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キョスニム、教会に行く

12月24日(水)

午前中に仕事が終わり、仕事仲間たちと別れる。

明日の帰国まで、どうやって過ごすか…。

カトク(カカオトーク)でたまに連絡を取り合っている、語学学校時代のナム先生に連絡をとってみたところ、

「大邱へいらしたらどうです?クリスマスですから、みんなで教会に行きましょう。私たちも他に予定がありませんから」という。

新婚さんのところにお邪魔しては悪いと思ったが、まあ一人で過ごすよりはいいか、と思い、「じゃあ行きます」というと、

「うちに泊まっていただいてもいいですよ」

という。

まさか、新婚夫婦の新居に泊まるわけにはいかないので、

「市内のモーテルに泊まるので大丈夫です」とお断りした。

夕方、大邱市内でナム先生とお会いすると、「新居を見ていってください」というのでついていった。新居にはナム先生のナンピョン(韓国語で「夫」という意味)がいた。

「キョスニム、お久しぶりです」とナンピョン。

ナンピョンと会うのは、これで2度目であるが、もはやナンピョンにとって、私が何のキョスニム(教授様)なのか、いったい何者なのか、全然わからないだろう。私も、ナンピョンの名前すらわからない。

にもかかわらず、旧知の間柄のように接してくれている。

その意味で、「キョスニム」は、完全に私のあだ名である。

たとえばこれを、「寅さん」に置き換えているみるがよい。

「オッパ(あなた)、寅さんがいらしたわよ」

「寅さんこんにちは。よくいらっしゃいましたね」

てな感じで、もはや「寅さん」が何者かもわからないのに、あたりまえのように「寅さん」と呼んでいるのと、基本的には同じである。

「キョスニム、なぜうちに泊まってくれなかったんですか?」とナンピョン。「遠慮なんかいらないんですよ」

まさか、新婚夫婦の家に泊まるわけにはいかない。

「いや、その、…突然大邱に来ようと思い立ったもので、…準備もできていなかったので」

とごまかすと、

「この次にいらしたときは、絶対に泊まってくださいよ」

という。

「はあ」と言ってはみたものの、困ったなあ。

「さあ、教会に行きましょう」

ナンピョンの運転する車に乗って、教会に移動する。

途中、ナム先生のお母さんと合流する。

「あら、キョスニム、こんにちは」

ナム先生のお母さんとは、ナム先生の結婚式のときにお目にかかっただけなのだが、すでにお母さんの中でも、私はあたりまえのように「キョスニム」なのだ。

いったい、「キョスニム」とは何者なのだ?と、自分でもわからなくなる。

途中、ナム先生のヒョンブ(義理の兄)ともお会いする。

ヒョンブは忙しいみたいで、会ったのは一瞬だった。

「キョスニム、こんどゆっくり時間を作ってくださいよ」

「はあ」

ますます「キョスニム」が何者なのか、自分でもよくわからない。

Photoそんなこんなで、教会に着いた。

「今日はクリスマスイブでしょう。教会では毎年恒例の音楽発表会をしているんです」という。

入り口でもらったプログラムを見ると、「オープニング」から始まって、合唱や踊りやミュージカル、ハンドベル演奏など、さまざまなグループが音楽発表をするらしい。

教会の大きな講堂に入り、2階席に着席した。すでにたくさんの人が集まっていて、舞台の上では、合唱をしている人がいた。

(もう音楽会が始まっているのかな…)

今が、プログラムのどの部分かが、わからない。

ほどなくして歌が終わり、牧師さんが出てきて、お話しを始めた。

(おかしいな…。プログラムには牧師さんの講話が書かれていないのだが…)

この講話が、長い長い。

しかも「業界用語」ならぬ「教会用語」が多く、ほとんど内容が聞き取れない。

もうひとつわからないのは、牧師の説教の節目節目に、まるで合いの手を入れるように、人々が「アーメン」というのである。

どういうタイミングで「アーメン」というのかがわからない。どうやらコツがあるようだ。

1時間ほど講話が続いたあと、

「では、賛美歌を歌いましょう」と牧師。

客席にいる人たちが、大きな声で賛美歌を歌い始めたので、私も見よう見まねで、韓国語で賛美歌を歌った。

(まるで、Mr.ビーンだな)

わかる人がわかればよろしい。

ようやく牧師さんの講話が終わると、講堂全体が暗くなり、舞台上のスクリーンに、

「オープニング」

という文字が出た。

えええええぇぇぇぇっ!!!!まだ始まってなかったのかよ!

ようやく音楽会の始まりである。

中学生、高校生、大学生、社会人など、さまざまな人たちが、合唱をしたり、ミュージカルをしたり、ダンスを踊ったり、楽器を演奏したりと、日ごろの練習の成果を発表していた。

それらはいずれも、

「微笑ましい」

のひと言に尽きる。

Photo_2出し物の中で、高校生たちによるハンドベルがとくに感動したが、これについては項をあらためて述べる。

夜10時すぎ、クリスマスイブの音楽会が終わり、ふたたび牧師さんの説教が始まった。

また例によって、合いの手のようにみんなが「アーメン」という。

そして、牧師さんの話が終わった瞬間、みんなが、

「メリークリスマス!」

と言ったので、私も周りの人たちに、

「メリークリスマス!」

と言った。

なるほど、これが本当の意味での「メリークリスマス!」なんだな。

ひょっとしたらいままで生きてきて、今日がいちばん本来のクリスマスイブらしい過ごし方をしたのかも知れない。なにしろ、教会でクリスマスを過ごすのは、初めてなのだから。

「いかがでしたか?」とナンピョン。

「十分に楽しみました」

「教会に初めていらして、どんなふうに感じましたか?」

私は、信仰のことはよくわからない。

「教会をきっかけに音楽を始めたりするのは、いいことだと思いました」

と答えた。するとナンピョンが続ける。

「毎年出し物が変わりますから、毎年クリスマスには韓国に来てくださいよ」

いや、そこまでハマッたわけではない。

「でもキョスニム、これは本番じゃないですよ。だって今日はクリスマスイブじゃないですか」

「それはそうですね」

「明日が聖誕節ですから、明日の朝は、礼拝に行きましょう」

えええぇぇっ!!!明日も教会に行くのぉぉ???

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