続・リスナー第1号
1月11日(日)
「1日6時間喋る仕事」が終わっても、まだこの町ですることがあった。
それは、先月出たラジオ番組を聴いていたリスナーのおじいちゃんにお会いするということである。
昨年末、私の職場に電話がかかってきて、「ぜひお話がしたい」という。私の出たラジオを聴いて、私の本を5冊も買ってみんなに配ってくれたというのだから、会わないわけにはいかない。
朝9時、泊まっているホテルの前に1台の軽トラックが横付けされ、私はそのトラックに乗り込んだ。
初めてお会いするその方は、宮大工のKさんという方で、70歳くらいの方である。ご自宅から1時間ほどかけて、自家用の軽トラックでおいでいただいたのであった。
軽トラックには幌などがかけられておらず、雪が積もったままだったが、そこに、ビニール袋に入ったたくさんの本が無造作に置かれていた。
「とりあえず、私が懇意にしている喫茶店に行きましょう」
そういうと、駅の反対側にある写真屋さんの前に車をとめた。写真屋さんの中にカウンターだけの小さな喫茶店があるのだ。
Kさんは、軽トラの荷台に無造作に積んでいた、雪にまみれた大きなビニール袋を取り出して、それを持って店に入った。ビニール袋の中には、たくさんの本が入っていた。
カウンターに座って、コーヒーを飲みながら、もっぱら一方的にKさんが話しはじめるのだが、これが申し訳ないことに、訛っていてほとんど聞き取れない。何とかして聞き取ろうと、こちらも必死である。
しかし、お話ししている内容は、まさに博覧強記。バチカンのサンピエトロ大聖堂の壁画修復に和紙が使われている、という話や、自身が尊敬する漆芸家の藪田信次の話、さらにはそこから派生して、藪田信次の親戚にあたる藪田義雄が、北原白秋の門人となったというお話しなど、次から次へと、お話が飛んでゆく。
「藪田義雄先生は、小田原に住んでおりましてね。北原白秋も小田原に住んでいたでしょう?」
「はあ」
「その関係で、藪田先生は白秋の門人になったのです」
「なるほど」
「ときに小田原といえば、先日『世界かんな削り大会』があったので、行ってきたんですよ」
「世界大会、ですか?」
「ええ。海外からも来ますんでね」
「ほう」
かんな削りの世界大会があるなんて、知らなかった。
かんな削りの技術を競うその大会では、厚さ数ミクロンという世界で、削りくずの薄さが競われるという。まさに職人の「神業」の世界である。ちょっと見てみたい気がする。
とにかく、宮大工のKさんのお話は、次から次へとつきることはない。
Kさんは、若いころに上京して、一般住宅の大工として仕事をしていたが、あるとき、一般住宅の仕事がしだいに効率化され、採算重視になっていくやり方に嫌気がさし、宮大工になろうと、地元に帰って修業したのだという。山本周五郎の「武家草鞋」を、地でいくような話だ。
「私はね、わからないことがあるとすぐに人に聞くんですよ」
なるほど、疑問に思ったことは、すぐにいろいろな人に聞いてまわるらしい。物怖じせず、どんどん知らない人ともお話をする人だというのは、よくわかる。
「ぜひ先生とお話ししていただきたい先生がいるんですよ」
そういうと、Kさんは携帯電話を取りだし、いきなり電話をかけ始めた。
「もしもし、○○さんですか?いま私の横に、鬼瓦先生がいらっしゃるんですよ。…ええ、前にお話しした先生です。せっかくなので、お話しください」
そういうとKさんは、私に携帯電話を渡して「どうぞ」と言った。
ええええぇぇぇぇぇっ!!いきなりか!
どんなお方なのかもよくわからず、とりあえずお話しする。
「今後ともよろしくお願い申し上げます」
と言って、電話を切った。
なるほど、Kさんはこんなふうに、どんどんと人のネットワークを広げてゆく方なんだな。そしてそれが、自身の知識の幅を広げていく大きなきっかけになっているのだ。
ナンダカヨクワカラナイが、とにかくパワフルで前向きで行動力のある方だということだけは、よくわかった。
気がつくと、3時間以上が経っていた。
「話し足りないなあ、先生」とKさん。「またお会いしましょう」
「そうですね。またお会いしましょう」
携帯電話番号を交換したから、いずれまた電話がかかってくるだろう。
Kさんは、軽トラに乗って、ご自宅のある雪深い町へと帰っていった。
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コメント
第30回全国削ろう会 小田原大会
http://www.dai3.co.jp/rbayakyu/rbay-kodawari/item/1625-30
Kezuroukai, Planing Competition Finals 2012
http://youtu.be/v3Ad6tBdLbM
あと、そのカメラ屋はおいしいビスコッティも売っているようですので、次回はぜひ。
投稿: 削り華こぶぎ | 2015年1月12日 (月) 23時03分