鬼上(おにうえ)チキのSession22
6月30日(火)
TBSラジオ「鬼上(おにうえ)チキのSession22」、今夜のメインセッションです。
「探求モード・国立大学の文系学部、消滅の危機!」
「文部科学省は8日、全86の国立大学に、既存の学部などを見直すよう通知しました。おもに文学部や社会学部など人文社会系の学部と大学院について、社会に必要とされる人材を育てられていなければ、廃止や分野の転換の検討を求めています。国立大に投入される税金を、ニーズがある分野に集中させるのが狙いのようです。
通知では「特に教員養成系や人文社会科学系学部・大学院は、組織の廃止や社会的要請の高い分野に転換する」よう大学に求めています」
…というわけで、全国の国立大学から、人文社会系の学部が消滅するのではないかというこのニュース。安保法制のニュースに隠れてあまり報じられていませんが、今回はこの問題をとりあげたいと思います。
いま、なぜこのタイミングでこうした通知がなされたのでしょうか?歴史をひもといてみると、その背景がわかります。
実はこの通知、アジア・太平洋戦争のさなかの昭和18年(1943)に閣議決定された「教育ニ関スル戦時非常措置方策ニ基ク学校整備要領」に、非常によく似ているのです。以下、長くなりますが、この整備要領を見ていくことにしましょう。ところどころ現代語訳を入れます。青字と赤字の部分が原文、黒字の部分が現代語訳です。
教育ニ関スル戦時非常措置方策ニ基ク学校整備要領
昭和18年12月21日 閣議決定
先ニ閣議ニ於テ決定セル「教育ニ関スル戦時非常措置方策」中高等学校、専門学校及大学ノ整備ニ関シテハ当面ノ時局ニ即応シテ左ノ要領ニ依リ之ヲ実施スルモノトス
(先に閣議において決定した「教育に関する戦時非常措置方策」を、中高等学校、専門学校及び大学の整備に関しては、当面の時局に即応して次の要領でこれを実施するものとする)
第一 高等学校
一、文科学級ノ整理
昭和十九年度ニ於ケル官立高等学校文科ノ募集人員ハ第一高等学校ニ在リテハ二学級、其ノ他ノ高等学校ニ在リテハ一学級トス
公私立高等学校文科ニ於テハ右ニ準ズルモノトス
(昭和19年度における官立高等学校文化の募集人員は、第一高等学校にあっては2学級、その他の高等学校にあっては1学級とする。公私立高等学校の文科においてはこれに准ずるものとする)
二、理科学級ノ拡充
昭和十九年度ニ於ケル官立高等学校理科ノ募集人員ハ第一高等学校乃至第八高等学校ニ在リテハ八学級、其ノ他ノ高等学校ニ在リテハ五学級トス
公私立高等学校理科ニ於テハ可能ナル限リ之ガ拡充ヲ図ルモノトス
(昭和19年度における官立高等学校理科の募集人員は、第一高等学校から第八高等学校にあっては8学級、その他の高等学校にあっては5学級とする。公私立高等学校理解おいては、可能な限りこの拡充をはかるものとする)
第二 専門学校
一、官公立専門学校
(一)理科系専門学校ノ整備拡充
理科系専門学校ニ付テハ其ノ組織 教育内容等ヲ刷新シ其ノ収容力ヲ拡充ス
夜間ノ男子理科系専門学校及明治専門学校ノ修業年限ハ之ヲ三年ニ短縮ス
(理科系専門学校については、その組織、教育内容などを刷新し、その収容力を拡充する)
(二)高等商業学校ノ転換及刷新整備
