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いとまごい

10月29日(水)

岡本喜八監督の映画「日本のいちばん長い日」(1967年公開)。

御前会議でポツダム宣言の受諾を決定した1945年8月14日の正午から、玉音放送がおこなわれた翌15日の正午までの1日の出来事を描く。

日本映画屈指の傑作である。

ポツダム宣言受諾の可否や、終戦の詔勅の文言をめぐって、閣議は紛糾する。

だが、事態は一刻の猶予もない。この機を逃すと、日本は壊滅する。

閣議をかき回したのは、阿南陸軍大臣(三船敏郎)だった。

終戦やむなしという閣議の雰囲気の中で、ひとり阿南だけは、最後まで抵抗した。そこに、陸軍全体の意向がはたらいていたことは、いうまでもない。

陸軍は終戦に納得しない。その突き上げにあっていた阿南は、陸軍を代表する者として、閣議の場で、最後まで抵抗し続けるのである。

結局、ギリギリのところで決着し、終戦の詔勅の手続きがとられることになった。

深夜、閣議が終わったあと、阿南は、鈴木貫太郎首相(笠智衆)の部屋に訪れる。

彼は首相に対し、閣議を迷走させ、首相に最後まで楯突いたことを、深々と詫びるのである。

「これも、日本のためを思ってのこと。どうか数々の無礼、お許しください」

「いや、わかっております。私はね、阿南さん。これからの日本に、それほど悲観はしておりませんよ」

「私も、そう願っております」

ラグビーでいうところの、「ノーサイド」である。

そして阿南大臣は、鈴木首相にあるものを手渡す。

「これは南方にいる部下が送ってきたものですが、私はたしなみませんので、総理にぜひと思い、持ってまいりました」

そういって、桐の箱に入った最高級の葉巻のセットを首相に贈ったのである。

深々と頭を下げ、折り目正しく部屋をあとにする阿南大臣。

その後ろ姿を見ながら、鈴木首相がつぶやく。

「阿南君は、暇乞いに来てくれたんだね」

三船敏郎と笠智衆の間で交わされたこのシーンは、日本映画史上における、屈指の名場面である。とくに笠智衆の表情とセリフはすばらしい。

このあと、阿南大臣は自宅で自決する。

15日の正午の玉音放送が流れたあと、鈴木貫太郎首相は、内閣の総辞職を決める。

「これからの日本は、若い人にまかせるのがいいんでね」

そういって、老練な彼はいさぎよく首相の座を降りるのである。

彼もまた、阿南と同様に、暇乞いをしたのであった。

若者に譲り、自らはいとまごいする。

そのタイミングはいつだろうかと、この場面を見るたびに考える。

見届ける人がほかにもいるというのは、考えたらあたりまえのことなんだな。自分だけだと思い込んでいたことのほうが間違いであることに気づく。

自分の代わりはいないと思い込んで、よかれと思ってしたことが、さほどたいしたことでもなかったりするのは、世の常である。

その事実を受け入れて、世代交代して、静かに身を引いて、肩肘を張らずに接するというのが、美学というものなのかも知れない。

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