8月23日(土)
私の韓国語の先生の1人である、ナム先生が結婚することになった。
6月に韓国でお会いしたときに、「結婚式にはぜひ来てください」と言われ、その後、自宅に招待状まで届いた。
あとで聞いた話だが、韓国では結婚式の招待状を片っ端から送るらしい。出欠の返事を出す必要がないので、当日、何人が来るか分からないそうである。
「ぜひ来てください」というのは社交辞令だとしても、私はどうも、「親しい人のイベントには遠くからでもわざわざ駆けつける」というのが性分のようで、おりしもこの時期韓国に行く用事があったので、1日、大邱まで足をのばして、結婚式に参加することにしたのである。
相手が望むと望まないとにかかわらず、よかれと思って「親しい人のイベントに遠くからでも駆けつける」。寅さん流に言えば、「忙しい体にやりくりをつけて」駆けつけるのである。こういうときいつも思うのだが、「オレって馬鹿なお人好しだなあ」と。
ソウルから大邱までは、KTXで2時間近くかかる。新幹線で東京から仙台に行く感じである。
東大邱という駅で降りて、そこから路線バスに乗って、30分ほどかかって招待状に書かれている式場に到着する。
もはや大邱は、私にとって「東京より勝手が分かる町」なのだ。
式場に着いたのは、式が始まる10分くらい前であった。
ここから私は、日本では決して経験したことのない、驚くべき結婚式を経験することになる。
韓国の結婚式は、いわゆる儀式を行う「結婚式」と、「食事」とに分かれる。
結婚式に呼ばれた人はみな、「結婚式」と「食事」に出席するのである。
服装は、日本だと正装がふつうだが、韓国では、ややカジュアルな格好でもかまわない。
私は、ネクタイもせず、上着も着ず、半袖のYシャツで参加した。
受付でご祝儀を渡す。だいたいご祝儀の相場は5万ウォン(日本円で5000円)くらいだという。
私は、日本で買ったド派手な御祝儀袋に5万ウォンを入れて持っていった。
ちなみに韓国の御祝儀袋は、日本のような派手なものではなく、白い封筒である。
だから私の御祝儀袋だけが、異常に目立ってしまった。
さて、受付で御祝儀を渡すと、それとひきかえに「食券」をくれる。
ここが大事である。ここで食券を受け取らないと、あとで食事ができないのである。
式が始まるまでの時間、新婦と一緒に写真を撮ったりする。
私も1枚、ナム先生と一緒に撮らせてもらった。
さて、12時、いよいよ式の開始である。
式場に入ると、ものすごい人の数である。
開始時間ギリギリに入ったため、座る椅子がなく、立ち見になった。
先にも書いたように、招待状を片っ端から出す上に、出欠の返事をもらわないので、当日に何人来るかは、まったく分からないのである。
そこで、式場には人があふれることになる。
これもまた、韓国らしい。
新郎新婦が入場し、牧師の前に立つ。
最初に賛美歌を歌うのだが、牧師様がマイクを使って歌うので、牧師様の歌声しか聞こえない。
その後、牧師様の「講話」がはじまる。
目の前の新郎新婦は、立ったまま、その講話を聞き続けなければならない。
牧師様の話は次第に熱が入り、30分近く話し続けた。
その間、新郎新婦は、牧師様の目の前で立ったまま、牧師様のありがたい「講話」を聞かなければならない。
「ずいぶん、話が長いですね」と、となりにいた語学院のクォン先生に言うと、
「韓国ではふつうですよ」という。
賛美歌をマイクを使って歌い、30分にわたってトークをくり広げる。
これではまるで、「牧師様のワンマンショー」ではないか!
聞いている人も飽きてきたようで、雑談がはじまる。そればかりか、途中で席を立つ人が次々とあらわれた。
私は空いた席に座ることができた。
しばらくすると、ナム先生のオンニ(姉)が、私のところにやってきた。
「これ、昨日スジョン(ナム先生の名前)がキョスニムに書いた手紙です。あとで読んでください」
「はあ」
30分ほどたってようやく牧師様の講話が終わり、「宣誓」がおこなわれたあと、ケーキカット、そして余興と続く。
日本だと、ケーキカットや余興は披露宴のさいに行われるが、韓国では、式の中で行われるのである。
余興では、職場の同僚で親友のアン先生が歌を歌い、次いで教会の友人たちが合唱で2人を祝福した。
余興が終わり、親族や友人たちとの集合写真を撮って、式がひとまず終わる。ここまでが、約1時間である。
式が終わると今度は、隣接する食堂で、「食事」がはじまる。
食堂の前におばちゃんが立っていて、先ほど受付でもらった「食券」を回収する。食券を持っていた者だけが、食堂を利用できるのである。
食堂に入って驚いた。
ビュッフェ形式とは聞いていたが、まるで「学食」ではないか!という感じの食堂である。
さらに驚いたのは、すでに多くの人が食事を始めている。そればかりか、もう食事を終えて帰ってしまった人もいる。
先ほどの結婚式で、飽きちゃって席を立った人たちが、早々と食堂に移動し、食事を始めていたらしいのだ。
日本の披露宴とは、似ても似つかない。
勝手に食べ始めて、食べ終わったら勝手に帰る。
当然、席は自由席で、早い者勝ちである。
これこそが、韓国の結婚式の真髄である!
話には聞いていたが、実際に体験してみると、これがじつに面白い。
来賓の挨拶も、友人のスピーチも、一切ない。
それどころか、新郎新婦じたいも、その場にはいないのだ。
(なんだ?単にオレは食事に来たのか?)
じつに新鮮な体験である。
あとで聞くと、この間、新郎新婦は伝統服に着替え、家族に挨拶する儀式を行っているのだという。
「運がよければ、新郎新婦が食堂に来るはずですよ」と、隣にいたクォン先生が言った。
食べ終わったころ、伝統的な韓服に着替えた新郎新婦が食堂にやってきて、テーブルごとに挨拶にまわるのだが、すでにこの頃になると、大部分の人が食べ終わって帰っちゃっている。残っているのは、数グループだけである。
それでも、お色直しした新婦を見ることができたのは幸いだった。
式が終わり、KTXに乗ってソウルへとんぼ返りするため、30分ほどかけて東大邱駅に向かう。
東大邱駅のホームでKTXを待っていると、「キョスニム!」と呼ぶ声がする。
振り向くと、Tシャツ姿のナム先生夫妻だった。
あれ?ついさっきまで、伝統的な韓服を着て式場にいたのに!
何なんだ!この歌舞伎のような早替えと瞬間移動は???
この慌ただしさは、いかにも韓国人らしい。
「これからチェコへ新婚旅行なんです。早く空港に行かないといけません。キョスニム、今日はわざわざ来てくださってありがとうございました」
私と同じKTXに乗って、インチョン空港に向かうとのことだった。
2人にとっては、慌ただしい1日だっただろう。
KTXの中で、先ほどもらった手紙を開いた。
「キョスニムはいまや私たち家族の一員のようです」
とあった。
たとえていえば、親戚のおじさんが遠くからわざわざイベントに足を運んだ、というニュアンスが、一番近いのだろうと、手紙を読みながら思った。
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