(イ)高等商業学校ニ付テハ一部ハ之ヲ工業専門学校ニ転換シ其ノ他ハ生産技術ヲモ修得セル工業経営者ヲ養成スベキ工業経営専門学校(仮称)又ハ従来ノ高等商業教育ノ内容ヲ刷新シタル経済専門学校(仮称)トス
(高等商業学校については、一部はこれを工業専門学校に転換し、その他は生産技術をも修得する工業経営者を養成すべき工業経営専門学校(仮称)または従来の高等商業教育の内容を刷新した経済専門学校(仮称)とする)
(ロ)前号ニ依リ工業専門学校ニ転換スベキ学校ニ付テハ現ニ在籍スル生徒ノ卒業スル迄ハ之ヲ新ナル工業専門学校ト併存セシムルモノトスルモ必要ニ応ジ其ノ生徒ノ教育ヲ他校ニ委託スルモノトス
(三)外国語学校ノ刷新整備
外国語学校ハ外事専門学校(仮称)トシ大東亜其ノ他海外諸民族ノ諸事情並ニ其ノ言語ヲ総合的ニ修得セシムルヤウ其ノ教育内容ヲ刷新スルト共ニ其ノ修業年限ハ之ヲ三年トス
(外国語学校は外事専門学校(仮称)とし、大東亜その他の海外諸民族の諸事情ならびにその言語を総合的に修得させるよう、その教育内容を刷新するとともに、その修業年限を三年とする)
(四)音楽学校及美術学校ノ刷新整備
(イ)音楽学校ニ付テハ其ノ教育内容ヲ刷新シ男子ノ入学者数ヲ減少スルト共二入学資格ヲ中等学校第三学年修了トス
(ロ)美術学校ニ付テハ其ノ教育内容ヲ刷新スルト共ニ入学資格ヲ中等学校第三学年修了トシ其ノ修業年限ハ之ヲ四年ニ短縮ス
(美術学校についてはその教育内容を刷新するとともに、入学資格を中等学校第三学年修了とし、その修業年限はこれを4年に短縮する)
(五)国庫補助
公立ノ理科系専門学校ノ拡充又ハ文科系専門学校理科系専門学校ヘノ転換ニ要スル経費ニ対シテハ国庫ヨリ適当ナル補助ヲ為スモノトス
(公立の理科系専門学校の拡充または文化系専門学校の理科系専門学校への転換に要する経費に対しては、国庫より適切な補助をなすものとする)
二 私立専門学校(大学専門部ヲ除ク)
(一)理科系専門学校ノ整備拡充
理科系専門学校ニ付テハ可能ナル限リ之ガ整備拡充ヲ図ルモノトス
(理科系専門学校については可能な限り整備拡充をはかるものとする)
(二)文科系専門学校ノ転換及刷新整備
(イ)文科系専門学校ニ付テハ其ノ教育内容ヲ刷新整備ス
(文化系専門学校についてはその教育内容を刷新整備する)
(ロ)文科系専門学校ニシテ学校ノ種類、規模、地理的配置等ヲ勘案シ統合可能ノモノニ付テハ之ガ実現ヲ図ルモノトス
(文化系専門学校にして学校の種類、規模、地理的配置などを勘案し、統合可能のものについては統合をはかるものとする)
(ハ)文科系専門学校ノ入学定員ハ従来ノ入学定員ノ概ネ二分ノ一程度トス但シ時局下特ニ緊要ナリト認メラルル種類ノ学校並ニ統合シタル学校ニ在リテハ其ノ入学定員ニ付特別ノ考慮ヲ為スコトアルモノトス
(文化系専門学校の入学定員は従来の入学定員のおおむね二分の一程度とする)
(ニ)文科系専門学校ニテ理科系専門学校ヘ転換可能ノモノニ付テハ之ガ実現ヲ図ルモノトス
(文化系専門学校で理科系専門学校へ転換可能のものについては、実現をはかるものとする)
右ノ学校ニ付テハ現ニ在籍スル生徒ノ卒業スル迄ハ之ヲ存置スルモノトスルモ必要ニ応ジ其ノ生徒ノ教育ヲ他校ニ委託スルモノトス
(三)国庫補助
