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南の島に雪が降る

201107311627457fb黒澤明監督の映画「七人の侍」に登場する七人の中で、最も地味な存在が、加東大介演じる七郎次である。

志村喬演じるリーダー・勘兵衛の「女房役」として、勘兵衛を下支えする。

その加東大介が、自らの軍隊経験を回想録という形で書いていたとは恥ずかしながら今まで知らなかった。

最近、『南の島に雪が降る』(ちくま文庫、初出は1961年)が復刊されたことを知り、読んでみることにした。

これが実に面白い!このブログの読者は必読である!

昭和18年10月、俳優をしていた加東大介は、大阪中座の楽屋で召集を受け、そのままニューギニア戦線へ向かった。

そこは、兵士たちが飢えに苦しむ絶望的な場所だったが、そこで彼は、死の淵にある兵士たちを鼓舞するために、劇団を作ることを命ぜられる。

マノクワリ支隊演芸分隊、通称「マノクワリ歌舞伎座」である。

ウソのような本当の話である。軍隊といえば、上官の理不尽な命令に下の者が絶対服従しなければならない。もしそうしなければ、制裁が待っている。軍隊のほとんどは、そういうものだった。軍隊文学も、もっぱらそのことを描いていた。

だがマノクワリの演芸部隊は違っていた。芸達者な者たちを集め、舞台を作り、脚本を練り、協力し合いながら多くの兵隊の前で芝居をするのである。

やがてそれは、死の淵にあった兵士たちに生きる希望を与えていく。

可笑しくも哀しいエピソードが、加東大介の軽妙な筆致で描かれる。

加東大介は、登場人物のすべてに、愛情を注いでいる。

読んでいて、涙が止まらなくなってしまった。

本書のタイトルにもなった「南の島に雪が降る」のエピソードは、とくに胸を打つ。

あるとき、上官の提案で、芝居で雪を降らせることになった。といっても、紙を細かく三角に切ったのを、舞台の上に釣ったスノコに入れておいて、紐で引っ張ってこぼすという簡単な仕掛けである。

舞台を見ていた兵隊たちは、驚いた。

この南の島で、雪が降っているのである!雪が降るたびに、客席はどよめいた。

ある回のときのことである。

いつものように雪を降らせていたが、いつもだとそこで歓声が上がるはずなのに、今回はいつものどよめきがさっぱりわきおこらない。

客席のほうを見ると、三百人近い兵隊が、一人の例外もなく、両手で顔をおおって泣いていた。

この日の観客は、東北の兵隊だったのだ。

「生きているうちに、もう一度雪が見られるなんて…」

彼らは紙の雪に、感謝したのである。

さて、芝居が終わったあと、東北の部隊の将校が加東にいう。

「お願いがあるんですが」

「はあ」

「うちの部隊に、もう歩けなくなっている病人が何人かおります。その者たちにもこの雪を見せてやってください」

「いつでもどうぞ」

「いや、できれば明日の朝、見せていただきたいのです。芝居が無理なら、せめて雪だけでも見せてやってくれないでしょうか」

「といいますと?」

「今日の舞台を、明日の朝まで、このままにしておいていただけないでしょうか」

「おやすいご用です」

翌朝、重度の栄養失調の患者二人が、担架で運ばれてきた。

二人は担架に寝かされたまま、紙の雪を力の入らない指先で、つまんでは放し、放してはつまむ動作を繰り返していた。

加東は、「いつでもどうぞ」と言ったときにあの将校が「明日の朝」と指定した意味に、そのときはじめて気づいたのである。

紙の雪ですら、人々に生きる希望を与える。

それが舞台の力である。

演芸、演劇、音楽、ミュージカル、ダンス…。なんでもよい。

舞台に立つということは、生きる希望を与えるということだ。

それは、人間がどんな極限状態にいても、希望を与えることができる力を持っている。

だから舞台に立つ人間は、そのことを肝に銘ずるべきなのである。

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