リアル・有頂天ホテル
7月6日(月)
いよいよ、職場の大イベントの日。
「職場を上げてこのイベントを成功させるべきだ」と、先々月の大きな会議の場で大見得を切ってしまった手前、本来はこのイベントに関わりのなかった私もお手伝いすることになったことは、前回書いた。
ところが、具体的なタイムスケジュールが届いたのが、前日の日曜日の夜。
自分がするべき仕事の内容もわからないまま、当日を迎えた。
朝10時半、説明会があるというので集合場所に行ったが、説明を聞いても、いまひとつ要領を得ない。
どうも、このイベントの全体像を把握している人がいないらしい。
私を含め、手伝いを名乗り出た同僚10人の役割は、「イベント会場の要所要所に張り付いて、何かあったときに対応する」という漠然としたものであった。
さて。
私は前の職場で、いろいろなイベントに携わってきたが、その中で、失敗しながらも体得した「イベントの鉄則」というのが、
1.司令塔を一人決め、司令塔は動かずに一カ所にじっとしている。
2.各役割分担の人は、それぞれの持ち場を離れてはならない。
ということだった。
ところが今回の場合、イベントの全体を把握している人が1人もいない、ということに加え、その中でもこのイベントの段取りをいちばんよくわかっている人が、あちこちと動き回ってしまっている。
つまり、きわめて心配な状況なのである。
さて、このイベントには、国際色豊かな200名近くのお客様がいらっしゃった。
その中には、超VIPの御歴々をはじめ、○○協会とか、××連盟といった諸団体、さらには各マスコミなど、さまざまな方たちがいらっしゃる。
さながら「社交界」といった趣である。
その方たちに、失礼があってはならない。
それに加え、今回のイベントは、きわめて複雑な様相を呈している。
超VIP、諸団体、マスコミごとに、昼食場所、待機場所が異なる。
そしてイベント会場も、時間を追って場所が変わってゆく。
A会場(大会場)での開幕式→B会場(イベント会場)でのテープカット→再びA会場で全体会→C会場(会議室)とD会場(会議室)で分科会→みたびA会場で全体会
という、午後1時から5時半までのあいだで、これだけ会場が変化するのである。
そのつど、200名近くのお客様を、滞りなくお連れしなければならない。
しかも、うちの職場は、迷路のように入り組んでいて、初めていらした方には、気楽に移動できるようなシロモノではない。
全員が迷子にならず、さらにすべての行事を滞りなく進めなければならない。
そして最終的には、5時45分に、お客様全員をバスに乗せて、都内にある大使館主催のレセプションに送り出さなければならないのである。
つまり、私たちに課されたミッションというのは、
「複雑に入り組んだ行事を滞りなく終え、最終的には都内の大使館主催のレセプションに間に合うように所定の時間に大型バスにお客様全員をお乗せしてお見送りする」
ということなのである。
細かいことは書けないが、粛々と進むイベントのあいだ、案の定、舞台裏は大混乱!
まるで三谷幸喜監督の映画「有頂天ホテル」を地でいく展開である。
そんな中、私はどんなことにも対応できるように、しかるべき場所で待機していた。
といったら聞こえがいいが、実際にはでくのぼうのように突っ立っているよりほかなかった。
一つだけ、役に立ったことがある。
C会場(会議室)で、いままさに分科会が始まろうとしていたとき、1人の老齢のご婦人が困った様子で会場を出ようとされていた。
「どうしましたか?」と私が聞くと、
「コインロッカーに入れた荷物を、取りに行きたいんですけど」
という。
C会場から、エントランスにあるコインロッカーまでは、だいぶ距離がある。それに迷路のように複雑で、初めて来たお客様にはとうていロッカーまでたどり着けない。
「どうしましょう。会議がはじまったしまいますし」とご婦人。
「ロッカーの鍵をお借りします。私がお荷物を取ってまいりますので」
ご婦人から鍵を受け取り、猛ダッシュでコインロッカーに走った。
私が猛ダッシュで走っていると、スタッフと廊下ですれ違うたびに、
「何何?今度はどうしたの?」
と心配そうな顔で聞いてくる。
また何かトラブルでも起こったのではないか、と心配だったのだろう。
「説明はあとです!」
と叫びながら、コインロッカーの場所に着いた。
「どうしました?」と、コインロッカーの近くにいたスタッフ。
「お客様が、コインロッカーから荷物を出してC会場に持ってきてほしいと…」
「わかりました。お手伝いします」
コインロッカーから出した荷物を持って、再びC会場へと猛ダッシュ!
C会場の外で待っていたご婦人に手渡した。
「これで間違いございませんか?」
「ありがとうございます」
分科会は、いままさに始まったところだった。
そんなこんなで、およそ30分押しで、すべての行事が終了した。
最後の会場となったA会場の外で待機していると、大勢の人たちが次々と会場から出てきた。
すると、先ほどのご婦人が近づいてきた。
「先ほどは、カバンをありがとうございました」
「いえ、大丈夫だったでしょうか?」
「ええ。実はあのカバンの中に、さきほどの分科会の資料が入っていたものですから。おかげで無事に会議に参加できました」
「そうでしたか」
いろいろと不手際はあったものの、何とか30分遅れですべての行事が終わり、お客様全員、バスに乗り込んで、都内の大使館のレセプションへと向かったのであった。
降りしきる雨の中、走り出したバスを見送りながら、
「終わりましたねえ」と私。
「さっき、ずいぶん走っていたねえ」と年上の同僚。
「ええ」
「あれぐらい走った方が、痩せていいんじゃないの?」
「はぁ…」
「おもてなし」に必要なのは、「心」だけではない。
「スタミナ」もまた、必要なのだ。
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