例の講演会
3月19日(木)
例の講演会の日。
会場は、家の最寄りの駅から快速で1時間半ほどかかる場所である。
まったく、どうしてこう毎日長距離を移動しなければならないのだろう。
お昼頃に会場に着き、メールの依頼主である老紳士と会う。
メールの依頼主に会った印象は、なるほどメールの印象の通りの人だ、ということだった。
ただ話してみると、メールのときに感じたほど悪い人ではない。あまりに悪い人を想像していたためか?
やはり、実際にあって話してみるのがいちばんだ。
それよりも、である。
お昼を食べ終わって控室に戻ると、お一人、私にお茶やお菓子を出してくれるご婦人(私の母親ぐらいの年齢の方なのだが)が待機していた。「控室担当」なのだろう。
そのご婦人が私に段取りを説明した。
「講演会開始の5分前に、1ベルが鳴ります。次に講演会開始時間に2ベルが鳴ります」
「はあ」
講演会場は、ちょっとした演奏会ができそうな少し大きめのホールだった。私はそのホールの舞台裏にある「楽屋」のひとつを、控室として使わせていただいていた。
「1ベルが鳴りましたら、私が舞台袖までご案内しますので、そこでいったん待機していただきます」
「はあ」
「2ベルが鳴ったと同時に、司会が、先生のご紹介をいたします」
司会というのは、メールを送ってきた依頼主の老紳士のことである。
「司会による講師ご紹介が終わったあと、先生にはそれに続けてすぐに舞台に出ていただいて、ご講演をはじめていただきます」
「はあ」
「それまでは、この控室でおくつろぎください」
「わかりました」
ところが、である。
そのご婦人は、その説明が終わったあとも、控室にずっといて、私を退屈にさせないためなのか、ずーっと私に話しかけてくるのである。
(困ったなあ…。講演の準備をしたいのになあ)
それに、どんどんお茶を勧めてくる。私は勧められるがままに、お茶を飲み続けた。
30分くらいたった頃、
ブー!
1ベルが鳴った。
「1ベルが鳴りました。舞台袖までご案内します」
「はい」
結局、講演開始ギリギリまで、30分以上もそのご婦人のお話を聞いてしまい、準備もままならないまま舞台袖に待機することになった。
舞台袖には、もう1人、私の母親ぐらいの年齢のご婦人がいらっしゃった。「舞台袖担当」なのだろう。
2ベルが鳴るまで、沈黙が続く。
すると突然、私はあることが気になった。
どうやら尿意をもよおしたようなのである。
さっき、あれだけお茶をがぶがぶ飲んだからなあ。ふつうだったら、講演前に水分はとらないことにしているのだが。
しかしもう時間がない。2ベルまであと2分くらいである。
はたして2時間、舞台上で我慢できるか?
いや、我慢できないんじゃないか?
心の中で、シミュレーションしてみた。
(やっぱり無理!)
私は舞台袖担当のご婦人に聞いた。
「あのう…、ちょっとトイレに行きたくなったんですけど、大丈夫でしょうか」
「早く行ってください!」
慌てて、舞台裏のトイレに駆け込んだ。
トイレで用を足していると、
ブー!
2ベルが鳴った!
どうしよう!おしっこがとまらないぞ!
すでに、司会の講師紹介が始まっているのが聞こえた。
まだとまらない!
用を足し終わるやいなや、慌ててトイレを飛び出し、舞台袖に走った。
舞台の上ではいままさに講師紹介が終わったところだった。
ちょうど私が舞台袖に戻ったと同時に、
「それでは先生、よろしくお願いいたします」
と、私を舞台へうながす司会の声が聞こえた。
私は何事もなかったかのように、上手袖から出て舞台中央の演台に立ち、客席にお辞儀をした。
100人以上の人が会場に集まっていた。そのほとんどは、平日の日中に時間が空いている、お仕事の一線を退いた方々ばかりである。
あとはノンストップである。A4の配付資料30枚を使いながら2時間、休みなく喋り続け、講演会は終了した。
聞いている方々がどのような感想を持ったかわからないが、2時間休みない話を聞いて、脳が疲れたことには違いない。
無事に終わってよかった。
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コメント
ところで印刷要員には会えましたか?(笑)
投稿: ひょん | 2015年3月19日 (木) 23時29分
印刷要員の人たちに会えましたよ。駅を降りて会場に向かって歩いていると、私の配付資料を重そうにかかえている人たちが前を歩いていました。1人ではなく、手分けして何人もが持っていたので、(ずいぶん迷惑をかけたなあ)と、反省しました。あとで聞いたら、300部印刷したそうです。
私の父親くらいの年齢の方々に、あんな重いものを持たせてはいけません。
投稿: onigawaragonzou | 2015年3月20日 (金) 00時10分
トイレに「介添え担当」がいなくて良かったですね。
それにしても学術講演会の舞台裏がこんななんて、シンジられなーい。
投稿: ひょん | 2015年3月20日 (金) 23時14分
なんと、ひょんさん、正解です!(笑)
投稿: onigawaragonzou | 2015年3月21日 (土) 01時39分