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その川のほとり

2月13日(金)

その川の名前を知ったのは、いつのことだったか。

何かの文章を読んだときに、その川の名前を知った。それはひどく感傷的な文章で、その中に、この川のことが少しだけ記されていた。名前の響きと、その川が市内を流れる小さな川だ、というところに、何となく惹かれていた。

私は、そのとき読んだ文章から、訪れたこともないその川の情景を、思い浮かべたものである。

このたびの出張では、忙しくて準備に時間がとれず、地図も何も持ってこなかった。

しかも、まったく土地勘がない。

出張初日のお昼休み、外のレストランで昼食をすませたあと、調査仲間のAさんが言った。

「この道をもう少し歩くと、○○川に出ますよ」

「○○川!」

私は、ほとんど忘れかけていたその川の名前を、思い出した。

そうか、あの川は、この町にあったのか。

午後、調査はこれまでにないほど順調に進んだ。

ただ、午後から私は、急に寒気がしてきて、体がだるくなった。

どうやら本格的に風邪をひいたらしい。

翌日。

調査が思いのほか早く終わり、帰りの飛行機まで時間があったので、調査仲間たちは、県内の名所を訪ねることにするという。

バスに乗って、大河ドラマで有名になった町をおとずれるというのだが、予定を聞くとかなりの強行軍で、風邪をひいている私には、とてもその体力がない。

私は、仲間たちと別れ、飛行機の時間まで市内を歩くことにした。

目的は、その川のほとりを歩くことである。

町のはずれの、国宝の五重塔があるお寺から、その川沿いの道を、町の方へ歩いて下っていく。

その小さな川は、閑静な住宅街の真ん中を静かに流れていく。

小さな川の両側には、散歩道があって、ゆっくり歩くのにはちょうどよい。

そして川の水は、透き通るほど美しい。川の流れる音も心地よい。

川の流れる音が心地よく聞こえるほど、町は静かなのである。

不思議である。

その川の景色は、私がずっと以前、その川について想像していた情景と、ほとんど変わりがなかったのだ。

途中、古びた喫茶店があった。

その店の名前も、たしかそのとき読んだ文章に出てきた名前である。

店の中に入ると、所狭しとアンティークがならんでいて、古きよき喫茶店、といった感じである。

そこで食べたミートソースは、いたってふつうの味だった。

しかし、町中を静かに流れる小さな川のほとりを散歩して、川沿いの喫茶店でひと休みする、という時間こそが、贅沢な時間である。

そして自分がかつて思い描いていた川の情景に出会うというのは、幸福なものである。

川のほとりは風が冷たかったが、私の体調は少しずつ戻っていった。

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コメント

投稿: ぽつぽつこぶぎ | 2015年2月14日 (土) 06時15分

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