忘却の河
少し前、「余生は山本周五郎の小説だけを読んで過ごそう」みたいなことを、たしか書いたと思うのだが、訂正する。
余生は福永武彦の小説も読むことにした。
これまで、親しい友人には、それとなく福永武彦の小説を薦めてみることにしているのだが、残念ながらこれまでの経験では、ハマる人はまずいない。今までで一人だけである。たぶんそのほかの多くの人は、難解と感じたり、退屈に感じたりしているのかも知れない。
久しぶりに福永武彦の小説を読もうと思って、『忘却の河』を読んだ。
福永の小説は、どれもきわめて技巧的である。つまり、小説の中に仕掛けがあり、その仕掛けを周到に考えた上で、小説を書いている。
その意味で、実は福永は「ミステリー作家」なのである。たとえば『忘却の河』や『海市』の場合、「私」の視点で語っていると思いきや、突然、主語は「彼」に変わり、その視点の変化に、読者は最初は翻弄される。だが読み進めていくうちに、しだいにその意味が明らかになっていく。
『忘却の河』は、ある家族を描いた、連作形式の長編小説である。家族一人ひとりの視点から描いた短編小説の集合体、と見ることもできる。
ある出来事を、視点を変えながら語っていく。
どの視点に立つかによって、ものの見方、というのは、ずいぶん違う。
そこを、見事に描いている。
全く貧しいたとえになるが、映画『羅生門』的な手法を、小説で実践した、と言えなくもない。
なので登場人物のうちの、誰に感情移入するかによって、小説の楽しみ方も変わっていく。
だから、何度でも読めるのだ。
そして何より、福永武彦の言葉の一つ一つが、私の心にピッタリとはまり込む。
まあ、こればかりは読んでもらわないと、わからない。
…もっとちゃんとした感想を書こうと思ったが、眠くなったので、このへんで。
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コメント
私もはまりましたよ!結局すべての登場人物に自分の姿を見ました。やはり多重人格でしょうか(笑)
結末のすがすがしさに今でも心の中で小沢健二の「愛し愛されて生きるのさ」が流れているくらいです。
草の花と廃市・飛ぶ男まで買い揃えてしまいました。福永武彦さんを教えてくださって本当にありがとうございました!!
投稿: 私も | 2014年7月15日 (火) 10時34分
これで二人目です。
ちなみに本文記事で「ただ一人」と書いたのは、福永武彦で卒論を書いた、私の妹のことです。
「風立ちぬ」で、堀辰雄が再評価されたくらいだから、福永武彦が再評価されてもおかしくないんですがね。
投稿: onigawaragonzou | 2014年7月16日 (水) 00時02分