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生きて帰ってきた男

同僚とは、基本的に仕事以外の話はしない。雑談をするにしても、当たり障りのない話にとどめる。

…というのが、いまの職場での私の方針なのだが、先週末の会議の打ち上げのとき、隣に座っていた、いまもっぱらペアを組んでさまざまな仕事をしている年上の同僚が、私に言った。

「最近、岩波新書のあれ読んだよ。小熊なんとかさんがね、自分の父親の半生を聞き取り調査して、記録したやつ」

「小熊さんって、小熊英二さんですか?」

「そう。すごくおもしろかった」

「そうですか。その本はまだ読んでないんですが、講談社現代新書の『社会を変えるには』はおもしろかったですよ」

「ああその本ね。読もうかどうしようか迷ってたんだけど。ずいぶん分厚そうな本だし、あんまり理屈っぽいの嫌いだからなあ」

「いや、大丈夫ですよ」

このあとひとしきり、小熊英二の本について話題になった。

数日後、その同僚からメールが来た。

「教えてくれた小熊英二『社会を変えるには』を買って、少し読みました。確かにおもしろいというか、現代世界、日本を考えるうえで、いい本ですね。また教えてください」

調子に乗って、次にその同僚に会ったときに、また本を薦めることにした。

「またおすすめの本がありますよ」

「ほう、じゃ、メモするわ」

「高橋源一郎という作家の『ぼくらの民主主義なんだぜ』っていう新書です」

「なんか、ちょっと政治的だなあ」

ああ、ちょっと踏み込んでしまったかな、と一瞬後悔した。

「で、でも…、出張の行き帰りなんかで、軽く読める本ですから」

「そう。じゃ、読んでみるわ」

うーむ。小熊英二まではよかったが、高橋源一郎は少し踏み込みすぎたか?

先方は、政治的なにおいのする本を求めていたわけではなかったのかもしれない。

人に本を薦めるのは、本当に勇気がいる。「のるかそるか」で、のってくれたときは嬉しい。

ところで、その同僚がおもしろいといっていた、小熊英二『生きて帰ってきた男 -ある日本兵の戦争と戦後』(岩波新書、2015年)を読むことにした。

新書とはいえ、小熊英二の本は相変わらず分厚い。

この本の主人公は、小熊英二の父、小熊謙二である。

戦時中、19歳で徴兵され、戦後はシベリアに抑留され、過酷な環境に身をさらされたのち、帰国して戦後を生き抜いていく。戦中から戦後を生きた一人の人生が、聞き取りによって詳細に復元されている。

まだ読み始めたばかりなのだが、たしかにおもしろい。

本の最初のほうでは、戦争に至るまでの一般の人々のメンタリティーがよくわかる。

たとえば、学校の生徒だった頃の次のくだりは印象的である。

「この塩清という商事担当の教師は、(中略)いつも着流しの和服で、国民服などは決して着なかった。経済指数からして、戦争に勝ち目がないことは承知していたと思われる。謙二の回想によると、彼は「どうせ私の講義の内容なんか、みんな忘れます。それよりも、私の雑談のほうが残りますよ」と言って、よく教室で雑談や時評をしていたという。

この教師の話のなかで、ことに謙二の印象に残ったのは、「新聞は下段から読む」ということだった。言論が統制され、新聞紙面には、日本やドイツの勝利を印象づける見出しが躍っていた。しかし「塩先生のアドバイス通り」に読んでいると、ちがった側面が見えてきた。

『国際面がとくにそうだったが、新聞で大見出しが目につく一面の上段には、ドイツ勝利の記事が載っている。ところが、下のほうの目立たないところに、ドイツの不利を伝える記事が小さく出ていた。そういう形で真実を報道しようとしていたのだろう。塩先生は、「新聞に読まれてはいけない。新聞の裏を読みなさい」と言っていた。この習慣は、後々まで頭に残った』」

このくだりは、いろいろと考えさせられる。

「新聞の記述を額面通り受けとってはならない。政府にとって都合のいいことばかり書いていることが多い。だが、新聞記者にも矜持があるから、どこかに真実を伝えるメッセージが含まれているはずだ」という、塩先生の教えは、いまの私たちが新聞を読む上でも、重要な指針となる。

もうひとつ、塩先生が「どうせ私の講義の内容なんか、みんな忘れます。それよりも、私の雑談のほうが残りますよ」と言ったこと。これもよくわかる。現に謙二は、「新聞は下段から読め」という塩先生の雑談を、生涯覚えていたのである。

謙二の次の言葉も印象的である。戦渦がますますはげしくなった頃の話である。

「自分が戦争を支持したという自覚もないし、反対したという自覚もない。ただなんとなく流されていた。大戦果が上がっているというわりには、だんだん形勢が悪くなっているので、何かおかしいとは思った。しかしそれ以上に深く考えるという習慣もなかったし、そのための材料もなかった。俺たち一般人は、みんなそんなものだったと思う」

これが当時の人たちの、ごく一般的な感覚だったのだろうと思う。

そういえば「新聞を裏から読め」で思い出した。

またまた安保法制の話でごめんなさい。

衆議院で強行採決されたこの法案について、「首相周辺」ないし「首相に近い参議院議員」が、「国民は時間がたてば忘れるだろう」と言った、ということが、ニュースになっていた。

これを報じたのは政府寄りの放送局だったが、ふつう考えたら、こんなのは国民を愚弄する話で、政府寄りの放送局だったら、こんな発言は流さないはずである。

どうして、政府寄りの放送局が、政府の印象を悪くするような発言をあえて流したんだろう?

ここからは私の妄想仮説。

このコメントを言った「首相に近い参議院議員」は、たぶんマスコミ関係者に相当嫌われていたのではあるまいか。

日ごろ、記者たちに対しても、上から目線でものを言い、さすがの政府寄りの記者たちも、ふだんから腹に据えかねるところがあったのではないだろうか。

それで、「首相に近い参議院議員」のこの発言を、あえて「晒す」という反撃に出たのではないだろうか。

つまりこのニュースから導き出せることは、

「『首相に近い参議院議員』なる人は、マスコミ関係者たちにとって、まったく人望のない人物である」

という仮説である。

やはり、ニュースは裏から読むべきなのだ。

…こんなことを考えている俺が、いちばん性格が悪いな。

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