エアー卒業祝賀会
3月25日(水)
昨年までの14年間の教員生活で、漠然と思っていたことは、
「教員が思っているほど、学生は教員のことに関心がない」
ということだった。
自分自身を振り返ってみてもわかる。
大学時代に教わった教員に、ほとんど思い入れがない。
今度は自分がその立場になってみると、まことに因果応報というべきものである。
たまに思い出したように卒業生から連絡が来ることはあるが、基本的には、私のことはしだいに忘れられてしまったり、呆れられてしまったりするものである。
さて今日。3月も終わりだというのに、出張先は風が冷たい。県南だということに、すっかりだまされてしまった。
出張先での仕事が、意外と早く、お昼過ぎに終わった。
新幹線で東京に向かおうと思い、ふと考えた。
(そういえば、今日は卒業式だったよな…)
出張先から「前の勤務地」までは、東京行きとは反対方向の新幹線に乗れば、それほど時間がかからないはずだ。
「乗換案内」で調べてみると、12時半頃の新幹線に乗り、途中で新幹線を乗り換えれば、2時40分頃に前の勤務地に到着する。
2時40分、というと、ちょうど卒業祝賀会が終わる頃の時間である。
私は、冒頭に書いたようなことを思いだした。
(いまさら俺が行ってもなあ…。それに、どうせ間に合わないし…)
結局、東京行きの新幹線に乗り、家に帰った。
さて、夜。
「拝啓、鬼瓦先生へ」
と題するメールが来た。いつも消息を伝えてくれる、4年生のSさんからである。
「お元気ですか!
私たちは元気です
本日無事卒業式を迎えました!!
先生も身体に気をつけてください、身体が資本です。
私たちも先生の教えを生かし、
早寝早起き朝ご飯をすることを誓います。
(本文はC君が書きました!!)
いまは、卒業おめでとう会ですヾ(o´∀`o)ノ」
メールには、卒業祝賀会と、その2次会の写真が添付されていた。
(みんな、無事に卒業したんだな…そしてそれを、わざわざ私に報告してくれたんだな)
私はSさんの心遣いに、涙が止まらなくなった。
やはり、無理をしてでも駆けつければよかったかなと、一瞬思った。
しかし不思議なのは、
「私たちも先生の教えを生かし、早寝早起き朝ご飯をすることを誓います」
という部分である。
俺、C君に「早寝早起き朝ご飯」なんて言ったことあったっけ?
まあいい。
私は「卒業おめでとう!幸多かれ!」と返事を書いた。
しばらくして今度は、同じく私の指導学生だった4年生のOさんからメールが来た。
卒業祝賀会での晴れ着姿の写真も添付されていた。
Oさんは、4月から出版関係の仕事に就くことになった。
「本日無事大学を卒業することができました。
大学生活ではいろいろなことがありましたが、大学で過ごした時間はとても楽しく、有意義なものでした。共に学ぶ友人に恵まれ、また多くの先生方と出会い、お話を伺う機会を得た環境の中で、私はそれまで出会ったことのなかったような、さまざまな感情と向き合い、悩みながら、少しずつ将来への指針を見出だすことができたような気がします。
大学生活をこんなに有意義なものにできたのも、鬼瓦先生のおかげです。本当にありがとうございました。
これからの社会生活でも、大学で学んだこと、感じたことを忘れずに大切にしながら、成長していきたいと思います。そして、いつか鬼瓦先生の本を出版するという目標に向かって、頑張っていくつもりです。
不安定な天気が続きますが、お身体に気をつけて、お仕事頑張ってください。
また何か思うことがあれば、メールを送るかもしれません。きっと送ると思いますので、お忙しい中恐縮ですが、その時はよろしくお願いします。
本当にお世話になりました。ありがとうございました」
読んでいて涙が止まらなくなった。
「それまで出会ったことのなかったような、さまざまな感情と向き合い、悩みながら、少しずつ将来への指針を見出すことができたような気がします」
という部分に、である。
Oさんだけではない、私がかかわったほかの4年生もみな、自分の頭で悩み、考え、自分自身で将来の指針を見出してきたのだ。
それは、私が間近で見てきたことなので、よくわかる。
そしてそのことこそが、大学生活で最も誇るべきことである。
私は返事を書いた。
「笑われるかも知れませんが、メールを読み、涙が止まりません。
教員としてもっとできることがあったのではないか、と思いつつ、昨年、私は大学を去りました。
だからずっと、今の4年生にみなさんには、申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
そのことが、今でも悔やまれます。
Oさんが無事に卒業できたのは、ご自身の力以外の何ものでもありません。
それは、誇りに思ってよいことだと思います。
社会に出たら、大変なことがたくさん待ちかまえているでしょう。何か思うことがあったときには、いつでもメールください。どんな些細なことでもかまいません。おそらく私は、それ以上の長い返信を書くでしょう(笑)。それはお約束します。
それから、きっと私の本を出版してください。約束ですよ。それまで、いちばんいいネタをとっておきますので。
では体に気をつけて、いい仕事をしてください。
またお会いしましょう」
卒業祝賀会に出席せずに卒業をお祝いすること。
これを、「エアー卒業祝賀会」という。
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