創作落語・戦争と平和
鬼瓦亭権三(ごんざ)でございます。
久しぶりに、創作落語をひとつ。
横丁のご隠居が長屋の連中を集めて、読書会をやると言い出した。
さあ困ったのが長屋の連中。横丁のご隠居はヒマをもてあましているが、働き盛りの長屋の連中は、食うためにとにかく朝から晩まで働かなくてはならない。じっくりと本を読んでいるヒマなんてないのだ。
しかし断ることもできず、ご隠居のところに長屋の連中が集まってきた。
これからは教養が必要な時代じゃ。お前たちもな、少しは古今東西の古典というものを読まなきゃならん。ということで、各自が『戦争と平和』を読んできなさい。1週間後に感想を聞かせてもらうぞ。お前たち、『戦争と平和』を知ってるな?
知ってますぜご隠居、サザンオールスターズの新曲でがしょ?
八っつぁん、それは「ピースとハイライト」じゃ。「と」しか合っておらんじゃないか。
じゃあ、五味川純平原作で、山本薩夫が監督した映画ですか?
熊さん、それは『戦争と人間』じゃ。ボケがわかりにくいぞ。『戦争と平和』はな、ロシアの文豪、トルストイ原作の小説じゃよ。
ああ、ギリシャ哲学者の。
それはアリストテレスじゃ。「スト」しか合っておらんぞ。ますますボケがわかりにくいぞ。…とにかく、来週までに読んで感想を考えておくんじゃぞ。
へぇ。
さて1週間後。
みんな、『戦争と平和』は読んできたかな?
へぇ。
じゃあ順番に感想をいってもらおうか。…八っつぁんから言ってもらおう。
あっしからですか?
そうだ。お前さん読んできたんだろう?
へぇ。…弱ったな…。あのぅ…紅白歌合戦で政権批判をしたのがよかったでがすね。
だからそれは「ピースとハイライト」のことじゃろ!…さてはお前さん、『戦争と平和』を読んでこなかったな?
へぇ…。どうもあいすいません。
しょうがないねえどうも。じゃあ、熊さんはどうだい?
へぇ。あっしはちゃんと読んできやした。
そうかそうか。で、どうだった?どこがいちばん印象に残ったかな?
へぇ。何といっても、最後のシーンですな。
最後のシーン?
へぇ。なんてったって、「衝撃のラスト」でしたんでね。
「衝撃のラスト」?
へぇ、まさかあそこで「自由の女神」が出てくるとは…。
お前さんそれは「猿の惑星」じゃよ!さてはお前さんも読んでないな?だいたい「最後の場面が印象に残った」という感想は、たいていの場合読んでいない証拠なのじゃ。
へぇ、あいすいません。
じゃあ源さんはどうだい。
へぇ、あっしはちゃんと読みました。
で、どうだったかな?
もう悲しくて悲しくて涙が止まりませんでした。
ほう、これは興味深いな。どういうところが悲しかった?
とにかく悲しくて悲しくて…。泣いたのはあっしだけじゃありませんぜ。なにしろ「全米が泣いた」ってくらいですから。
おいおい、ヒットしないアメリカ映画の宣伝じゃないんだから。何でもかんでも「全米が泣いた」ですませるんじゃないよ。
へぇ、あいすいません。
まったくどいつもこいつも『戦争と平和』を読んでいないのかね。半兵衛さんはどうだい?
あっしはこの1週間、気合いを入れて読みましたぜ。
ほう、どうやらほんとらしいね。…で、感想はどうだったかな?
へぇ。なんというか、小説らしい小説でございましたな。
「小説らしい小説」?どういうこっちゃ。
ですから、小説らしい小説です。
具体的にどういうところが?
具体的にっておっしゃられましても…。「小説らしい小説だった」としか感想がありませんで…。
おまえさん、ほんとに読んだのかい?
