「究極の耳かき」を買う
11月10日(月)
出張1日目。
夕方、仕事が少し早めに終わったので、毎年この時期、この地でおこなわれている大イベントを見に行く。
昨年までは、学生を引率して行ったのだが、今年からは一人である。
相変わらず、相当な混雑だ。
イベントの出口を出たところに、出店(でみせ)が並んでいるのだが、まず目についたのが、
「究極の耳かきあります」
と、手書きで大きく書かれた看板である。
(たしか、昨年も同じ場所にお店を出していたよなあ…)
毎年来るたびに、何となく気になっていたお店ではあった。
しかし今年は特別な思いで、その看板を見た。
なぜなら、昨日、「右耳に耳垢がだいぶたまっていますね」と、耳鼻科の先生に言われたばかりだからだ!
これがもし医者ではなく霊能者だったら、「あなたの右耳にだいぶ悪い気がたまっています。あなたの運勢が悪いのも、そのせいです」と言われているようなものである。
つまり私が不運なのは、右耳にたまった耳垢のせいなのだ!
…と、つい昨日、思ったばかりなのである。
そのタイミングでこの店に来たら、「究極の耳かき」に、心を動かされないはずがない。
出店には、職人風のご主人が一人いて、紙やすりで木の棒をゴシゴシ研いでいる。
近づいていくと、
「お試しください」
と書いてあって、何本かの耳かきが置いてある。
例年なら通り過ぎるのだが、今年はそういうわけにはいかない。
手を伸ばして、そのうちの1本をとり、右耳に近づけた。
その瞬間、その職人風のご主人が、
(お客さん、いいのを選びましたね。見る目がある)
というような顔をした。
思い切って、その「究極の耳かき」で耳をゴシゴシしてみると、職人風のご主人が言った。
「お客さん、長めに持つタイプの方ですね」
長めに持つタイプ?
「あの、それって、耳かきの使い方にも、人によって癖がある、ということでしょうか」
私は聞いてみた。
「そうです。お客さんのように、耳かきを長めに持つ方もいれば、できるだけ先端に近いところで持つ方もいらっしゃいます。それによって、使う耳かきも違ってくるのです」
「ほう」
「長めに持つ方は、耳垢を掻き出すようにして取るのに対して、短めに持つ方は、耳垢をすくいだすように取るのです」
「なるほど」
もうこの時点で、私はもう完全にその主人の術中にはまっている。
「ですので長めに持つタイプの方だと、先端の引っかくところが、深く曲がっているやつの方がいいんです」
「そうですか」
「ええ、つまり、アールの部分がきつめの方がいいのです」
アール、と来やがった。
「これなんかいいかもしれませんよ」
といって、主人は、店頭には並んでいない「究極の耳かき」を取り出して私に渡した。
「ほら、先端の部分の曲がりがそちらにくらべて強めでしょう?」
「たしかにそうですね」
もうこうなると、この耳かきを耳に入れてほじらなければ、その場はおさまらない。
「たしかに、さっきのよりもよく取れそうな感じです」
「でしょう。長く使っていると、耳になじんできますよ」
もうこれが、殺し文句である。
「じゃあ、これください」
「ハイ、ありがとうございます」
すると、ご主人は、その「究極の耳かき」を、立派な竹筒の中に入れて私に渡した。
「これが専用のケースです」
専用ケースは楽器の「ピッコロ」くらいの大きさで、ぱっと見、まるで高価な横笛のようにも見える。
「究極の耳かき」の見た目は、ふつうの耳かきなのだが、専用の「高級竹筒ケース」に入れることで、より「究極度」が増した気がする。
というわけで、ついに私は「究極の耳かき」を手に入れたのである!
しかもビックリすることに、昨日の診療代よりも、「究極の耳かき」の方が少しだけ安いのだ!
まあ、このところずっと働かされていたのだから、自分へのご褒美に「究極の耳かき」を買ったところで、バチは当たらないだろうと、何度も自分に言い聞かせて、店をあとにした。
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