典型的なのは、人情噺として有名な「芝浜」である。
天秤棒で魚の行商をしている勝(かつ)は、腕はいいが酒に目がなく、失敗を繰り返すうち、酒浸りになり、うだつの上がらない日々を送っていた。
ある朝、女房にたたき起こされた勝は、魚河岸に向かうが、朝早すぎて、まだ市が立っていない。仕方がないので、芝の浜で顔を洗っていると、偶然財布を見つける。財布の中には五十両の大金が入っていた。
びっくりして家へ飛んで帰り、友達を呼んで大盤振る舞いをし、泥酔して寝てしまう。
翌朝起きると、女房がいつもと変わらず、「早く起きて、芝浜の魚河岸へ行っておくれ」という。
「もう俺は魚屋なんてやらねえよ。あの金があるじゃねえか」
「なんだい、あのお金って?」
「昨日、芝の浜で拾った金よ」
「お前さん、昨日は芝に行ってないよ」と女房。
「何言ってやがる、きのう朝起きて…」
「お湯へ行って、何がめでたいのか知らないけど、みんなを呼んでどんちゃん騒ぎして寝ちまったんじゃないか」
「……」
「お前さん、夢でも見たんじゃないのかい?」
たしかに財布はない。女房のいうとおり、俺は夢を見ていたんだ、と愕然とし、それからというもの、一念発起して、酒を断って商売にいそしむことになる。
もともと腕のいい商売人である。たちまち借金は返済し、それどころか3年目には、表店(おもてだな)で、2,3人の奉公人を置く魚屋のあるじとなった。
3年目の大晦日、座敷で茶をすする勝に、女房は言う。
「お前さん、酒、飲みたいだろうね」
「馬鹿いえ。人間、働くことが何よりだ。酒なんか飲みたかねえや」
実際、以前の自分を反省し、「もう酒は飲まない」と誓ったからこそ、ここまで店を大きくすることができたのだ。
そこで女房は、財布を差し出した。
「お前さん、この財布に、見覚えはないかい」
勝は驚いた。3年前に拾った財布である。
「夢じゃなかったの。堪忍しておくんなさい。三年もの間、お前さんを騙してしまって」
女房の告白を聞いた勝は、怒るどこか、自分を真人間として立ち直らせてくれたことに、感謝をするのだった。
「お前さん、お祝いに一杯飲んでおくれよ。一杯ぐらいなら、いいじゃないか」
女房のすすめに気持ちは傾くが、最後に思いとどまって、勝が言う。
「あ、よそう。また夢になるといけねえ」
これがサゲである。
このサゲで、勝は正真正銘の真人間になったことがわかる。落語は、人間の愚かさを認めた上で、最後の最後に、救いの手をさしのべるのである。
…この「芝浜」をモチーフに、政治風刺の落語を作ってみたいが、いまはその時間がない。
サゲだけはすでに決まっている。
「あ、よそう。また悪夢になるといけねえ」
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コメント
それでお前さん、いくらで売れたんだい。
驚くなよ。いま、懐から取り出して見せてやるから。
まずは消費税増税だ。でも8%じゃ足りないから、まだまだ上げる了見だ。ついでに金融緩和と円安で物価も上げちゃう。
ひゃー。
まだまだ驚くのは早い。次は国内エネルギーのベストミックス追求だ。やむを得ず原発を動かすけど、被災地は金目で見守るよ。
お前さん、なんか頭がくらくらしてきた。
次が労働者派遣法、もう正規雇用の方を「非正規」に変えちゃう。
ひえー。お前さん、もうそれだけであたしゃ座りションベンしちまうよ。
何言ってんだい。ここからが男子の本懐、集団自衛権だ。憲法変えずに解釈だけでやっちまうけど、民主主義や国民の幸福追求権を根底から脅かすおそれはありません。
おいおい、それだけはいけない。
どうしてだい。
国がおじゃんになるから。
投稿: こぶぎ亭ブラック | 2014年7月 3日 (木) 20時52分
お、「火焔太鼓」ですな。
これを出されたら、「芝浜」で作るのは野暮というものです。
じゃあっていうんで、
「いやで起請を書くと熊野でカラスが三羽死ぬと言うんだぞ!」
「そうかい、あたしゃ、いやな起請をどっさり書いて世界中のカラスを殺したいね」
「カラスを殺してどうする?」
「ゆっくり朝寝がしてみたい」
…このサゲをもじって政治風刺落語を作れないものかとも考えたんですが、もはや何だかわかりませんな。
投稿: onigawaragonzou | 2014年7月 4日 (金) 21時52分
おうおうおう、政治家は人をだますのが商売だ。政治家って奴はなぁ。てめえにだまされたからと言って、がたがた言ってんじゃねえ。てめえのだまし方が癪に障るって、そう言ってんだ。
物のたとえになあ、いやで政務出張届を書くときは、熊野でカラスが三羽死ぬって言やあ。罪なことするない。
ああそう、三羽死ぬの。冗談言っちゃいけない。あたしゃいやな出張届をどっさり書いて、世界中のカラスをみな殺しにしたいの。
カラスを殺してどうするんだい?