なにしろ有名な古典ですんでね。気合いを入れて読みました。なぁ熊さん。あっしはちゃんと読んでたよな。
ああたしかに。半公はみんなにそうふれまわってましたから。「どうだ、俺はいま古典を読んでいるんだぜ、イケてるだろ」ってね。
まったくバカなヤツだねえ。そんなことをふれまわったって、そのていどの感想だったら読んでいないに等しいぞ。
へぇ、すんません。
まったくどいつもこいつも…。権造さん、あんたも読まなかったのかい?
いえ、あっしは読みました。
どうせ嘘だろう?…まあ期待しないで聞くが、どういうところがよかったかな?
なんといっても物語の中盤で主人公の一人であるピエールがナターシャに、感極まって純粋な想いを告白する場面がいいですなあ。
「たったひとつ僕からお願いがあるんですが…僕を親友と思ってください。そしてもしあなたに助力や忠告が必要となった場合…いや、いまじゃありません。いまじゃなくとも、いつかあなたの心のうちがはっきりしたらですよ…そのときはどうか、僕のことを思い出してください」
ここを読んだらもう泣けて泣けて…。
…どうだいみんな。えぇ?権造さんみたいな感想を聞きたかったんだよ。権造さん、あんた本当に『戦争と平和』を読んだんだね?読むのにずいぶん時間がかかっただろう?
いえ、2時間はかからなかったでがすよ。
まさか!あの大河小説を2時間弱で読み終えるなんて不可能じゃよ。どうやって読んだんじゃ?
NHKの番組「100分de名著」を見てましたから。
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コメント
私が子供の時分には、たいした娯楽もなかったもんで、小学校の帰り道に一つだけあった貸し本屋に寄り道してね、漫画から物語まで置いてあるものは何でも借りて、食い入るように読んだものですが、最近はなかなか本をお読みになる方も少なくなって、町の本屋さんもドンドン潰れているそうですな。
その代わりと言っちゃあなんですが、テレビなどを見てますと、複雑なニュースや小難しい外国文学の古典を、先生がやさしく解説してくれる番組が流行っているようでして、苦労して本を読まなくても、その番組を見ているだけで読んだ気になっちゃうから、ますます本が売れなくなる。
でも本好きな人に聞きますと、読書なんてものは、その人の頭ん中の想像力で味付けすると何倍も面白くなるそうで、テレビで分かりやすく解説したからと言ってどうなるものでもなさそうですけれども、それも事情が加われば違ってくるようでして。
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横丁のご隠居が長屋の連中を集めて、読書会をやると言い出した。
さあ困ったのが長屋の連中。横丁のご隠居はヒマをもてあましているが、働き盛りの長屋の連中は、食うためにとにかく朝から晩まで働かなくてはならない。じっくりと本を読んでいるヒマなんてないのだ。
しかし断ることもできず、ご隠居のところに長屋の連中が集まってきた。
これからは教養が必要な時代じゃ。お前たちもな、少しは古今東西の古典というものを読まなきゃならん。ということで、各自が『戦争と平和』を読んできなさい。ここに人数分用意してあるから、一人一冊ずつ持ち帰ってな、1週間後に感想を聞かせてもらうぞ。
ご隠居がまた無理難題を言ってきた。どうするかい、八っつぁん。
でもな熊さん、ご隠居は去年奥さんに先立たれてからというもの、塞ぎこんでいたからな。ああ強がっていても本当は人さみしいんだろう。ここは一つ、ご隠居の言うことを聞いてやるっていうのが了見じゃねえか。
そうだな。大家と言えば親も同然、店子と言えば子も同然だからな。
さて1週間後。
みんな、『戦争と平和』は読んできたかな?
へぇ。
じゃあ順番に感想をいってもらおうか。…八っつぁんから言ってもらおう。
あっしからですか?
そうだ。お前さん読んできたんだろう?
へぇ。…弱ったな…。あのぅ…紅白歌合戦で政権批判をしたのがよかったでがすね。
それは「ピースとハイライト」のことじゃろ!…さてはお前さん、『戦争と平和』を読んでこなかったな?
へぇ…。どうもあいすいません。
しょうがないねえどうも。じゃあ、熊さんはどうだい?