(イ)理科系専門学校ノ拡充又ハ文科系専門学校ノ理科系専門学校ヘノ転換ニ要スル経費ニ対シテハ国庫ヨリ適当ナル補助ヲ為スモノトス
(理科系専門学校の拡充、または文化系専門学校の理科系専門学校への転換に必要な経費については、国庫より適切な補助金を出すことにする)
(ロ)理科系専門学校ノ経常費ニ対シテハ国庫ヨリ適当ナル補助ヲ為スモノトス
(理科系専門学校の経常費に対しては国庫より的せるな補助を行うものとする)
(ハ)専門学校ノ教職員ニシテ本措置ニ伴ヒ退職スル者ニ対スル補助ニ付テハ私立大学ノ例ニ拠ルモノトス
(専門学校の教職員で、本措置にともない退職する者に対する補助については私立大学の例によるものとする)
第三 大学
一、帝国大学及官公立大学
(一)理科系大学及学部ノ整備拡充
理科系大学及学部入学定員ハ高等学校理科卒業者数ノ増加ニ伴ヒ之ガ増員ヲ図ル
(理科系大学及び学部の入学定員は、高等学校理科卒業者数の増加に伴い、増員をはかる)
(二)商科大学ノ刷新整備
(イ)商科大学ハ産業経営ヲ主眼トスル大学トシテ学部及予科ノ組織、教育内容等ニ根本的ナル刷新ヲ行フ
(商科大学は産業経営を主眼とする大学として学部及び予科の組織、教育内容などに根本的な刷新を行う)
(ロ)商科大学学部及予科ノ入学定員ハ従来ノ入学定員ノ概ネ三分ノ一程度トス
(商科大学学部及び予科の入学定員は、従来の入学定員のおおむね三分の一程度とする)
二、私立大学(大学専門部ヲ含ム)
(一)理科系大学及専門部ノ整備拡充
理科系大学及専門部ニ付テハ可能ナル限リ之ガ整備拡充ヲ図ルモノトス
(理科系大学及び専門部については、可能な限り整備拡充をはかるものとする)
(二)文科系大学及専門部ニ関スル措置
(イ)文科系大学及専門部ニ付テハ其ノ組織、教育内容等ニ付必要ナル刷新整備ヲ為スモノトス
(文科系大学及び専門部については、その組織、教育内容などについて必要な刷新整備を行うものとする)
(ロ)文科系大学校ニシテ統合可能ノモノニ付テハ之ガ実現ヲ図ルモノトス
(文科系大学校にして統合可能のものについては、実現をはかるものとする)
(ハ)文科系大学学部及予科ノ入学定員ハ従来ノ入学定員ノ概ネ三分ノ一程度トス
(文科系大学学部及び予科の入学定員は従来の入学定員のおおむね三分の一程度とする)
文科系専門部ノ入学募集ヲ行ハザル大学及統合シタル大学ノ予科ノ入学定員ハ右ニ拘ラズ従来ノ予科及専門部ノ入学定員ヲ勘案シ特別ノ考慮ヲ為スコトアルモノトス
(ニ)文科系専門部ノ入学定員ハ従来ノ入学定員ノ概ネ二分ノ一程度トス
(文科系専門部の入学定員は従来の入学定員のおおむね二分の一程度とする)
文科系予科ノ入学募集ヲ行ハザル大学ノ専門部及大学ヨリ転換シタル専門学校ノ入学定員ハ右ニ拘ラズ従来ノ予科及専門部ノ入学定員ノ概ネ二分ノ一程度ト為スコトヲ得ルモノトス
(ホ)文科系大学及専門部ニシテ理科系専門学校ヘ転換可能ノモノニ付テハ之ガ実現ヲ図ルモノトス右ノ大学ニ付テハ現ニ在籍スル学生生徒ノ卒業スル迄ハ之ヲ存置スルモノトスルモ必要ニ応ジ其ノ学生生徒ノ教育ヲ他ノ大学ニ委託スルモノトス
(ヘ)文科系大学及専門部ノ学生生徒ノ教育ニ付テハ授業上ノ関係並ニ防空上ノ見地ニ基キ必要アルトキハ之ヲ他ノ大学及専門部ニ委託スルモノトス
(三)国庫補助
