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あはがり

元日に、久しぶりに実家に帰った。

夏以来、まったくといっていいほど連絡をとっていなかった。連絡をとったといえば、「12月にラジオ番組に出演する」というメールを送ったていどで、10月半ばから始まった職場のイベントすら、まったく連絡していなかった。だから両親は、職場のイベントを見に来ていない。

むかしから私は、両親に対して必要なことすら言わない息子だったのだ。

まったく、親不孝者である。

まあそれはともかく。

「テレビを見てたら、とても素敵な曲に出会ったのよ」と母。「あまりに素敵だったもので、メモしたんだから」

メモを見せてもらうと、「あはがり 朝崎郁恵」と書いてある。

「あはがり…?」

「奄美の島唄らしいのよ」

奄美の島唄…。

何ということだろう!

8年ほど前、仕事で奄美大島に行ったときに、奄美島唄というものに、初めて出会った。

元(はじめ)ちとせ、という歌手が、もともと奄美出身の島唄の歌い手だった、ということは何となく知っていたが、島唄についての知識は、まったくなかった。

「島唄」といえば、THE BOOMの「島唄」が思い浮かぶくらいの知識しか持ち合わせていなかったのである。

奄美大島に行ったときに、島唄を聴いて感動し、「セントラル楽器」というレコード屋で、奄美島唄のCDを何枚か買ったのであった。

「島唄」とはもともと、奄美群島の民謡のことをいう。奄美地方で「島」とは、アイランドの意味ではなく、「集落」という意味である。つまり「島唄」とは、奄美群島で集落ごとに歌われる民謡のことなのであり、本来は「シマ唄」と書くべきものである。THE BOOMの「島唄」によって、「島唄」は沖縄民謡、というイメージがすっかり強くなってしまったが、本来は違うのである。

奄美島唄の特徴は、裏声を多用した独特の歌唱法が印象的である。沖縄民謡にくらべると、やや暗い印象を受ける。だが、暗さの中に力強さがある。おそらく、奄美群島が江戸時代以来、抑圧された歴史を背負わされてきたことと無関係ではないだろう。

私が惹かれたのも、奄美島唄がかかえているこうした歴史的背景によるところが大きいが、何よりそこに、歌の持つ力強さを感じたのである。

5年ほど前、韓国に留学していたとき、語学学校の授業で、「自分の国の民謡を調査して3分間のスピーチをしなさい」という課題が出された。私は迷ったあげく、日本の民謡の代表として、奄美島唄を紹介することにした。このことについては、以前の日記に書いた。

もちろんこんなことは、母に言ったことはない。もともとは母は体育会系で、音楽に対してはほとんどといっていいほど関心がない人なのだ。

その母が、奄美島唄に惹かれたという。

私が8年前、奄美島唄に感動したことと、母が今、奄美島唄に感動していることは、やはりどこかでつながっているのだろうか?

血のつながりというのは、実に不思議である。

さて、私は恥ずかしながら、「あはがり」という曲名も「朝崎郁恵」という歌手も知らなかった。奄美島唄が好きだといいながら、情けないことである。

調べてみると、NHKの番組の主題歌になっているらしい。

「あはがり」とは、奄美の言葉で「すべてがあかるい」という意味だそうである。

この曲じたいは、むかしから伝わる奄美島唄そのものではなく、奄美島唄をベースにしたオリジナル曲である。

奄美島唄は、通常は伴奏に奄美三味線を用いるが、この歌は、ピアノやストリングスを使った編曲がなされているので、通常の島唄よりもかなり耳になじみやすい。ただし、歌詞は奄美地方の言葉が用いられており、歌の意味はとりにくい。

もし、心に琴線というものがあるのならば、私も母も同じように、奄美島唄が琴線に触れるらしい。

この歌を聴いて、そんなことを思った。

私はこの歌のCDを、母にプレゼントすることにした。

元日に、Amazonに注文し、実家に送付してもらうようにした。

すると、Amazonってすごいねえ。

翌日の2日には、もう届いていた。

母からメールが来た。

「『あはがり』のCDが届きました。あとの2曲もすばらしい歌です。ありがとう」

もし、心に琴線というものがあるのならば、同じように琴線に触れるだろうか。

奄美島唄が。

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