へぇ。あっしはちゃんと読んできやした。
そうかそうか。で、どうだった?どこがいちばん印象に残ったかな?
へぇ。何といっても、最後のシーンですな。
最後のシーン?
へぇ。なんてったって、「衝撃のラスト」でしたんでね。
「衝撃のラスト」?
へぇ、まさかあそこで「自由の女神」が出てくるとは…。
お前さんそれは「猿の惑星」じゃよ!さてはお前さんも読んでないな?だいたい「最後の場面が印象に残った」という感想は、たいていの場合読んでいない証拠なのじゃ。
へぇ、あいすいません。
じゃあ源さんはどうだい。
へぇ、あっしはちゃんと読みました。
で、どうだったかな?
もう悲しくて悲しくて涙が止まりませんでした。
ほう、これは興味深いな。どういうところが悲しかった?
とにかく悲しくて悲しくて…。泣いたのはあっしだけじゃありませんぜ。なにしろ「全米が泣いた」ってくらいですから。
おいおい、ヒットしないアメリカ映画の宣伝じゃないんだから。何でもかんでも「全米が泣いた」ですませるんじゃないよ。
へぇ、あいすいません。
まったくどいつもこいつも『戦争と平和』を読んでいないのかね。半兵衛さんはどうだい?
あっしはこの1週間、気合いを入れて読みましたぜ。
ほう、どうやらほんとらしいね。…で、感想はどうだったかな?
へぇ。なんというか、小説らしい小説でございましたな。
「小説らしい小説」?どういうこっちゃ。
ですから、小説らしい小説です。
具体的にどういうところが?
具体的にっておっしゃられましても…。「小説らしい小説だった」としか感想がありませんで…。
おまえさん、ほんとに読んだのかい?
なにしろ有名な古典ですんでね。気合いを入れて読みました。なぁ熊さん。あっしはちゃんと読んでたよな。
ああたしかに。半公はみんなにそうふれまわってましたから。「どうだ、俺はいま古典を読んでいるんだぜ、イケてるだろ」ってね。
まったくバカなヤツだねえ。そんなことをふれまわったって、そのていどの感想だったら読んでいないに等しいぞ。
へぇ、すんません。
まったくどいつもこいつも…。権造さん、あんたも読まなかったのかい?
いえ、あっしは読みました。
どうせ嘘だろう?…まあ期待しないで聞くが、どういうところがよかったかな?
なんといっても物語の中盤で主人公の一人であるピエールがナターシャに、感極まって純粋な想いを告白する場面がいいですなあ。
「たったひとつ僕からお願いがあるんですが…僕を親友と思ってください。そしてもしあなたに助力や忠告が必要となった場合…いや、いまじゃありません。いまじゃなくとも、いつかあなたの心のうちがはっきりしたらですよ…そのときはどうか、僕のことを思い出してください」
ここを読んだらもう泣けて泣けて…。
…どうだいみんな。えぇ? 私は権造さんみたいな感想を聞きたかったんだよ。「少年老い易く学成り難し」と昔からよく言うだろう。お前さんたちも権造さんを見習って精進しないといけない。分かったな。
そして、ご隠居宅からの帰り道。
それにしても、あんな分厚くて難しい本、読んでみたもののチンプンカンプンで、一体どうなることかと思ったな。
そんな中、権造さんがNHKの番組「100分de名著」で取り上げられているのに気づいたと。
誰も読んでないと分かったらご隠居も寂しかろうに、権造さんに感想を答えてもらったお陰で、ご隠居もまんざらではないご様子だったな。
しかしどうして、ご隠居はあんなに『戦争と平和』が好きなのかねえ。いつも文机においてあるし。
あれ、知らなかったのかい。なんでも奥さんに最初にプレゼントした本らしくてさ。ほら、奥の仏壇にも供えてあったろう。
投稿: スクリプト・ドクター亭こぶぎ | 2015年4月17日 (金) 23時58分
すげえ。
私のバカみたいな落語が、見事な人情噺になっている。
投稿: onigawaragonzou | 2015年4月19日 (日) 00時50分