(イ)理科系大学及専門部ノ拡充又ハ文科系大学及専門部ノ理科系専門学校ヘノ転換ニ要スル経費ニ対シテハ国庫ヨリ適当ナル補助ヲ為スモノトス
(理科系大学及び専門部の拡充または文科系大学及び専門部の理科系専門学校への転換に必要な経費については、国庫より適切な補助を行うものとする)
(ロ)理科系大学学部及専門部並ニ統合シタル文科系大学学部及予科ノ経常費ニ対シテハ国庫ヨリ適当ナル補助ヲ為スモノトス
(理科系大学学部及び専門部ならびに統合した文科系大学学部及び予科の経常費に対しては国庫より適切な補助を行うこととする)
(ハ)教育ノ委託ヲ受ケタル大学及専門部ニ対シテハ其ノ経理上必要アリト認メタルトキハ其ノ経常費ニ付国庫ヨリ適当ナル補助ヲ為スモノトス
(ニ)文科系大学及大学ヨリ転換シタル専門学校ニ付テハ精神科学ノ研究ヲ継続セシムル為其ノ研究施設ニ要スル経費ニ対シ国庫ヨリ補助ヲ為スモノトス
(ホ)文科系大学、予科及専門部ノ教職員ニシテ本措置ニ伴ヒ退職スル者ニ付テハ設立者ニ於テ支給スベキ職業転換資金及退職金ニ対シ国庫ヨリ適当ナル補助ヲ為スモノトス
(文科系大学、予科及び専門部の教職員で、本措置にともない退職する者については、設立者において支給すべき職業転換資金及び退職金に対し国庫より適切な補助を行うものとする)
備考
(一)本措置ニ伴フ学校校舎ノ処置ニ付テハ別途ニ之ヲ定ム
(二)女子教育ニ関シテハ別途考究ス
…という、昭和18年に出された整備要領ですけれども、読んでいて明らかなのは、「理系の拡充」「文系の整理縮小」という方針ですね。
まず高等学校についてみていきますと、第一高等学校の文系を2学級、その他の高等学校の文系クラスを1学級に縮小する一方で、理系クラスのほうは、一高から八高までは8学級、その他の高等学校は5学級に拡充するとあります。
文系と理系で、ずいぶんと差がみられますね。
次に専門学校についてみてみましょう。
官公立の専門学校については、理科系専門学校の拡充がうたわれているのと、商業専門学校を刷新して、その一部を工業専門学校などに転換すべきことが述べられています。とくに私立の専門学校については、文科系専門学校の刷新や統合を進めています。
興味深いのは、外国語専門学校の整備です。これはいまのグローバル人材育成の考え方と、まったく同じといっていいでしょう。
音楽や芸術の専門学校については、縮小すべきことがうたわれているようです。
続いて、大学です。
こちらも同じですね。理科系大学の拡充と、文科系大学の整理統合がうたわれています。より具体的には、文科系大学の入学定員を三分の一にすると定められています。
そして、こうした政府の方針に沿った改革を進める専門学校や大学に対しては、積極的に国庫補助をすると書かれています。いまの文科省のやり方と同じですね。
さて、ここまで読んでおわかりでしょう。
いま、政府が進めている国立大学の文系学部の整理統合は、まさにこの昭和18年のときの「教育ニ関スル戦時非常措置方策ニ基ク学校整備要領」と同様の発想に基づいているのです。
もうおわかりですね。
安保法制の整備と国立大学文系学部の廃止や統合。両者は、一見関係のないように思われますが、実は一連の流れと考えるべきものなのです。
最近のコメント