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一対の獅子

えー、馬鹿馬鹿しい咄をひとつ。

京都の丹波地方に出雲という土地がございまして、その土地を支配してるのが、「しだ某(なにがし)」さんという人で、この土地に、島根の出雲大社の流れをひく立派なお社が造営されたことから、出雲という名前がついたそうでございますな。

そのしだ某の知り合いに、聖海上人というお坊さんがおりまして、ある年の秋、しだ某が「ぜひ当地の出雲神社にお参り下さい。名物のおはぎでもご馳走いたしましょう。どうかみなさんでおいでください」と、聖海上人を招待いたしました。

甘いものに目がない聖海上人は、それじゃあってんで、弟子たちを引き連れてお社まで出かけていきました。

みんなで、お社の拝殿で熱心にお祈りしておりますと、聖海上人が、あることに気づいた。

本殿の前に獅子が対になって立っているんですが、その獅子が、なんとお互い反対を向いて背中合わせになっているんですな。ふつうは向かい合って並んでいるのに、背中合わせってのは、めずらしい。

これを見た聖海上人、しきりに感心しはじめた。

「どうだい、見事なものじゃないか。とくにこの獅子の立ち方なんてのはとてもすばらしい。きっとこれは深い意味がこめられているにちがいないぞ」

「へえ、和尚さん、私らにはサッパリわかりません」と弟子たち。

「だからお前らは修行が足りんというのじゃ。お前らには、このすばらしさがわからんのか?」

「へえ、サッパリわかりません」

「ああ、このありがたさがわからんとは、情けない情けない。ああありがたやありがたや」

聖海上人は、感涙にむせびながら一対の獅子に手を合わせた。

「たしかに、そう言われればちと変わっていますなあ」「これは都に帰ったら、いい土産話になりますな」などと、弟子たちはまだピンとこない様子。

「本当にお前らはわからん奴らだ。待ちなさい、いま神官様にお尋ね申し上げるから。…神官様、神官様!」

「どうしましたかな?」

「このお社のお獅子、ふつうと違って背を向けて並んでおられますな」

「そのようですな」

「まことにありがたいご様子。私など、あまりのありがたさに、この通り涙も止まりませぬ。このお社の獅子の立ち方には、何か深き謂われがあるのでしょうか」

「ああ、そのことですか。あれは近所のいたずら坊主の仕業でして、いつも獅子を反対に向かせるんですよ。まったくけしからん子どもたちです」

そういうと神官は、獅子を「よいしょ」と持ち上げて、元の向きに据えなおして、そのまま行ってしまった。

そのときの聖海上人の顔ときたら…。

「上人の感涙、いたづらになりにけり」という、ご存じ、『徒然草』第236段の一節でございました。

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