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手書きの卒業論文・その2

「追伸

一つお願いがあります。

大学卒業時の卒業論文、一度見せるよう申しておりましたが、言を左右して生前ついに見せることなく終わりました。遺品中にあるかと鋭意捜してみましたが、遂に発見できませんでした。コピーで入手することは出来ないでしょうか。彼がこの世に在ったよすがに、できれば遺してやりたいと存じますので、たいした内容ではないとは存じますが、ご面倒ながらご教示くだされば幸いです」

大学時代の卒業論文…。

父のたっての願いは、息子の卒業論文を読んでみたい、ということだった。

卒業論文が彼の生きた証になるという御父様の言葉は、昨年度まで卒業論文を指導していた私に、重くのしかかった。

卒業論文が、その人の人生に如何に大きな意味を持つものか、それをあらためて思い知らされたのである。

はたして、25年前の卒業論文を、手に入れることはできるだろうか。

国立大学の場合、卒業論文は大学に提出されると、大学の財産として永久保存されることになっている。

妻にも手伝ってもらい、E君の卒業論文が大学に保管されているかを聞いてみた。

すると「ある」という。ただし、保管場所が離れているので、貸し出しには少し時間がかかるとの返答だった。

そして2カ月後、ようやく、E君の卒業論文を借り出すことができた。

それを見て私は驚いた。

万年筆で書かれた、手書きの卒業論文だったのである。

私が大学4年生の頃は、ワープロが普及しはじめた時期で、卒業論文を手書きで書く人と、ワープロで書く人が、半々くらいに分かれていた。私はワープロで卒論を書いたのだが、E君は手書きで清書していたのだ。

E君がこの世を去ったいま、彼が書いた肉筆の卒論が、彼の生きた証をかえって生々しく伝えているのは、せめてもの幸いというべきか。

400字の原稿用紙で98枚。別冊の注は23枚で、注番号は170番まであった。まぎれもない大作であった。

私はそれをすべてコピーし、御父様に郵送した。

私は次のような手紙を添えた。

「卒業論文の原本は、大学に返さなければなりませんが、その前に、いちどご自宅にうかがって、ぜひ卒業論文の原本をお目にかけられればと思っております。私事で恐縮ですが、仕事の関係で、4月13日~16日に関西方面に出張いたします。その前日、12日(日)から関西入りする予定ですので、12日(日)の午後か夕方、もしお時間がありましたら、ご自宅におうかがいしたいと存じますが、ご都合はいかがでしょうか」

数日後、御父様からお返事が来た。

「お便り有難うございました。また面倒なお願い致しましたところ、大部のコピーをお届けいただき、まことに有難うございました。座右に置いて家内ともども彼を偲ぶよすがにしたいと存じます。12日、お待ちしております」

卒業論文を、彼を偲ぶよすがにする…。

やはり私にはこの言葉が重くのしかかる。

なぜ、大学で卒業論文が大事なのか。

卒業論文の指導する機会が失われたいま、ようやくわかった。

卒業論文は、二十歳前後の、無限の可能性のある時期を生きたことの、証なのだ。

E君の卒業論文は、そのことを私に教えてくれたのである。(つづく)

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