朝湯がしたいんだよ。
投稿: 古今亭こぶぎ | 2014年7月 5日 (土) 00時30分
鬼瓦亭権三(ごんざ)でございます。
さすがこぶぎ師匠。落語「三枚起請」のサゲを使いまして、見事、政治風刺落語を作り上げましたな。上手すぎます。
これでは、当ブログにおけるこぶぎさんの株が上がるばかり。
こうなりゃこっちも何か考えなくては…。
三吉 いいかい、人間ってのはねえ、誰でも怖いものってぇものがあるんだ。ちょうど時間をもてあましていたところだ。おもしれえ、端から怖いものを言ってみな。
八五郎 何だい藪から棒に。
三吉 いいから言ってみなってんだよ。
八五郎 よし!…お、おれは、毛虫が怖えぇ。
三吉 ほう、毛虫が怖えぇのか。じゃ、半ちゃんは何が怖えぇ?
半介 俺はオケラだ。 オケラのやつはゴミだめをほじくるってぇと出てきやがって、あれが気にくわねぇ。俺はオケラが大嫌えだ。三ちゃんは何が怖えぇ?
三吉 俺かい?俺はムカデがいやだねえ。 俺に、あんなに足が沢山あったらどうしようと考えると、むしょうに怖くなるんだ。わらじを買ったっていくらおあしがかかるか分からねぇしな。ムカデにだけはなりたくねぇ。ところで、正ちゃん、お前、さっきから黙っているけど、お前ぇの怖いものはなんだい?
正一 怖いもの?そんなものはこの俺様にはねぇ!この俺様に怖いものがあってたまるかい!
三吉 しゃくにさわる野郎だねぇどうも。怖えぇものがひとつもねぇだとよ。何かあるだろうよ!たとえば蛇なんかどうだい?
正一 へび?蛇なんか怖くねぇ。蛇なんか、俺は頭の痛いときには頭に巻いて寝るんだ。あいつは向こうで締め付けてくれるからとっても気持ちがいいんだぃ。
三吉 じゃ、トカゲとか、ヤモリなんかどうだい?
正一 トカゲ?ヤモリ?あんなもの俺はさんばいにして食っちゃうんだ。蟻なんかも、ごま塩にして食べちまうぞ。
三吉 本当にしゃくにさわるやつだな。じゃ、いいよ、虫やなんかじゃなくてもいいから、嫌いなものはねえのか?
正一 そうかい、それまで聞いてくれるかい?それなら言うよ。俺はねぇ、集団的自衛権が怖いんだ!。
三吉 なに、シュウダンテキジエイケン?あの、ヘンテコな理屈で国民を煙に巻いたヤツか?
