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コリアン・ドリーム

ナム先生の結婚式のときのこと。

2級クラスのときに習ったクォン先生から、驚くべき話を聞いた。

「2級クラスのクラスメートに、リュ・ルさん、ていう中国人留学生の女の子がいたでしょう?」

「ええ。すごく美人の女の子でしたね。たしかそのまま大邱の大学に入学して、韓国語教育学を専攻したんじゃなかったでしたっけ?」

韓国語教育、というのは、ネイティブの韓国人でも、専攻するのがなかなか難しい分野といわれている。中国人留学生のリュ・ルさんは、そこにあえて進学したのだった。

語学院にいたころから、「韓国の大学に入学したら、韓国語教育を専攻したい」と常々言っていた。語学院で韓国語を勉強しているうちに、韓国語教育のおもしろさに目覚めたらしい。

「韓国語教育専攻はね、韓国人だってなかなか難しいのよ」と、韓国語の先生はリュ・ルさんに何度か忠告したが、それでも自分の意志を貫き、大邱の大学に入学して韓国語教育を専攻した。

「そう。リュ・ルさん、いま何していると思います?」

「さあ」リュ・ルさんと机を並べて勉強したのは、もう5年も前のことになる。

「ソウル大学の大学院生なんですよ」

「えええぇぇぇっ!!!???」

私はびっくりした。ソウル大学といえば、韓国でいちばんのエリート大学である。そこの大学院に進学したということは、「超」がつくくらい、優秀だということである。

「そういえば、リュ・ルさん、同じクラスの男の子とつきあってましたよね」とクォン先生。

「ええ、タン・シャオウェイ君でしょう?」と私。

「そうそう。たしかある日、2人がカップルTシャツを着てきて、あのときキョスニム、びっくりしていたでしょう?」

「ええ」そのときのことは、よく覚えていた。たしかリュ・ルさんは、つきあっていた韓国人の学生と別れて、クラスメイトのタン・シャオウェイ君とつきあい始めた。その熱愛ぶりは、こちらが見ていても恥ずかしくなるほどだった。

だが、ほどなくして二人は別れた、と、風の便りで聞いたのだった。

タン・シャオウェイ君がその後どうなったのかは分からないが、リュ・ルさんは、自分のやりたいことを、あれから5年がたった今でも、韓国で続けているのだ。

多くの中国人留学生たちが、早く中国に帰りたいと思いながら韓国で仕方なく勉強している中で、これは相当、強い意志である。

「コリアン・ドリームだね」とは、妻の言葉。妻もリュ・ルさんのことはよく知っていた。

それにつけても思い出すのは、2級クラスで机を並べていたころ、リュ・ルさんの韓国語の実力は、私とさほど変わりなかったことである。

それを考えると、彼女の「伸び代」が、いかにすごいものであったかがわかる。

韓国語の先生方にとっても、自分たちがリュ・ルさんの進路を決めるきっかけとなったのだから、「冥利に尽きる」というものであろう。

たまにこういう若者がいるから、教師をやめられないのではないか、と思う。

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