やきとり屋は、人生だ!
1月15日(木)
地方都市に一人で出張に行くと、夕食を食べるところに困る。ちょっと生ビールを飲みたい、というときはなおさらである。
そういうときは、チェーン店ではない、地元のやきとり屋さんを見つけて入ることにしている。
やきとり屋さんなら、カウンターが絶対にあるし、一人でカウンターに座ってやきとりを食べていても、不自然ではない。
…というかもう、完全にオッサンだな。
それらしきやきとり屋さんを見つけ、一人で入る。開店して間もない時間なので、客は私一人である。
カウンターで生ビールを飲んでいると、お客さんが入ってきた。
「大将!久しぶり」
えらく威勢のいいおじいさんである。フリースを着て、フードを頭にかぶっている。カウンターには私の他に誰もいないのに、私のすぐ隣に座った。
(もっと離れて座ればいいのに…)
「病院から抜け出してきたんばい!」
「大丈夫かい?入院してたんだろ?」と大将。
「大丈夫。見つからずに8時までに病院にもどれば大丈夫!」
大丈夫って、そっちかい!
「今日はヨコタのアニキが来てくれるかもわからんよ。電話したら、『行けるかどうかわからんけど、この店で待っとれ』言われたんでね」
「ヨコタさんも、仕事だから忙しいでしょうに」
「そうやね。でも今日ぐらいしか時間がとれん言いよったから、今日は病院抜け出してきたんじゃけん…。もう喋りとうて喋りとうて。入院していたら誰とも話できんで」
とにかく声のでかいおじいさんである。まくし立てるように大将に話しかけるが、大将も仕事をしているので、適当に相づちを打っている。
そのうち、そのおじいさんに生ビールが運ばれてきた。
私はずっと、そちらを見ないようにしていたが、ついにそのおじいさんは、私に話しかけてきた。
「すんませんなあ。うるそうて」
「いえいえ、…それにしても大丈夫ですか?入院しているのに、お酒なんか飲んでいいんですか?」
「大丈夫です。内臓の病気とか、そういうのじゃなかですから。たんに背骨が折れただけですから」
「せ、背骨?重傷じゃないですか!事故か何か?」
「それが覚えとらんのです。ある日、背中が痛うて痛うて…。それでも我慢して仕事をしておったんですばい。…ワテ、調理師をしてますねんけどね。1週間くらい経ったころかな。もう脂汗が出て、どうにもならん状況になって、さすがにこれはマズイやろ思て病院に行ったら、背骨が折れていることがわかって、即入院ですわ」
「そりゃそうでしょう。全治何ヶ月なんです?」
「2カ月以上ベッドに寝ておりましたなあ。その間、ギブスで固定されて動けんでね。この間ようやくギブスがとれて、外に出られるようになったんですわ。ほら」
そういうと、フリースの前のチャックを開けた。
するとフリースの下は、病院の寝間着だった。たしかに入院しているらしい。
「だからもう、喋りとうて喋りとうて」
そういっているうちに、お客さんが入ってきた。
「アニキ!おひさしぶりです!」とそのおじいさん。
「よお、生きとったか」ヨコタさんの登場である。
実生活で本当に「アニキ」と呼んでいる人を、初めて見たぞ。
しかしおかしい。
ヨコタさんは、一見、「中年ロックミュージシャン」みたいな雰囲気の人で、オジサンなのだが、それなりに若い。俳優で言えば、パク・チュンフンみたいな人なのだ。
それに対して、病院から抜け出してきた人は、初代水戸黄門の東野英次郎みたいな、おじいさんである。
しかも、である。
「アニキ、ワテ、こんなに禿げてもた!」
そう言って頭にかぶっていたフードを取り払うと、なんとツルッパゲなのである。
「お前、マルコメ味噌みたいなやっちゃなあ。歌とてみい」
「マルコ~メ味噌♪」
何なんだこの二人は??
私が不審に思っていることを勘づいたのか、「マルコメ味噌」が私に言った。
「不思議やと思とるでしょう」
「ええ」
「アニキが51歳で、ワテが48歳だとは、思えんでしょう?」
ええええぇぇぇぇぇっ!!!
「ほ、本当ですか?」ヨコタさんに確認すると、
「見えへんでしょう。でもホンマのことです」
ビックリである。
「マルコメ味噌」はどう見ても、水戸黄門の時の東野英次郎にしか見えない。
だが、私と2歳しか違わないというのだ。
どうなってんだ???
「アニキはね、ワテの命の恩人なんです」
「そうですか」
「ワテが間違った道に進もうとしていたところを、アニキが救ってくれたんです」
私から見たら、「アニキ」も相当ヤンチャをしてきたようにしかみえないのだが。
あまり深く追求すると恐いので、それ以上追求しないようにした。
「マルコメ味噌」の話によると、ヨコタさんは、めちゃめちゃ女性にもてるらしい。
たしかにそうだろうな、と思う。なにしろ、
「客はお店についてくるんやない。人についてくるんや」
とか、
「アニキは何でもようモノを知っちょるばいね」「いや、女の心だけはわからん」
などという名言を連発しているのだ。
それにひきかえ、「マルコメ味噌」の方はといえば、自分はまったく女性にもてないという。なにしろ、入院している病院の看護師さんにも、うるさいと言って煙たがられている始末。
話の様子だと、「マルコメ味噌」はいまだ独身で、それは母親が変わっているせいだという。お母さんは76歳で、髪を金髪に染めて、カチッカチのパンチパーマをあてている。ど派手なピンクの服を着て、町を闊歩しているという。
「もう恥ずかしうて恥ずかしうて」
…というか、何で俺がそんな情報を知る必要があるんだ?
もっぱら、カウンターでは「マルコメ味噌」と「アニキ」ことヨコタさんの漫才が続いていたが、時計を見ると7時50分。
「お前、もう帰らなあかんやろ」とアニキ。「5000円ほど置いていけや」
「何でですの?アニキ」
「こっちは忙しい体をやりくりつけて来とんじゃ。俺にギャラを払ろて当然やろ」
まるで恐喝である。
「マルコメ味噌」は、5000円をカウンターに置いて、
「ほな、また来ますわ」
そして私に向かって、
「すんませんでしたな。うるそうて」
と言って、帰って行った。
見つからずに病院に戻れたのだろうか?
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コメント
私のチンピラな彼氏
http://youtu.be/H0p34rJlWPw
マルコメ×ロック
http://www.marukome.co.jp/misoshirus/index.html
投稿: こぶぎですばい | 2015年1月17日 (土) 00時31分
さすが、パク・チュンフンと東野英次郎の喩えを同時に理解できる人は、やはりこぶぎさんしかいませんな。
投稿: onigawaragonzou | 2015年1月18日 (日) 23時37分