正一 そう、ヘリクツお化けじゃねえかってくらいヘリクツを並べ立てたヤツ。
三吉 よけいなことは言わなくていいんだよ。
正一 そうなんだ、俺は本当はねぇ、情けねぇ人間なんだ。集団的自衛権が怖くて、考えただけで心の臓が震えだすんだよ。そのままいるときっと死んでしまうと思うんだ。だから、集団的自衛権を行使すると足がすくんでしまって歩けなくなっちまうんだ。ああ、こうやって集団的自衛権のことを思い出したら、もうだめだ、立っていられねぇ。そこへ寝かしておくれよ。
(長屋を出る三吉たち)
三吉 聞いたかよおい。
八五郎 聞いたぜ。集団的自衛権だってよ。
半介 あんなものが怖いとはなあ。
三吉 いいことを思いついたぜ。早いとこ与党合意でも閣議決定でもさせて、集団的自衛権を行使させるようにすればいいんだ。
八五郎 じゃあ与党の意見をとりまとめるのは誰だい?
三吉 もちろんおめえに決まってるだろう?
半介 おれか?そんなの無理だぜ。
三吉 いいから、面倒なことは全部棚上げにして、おとなしくみんなを説得しろってんだ!
かくして三吉、八五郎、半介の三人は、正一が寝ているあいだに、なんと集団的自衛権の与党合意、さらには閣議決定にまで持ち込みやがった。
三吉 かまうもんか、あの野郎が怖がって死んだって、殺したのは集団的自衛権であって、俺たちじゃねぇ。
八五郎 まさか本当に他国が攻めてくるようなことはねえだろうな?
三吉 何くだらないこと言ってんだ!…おい、奥でごそごそいい出したぜ。野郎起きたんじゃねぇか?障子に穴を開けてそっと見てみようじゃねえかい。
八五郎 おい、大変だ!野郎泣きながら、集団的自衛権を行使しはじめたぜ!ほんとうは集団的自衛権が怖いってのは、嘘なんじゃぁねえか?。
(障子を開けて)
三人 おい、正ちゃんよぉ!おめえ、俺たちに集団的自衛権が怖いって嘘をついたな!太てぇ野郎だ。おめえ、本当は何が怖いんだい?
正一 今度は憲法改正が怖い。
投稿: onigawaragonzou | 2014年7月 5日 (土) 02時36分
権三師匠が「まんじゅう怖い」なら、こちらも「火焔太鼓」にするかこの噺にするか、と思案してたネタで。
---
さっきから、こうつまらない議論ばかり聞かされると、ついウトウトしちまう。
(船を漕ぎながら)この本会議が上がったら、一口やって、中に繰り込んで、わっと騒ごうか。
議員もいいが長くやってると、退屈で、退屈で。
眠気覚ましにヤジでもかけて見るか。
よっ、新人、がんばれよ。子育て支援なんか「案ずるより産むが易し」だぞ。
と、こういう風にするんです。やってご覧なさい。
これが一番簡単なやつですかい。じゃあ、やってみますがね。
こ、この本会議が上がったら、ひ、一口やって、中に繰り込んで、わっと騒ぐんだ。
お、おうおう、女のくせに、偉そうなごたく並べてねえで、家に帰って旦那と子作りでも励みやがれ。
ダメだ、ダメ。全く品性のかけらもない。もう一度やり直し。
なんだいこりゃ、冗談じゃない。さっきからここで待っている俺の身にもなってみろってんだ。
「国民の選良」のくせに、エスプリもウィットもねえ下品なヤジばかり飛ばしやがって。
もう、情けなくて、退屈で、退屈で。
あーあ。
ああ、お連れさんの方がご器用だ。
投稿: 金原亭こぶぎ | 2014年7月 5日 (土) 08時32分
うーむ。今度は「あくび指南」か。
じゃあこちらは「芝浜」で。
あんた、今日こそは曲を作ってもらわないと、いつまでも過去の印税だけじゃ、釜の蓋が開かないよ。
うるせえな、何かっていうと、釜の蓋、釜の蓋って言いやがる。…わかってるよ。その前に、最後の1本…。
もうよしなさいってば!
(中略)
お前さん、ここまでよく頑張ったね。今日は大晦日だし、1本くらいどうだい?
…そうか…いや、やっぱりよそう。また悪夢になるといけねえ。
投稿: onigawaragonzou | 2014年7月 6日 (日) 00時58分
それはシャブ浜。
投稿: 立川こぶ笑 | 2014年7月 9日 (水) 12時41分
この噺がすでにあったとは知りませんでした。
投稿: onigawaragonzou | 2014年7月13日 (日) 23時33分