« 金田明夫のお得感 | トップページ | 新書はむかしのものにかぎる »

江分利満氏の優雅な生活

ポツダム宣言、と聞いて、思い出した。

岡本喜八監督の映画『日本のいちばん長い日』(1967年公開)だ!

1ban何度も見ている映画だが、もう一度冒頭から見直してみる。

やっぱりそうだ。この映画の冒頭は、ポツダム宣言の文章から始まるのだ!

…ということは、ヤツはこの映画を見ていないのか?

何度でも書くが、「日本映画の傑作を5本あげろ」と言ったら、

「七人の侍」(黒澤明監督、1954年公開、東宝)

「砂の器」(野村芳太郎監督、1974年公開、松竹)

「飢餓海峡」(内田吐夢監督、1965年公開、東映)

「幕末太陽伝」(川島雄三監督、1957年公開、日活)

「日本のいちばん長い日」(岡本喜八監督、1967年公開、東宝)

なのだ。もちろん、異論は認める。

ポツダム宣言を知らない、というのは、岡本喜八監督の映画「日本のいちばん長い日」を見ていないことを白状するようなものである。

51qj5vcuz6lポツダム宣言を知らないことも残念だが、この映画を見ていないことも同じくらい残念である。ついでに言うと、同じ岡本喜八監督の「激動の昭和史 沖縄決戦」(1971年公開)を見ていないのだとしたら、ますます残念である。

…今日書きたいのは、そんなことではない。

映画「日本のいちばん長い日」を見ていたら、同じ岡本喜八監督の映画「江分利満氏の優雅な生活」(1963年)を見たくなったので、久しぶりに見ることにした。

ご存じ、山口瞳の直木賞受賞作を映画化したものである。

山口瞳は、もともとサントリーの社員で、コピーライターとして活躍した。「トリスを飲んでハワイに行こう」は、山口瞳の作ったキャッチコピーである。

サラリーマンをやっているときに、『婦人画報』という雑誌に、サラリーマンの生態を描いた小説「江分利満氏の優雅な生活」を連載し、やがてそれが直木賞受賞作となった。

いわば山口瞳の、身辺雑記的な小説である。

岡本喜八監督は、時代を何歩も先取りするような斬新な映像表現を用いて、この身辺雑記的随想映画を完成させたのである。

ほんと、いま見ても、映像表現は斬新である。

それに対して、中身はいたって地味である。なにしろ、昭和30年代当時のサラリーマンの生態を描いた映画なのだから。

山口瞳の分身ともいうべき江分利満氏を、小林桂樹が演じている。

小林桂樹は、『日本沈没』の田所博士のような頑固で信念を貫き通す役にも定評があるが、江分利満氏のように飄々とした役も得意とする。

これほど演技の幅が広い役者を、私は知らない。

江分利満氏は、いたって平凡な、昭和30年代の典型的なサラリーマンである。人間関係に悩み、コンプレックスを持ち、だらしなく、凡庸である。

映画は、小林桂樹演じる江分利満氏の、日常のぼやきともいえるナレーションが延々と続く。それは時に軽妙であり、時に重苦しい。

私が印象に残ったのは、映画の中の、こんなぼやきである。

「昭和二十五年十月、長男庄助が生まれた。

母のみよにお父さんになったのよと江分利は言われた。

庄助が八か月になった時、初めて銀座のレストランに入った

(俺はこいつを食わさなきゃなれらないんだ。俺は自殺なんか考えちゃいけないんだ)

昭和二十六年の秋、夏子が奇妙な発作を起こした。病名テタニン。鶏に多い病気だった。その後半年間、こういう発作が週に一度起こった。庄助は小児喘息になった。それから十年間、よいというものは何でもやったが、庄助の喘息は治らなかった」

「江分利は口笛が吹けない。

靴ひもがうまく結べない。

音痴である。

鎌倉時代と室町時代がどっちが先がわからない。

富山と島根が隣り合わせだと思っている。

サントリーの宣伝部員のくせに写真を一度も撮ったことがない。

いつ聞いてもテープレコーダーの操作がわからない。

これで宣伝部なんて派手な商売が勤まるのかねえ。勤まらないけど勤めているんだ。勤められるのは組合制度のお蔭だと思う。

しかし江分利はなんとかやっていかなければならないのである。

江分利が発作の夏子と喘息の庄助をかかえて生きていけば、これは快挙ではないか!

才能がある人間が生きるなんて大したことじゃないんだよ。宮本武蔵なんてちっとも偉くねえ。本当に偉いのは一生懸命生きてる奴だよ。江分利みたいな奴だよ」

とくに最後の、

才能がある人間が生きるなんて大したことじゃないんだよ。宮本武蔵なんてちっとも偉くねえ。本当に偉いのは一生懸命生きてる奴だよ。江分利みたいな奴だよ」

は、グッとくる。

これはまさに、山口瞳自身の、そして岡本喜八自身の、人間に対するまなざしであり、共感である。

さまざまな事情を抱えながら、それでも何とか生きてゆけるならば、それは快挙ではないか!

|

« 金田明夫のお得感 | トップページ | 新書はむかしのものにかぎる »

映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 金田明夫のお得感 | トップページ | 新書はむかしのものにかぎる »