9月26日(金)
夕方、ソウルから、福岡に着いた。
福岡といえば、高校時代の友人、コバヤシである。
9月8日(月)の福岡出張の折にあったばかりであるが、さっそく呼び出して、博多の祇園で一献傾けることにした。
「おい、お前、いい加減にしろよ!」
待ち合わせ場所に来るなり、コバヤシが言う。
「なにが?」
「また、俺のことブログに書いたろ!」
「うん」
「あれじゃあまるで、俺が『上から目線』でお前に説教している見たいじゃないか。知らない人が読んだら、俺がいかにもエラそうな人間に思われるじゃないか!」
「そんなことないぞ。読者の中には、コバヤシのファンがけっこういるんだぜ」
「別にそんなことはどうだっていい。問題は、うちの兄貴だ」
「え?どういうこと」
「うちの兄貴が、お前のブログを読んで、俺にいろいろと言ってくるんだよ」
「お前のお兄さんって…。なんでお兄さんが、俺のブログを知ってるんだ?」
「だって俺が紹介したから」
「なんだ!お前が紹介したのか!」
なんと!コバヤシのお兄さんも、このブログの読者だったのである。
「とにかく、俺のことを誇張して書くのはやめろ!そのたびに俺は、兄貴にいろいろ言われるんだ」
「そうか、わかった」
とは言ってみたものの、やはり書かずにはいられない。
今日もまた、生ビールに日本酒、焼酎をしこたま飲みながら、四方山話をする。
「俺、最近、死期が近いんじゃないかって思うんだ」とコバヤシ。
「え?何で?」
「先日、お前に会ったばかりだろう?」
9月8日のことである。
「あの週に、高校や大学の友人が、立て続けに、福岡にやってきたんだ」
どうやら、福岡のコバヤシを訪ねたのは、私だけではなかったらしい。
「ジローが来たんだぜ」
「え?ジローが???!!!」
「15年ぶりくらいに会ったよ」
ジロー、というのは、高校時代のブラバンの後輩で、私やコバヤシの2学年下である。つまり、私たちが高3の時に、ジローが高1であった。ジローは、私たちと同じ、サックスパートだった。
ジローは、都内の私立大学を卒業したあと、ジャズミュージシャンになりたいといって、就職をせずに、フリーターをしながら、サックス奏者を続けていた。若い頃、1年間、アメリカに音楽留学したこともある。もちろん、苦学生としてである。
私はジローとはよく会っていたが、福岡にいるコバヤシにとっては、実に15年ぶりの再会、になった、というわけである。
「なんでまたジローが福岡に???」
「あいつのバンドが、福岡にライブに来たんだ。それをたまたま俺が知ってね、ライブを聴きにいった」
「へえ。あいつに知らせずにか?」
「うん」
「びっくりしてただろ?」
「まあな」
そりゃあそうだ。たまたま来た福岡のライブ会場で、高校時代の先輩が聴きに来ていたら、ジローもビックリするだろう。
そればかりではない。コバヤシとジローには、実に深い因縁があるのである。
それは、ジローにジャズミュージシャンの道を歩ませたのは、ほかならぬコバヤシだからである。
ジローが、将来の進路について悩んでいたとき、
「自分の好きな道を歩むべきだ」
と示唆したのは、コバヤシだったのである。
そのときコバヤシは、すでに民間企業に就職していて、彼自身は、プロのミュージシャンになる道をあきらめていた。
おそらくコバヤシは、自分の見果てぬ夢を、ジローに託したのではないだろうか。
結果、ジローは、ふつうに就職することをあきらめ、ミュージシャンの道を歩むことになる。
しかし、ミュージシャンと、ひとくちに言っても、実際に続けていこうとなると、容易なことではない。プロとして、花が咲くのは、ごくわずかである。
俺が無責任なことを言ったせいで、ジローは、人生の道を踏み外したのではないだろうか?
コバヤシはそのことを、今に至るまでずっと気にしていたのである。
コバヤシは、ジローのバンドのライブが終わったあと、ジローと一緒に飲みに行ったのだという。
「でも、ジローと、もつ煮込み屋で話していて、安心したよ」とコバヤシ。
「何が?」
「ジローが、『いま所属してるバンドで音楽していることが、とても楽しい』と言ってくれたんだぜ。オレ、その話を聞いて、嬉しくってなあ…」
「……」
「もしいまジローが、ミュージシャンになったことを後悔していたら、それはオレのせいかもしれない、と、ずーっと思っていたんだ。でもあいつは、いまのバンドが楽しいって言ってくれた。ようやく、贖罪をはたしたような気がしたよ」
「肩の荷が下りたんだな」
「ああ」
コバヤシの目には、涙がたまっていた。
「俺、、ジローとか、お前のことが、うらやましいよ」コバヤシが言う。
「どういうことだ?」
「お前にしたって、ジローにしたって、なりたかったことを、いまも続けているんだろ?でも俺は、大学のときにそれをあきらめて、やりたいというわけでもない仕事をやっている」
「そんなことはないだろう。だってお前、いま、福岡でバンドをつくって、好きな音楽やってるじゃないか」
「そうだな」
「人間、何が幸せなのかなんて、わからないぜ」
「それもそうだな」
実際、そうである。
プロの道をあきらめ、趣味でバンドを続けながらサラリーマンをしているコバヤシ。
安定した収入よりも、ミュージシャンとしての看板を背負って生きるジロー。
どちらが幸せかなんて、わからないのだ。
「そうそう、ジロー、あいつ、ブログやっているんだぜ」
「そうなの?」
「ジロー、俺と福岡で飲んだことを、ブログに書いてくれたんだぜ:」
「へえ」
ふだん、感情をオモテに出さないコバヤシが、めずらしく嬉しそうに話した。
まんざらでもなかったのだろう。
「おまえ、今日のこと、またブログに書くんだろう?」
「まあな」
「だったら、ジローのことを書いてくれよ俺のことなんてどうでもいいからさ」
「わかったよ」
読者諸賢。
どうか、サックスミュージシャン・ジローのことをお見知りおきを。
ブログ「じろうな日々」
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