« 真夏の自転車部 | トップページ | 引きの強い人 »

親友の条件

もともとが情に脆い性格なので、ぼんやりしているときはつまらないことばかり考えてしまう。

タレントの伊集院光と山本太郎が無二の親友であるということは、両者のファンであれば誰でも知っていることである。

伊集院光はどちらかといえば内向的な性格で、あまり人付き合いがいいタイプではない。それに対して山本太郎は、積極的にオモテに出ていくようなタイプである。両者はまるで正反対の性格のように思えるのだが、その二人が親友だというのは意外である。

伊集院はよく、「(山本)太郎とはめったに会わないけれど、たまに会うと、昨日の話のつづきのように話ができるから不思議だ」

とラジオで言っていた。それを聞いた私は、

「本当の友人とは、長い間会ってなくて、久しぶりに会ったとしても、昨日の話の続きのように話ができる間柄のことだ」

というのを親友の定義であると考え、その言葉を抱きしめて、いままで生きてきたのである。

東日本大震災後、山本太郎は反原発を強烈に主張し、政治家に立候補して、当選した。

当初は山本太郎のこの行動を、エキセントリックな行動として見る人たちが多かったと記憶する。

私自身も、「役者をやめて政治家になるなんて、残念だなあ」と思った。私は役者としての山本太郎が好きだったからである

山本太郎が政治家になって以降、伊集院光は、山本太郎について語ることがほとんどなくなった。

政治色がついてしまうことを伊集院自身が嫌ったことは明らかだが、はたして伊集院は、親友が政治の世界に目覚め、自分とはまったく異なる世界に行ってしまったことを、どう思ったのだろう?

ひょっとしたら、親友であることをやめ、距離を置くようになったのかな?とも想像する。

もっともこんな他人様(ひとさま)の友情について考えるなんざ、余計なお世話だ、という話なんだが、

そんなことを漠然と考えていたら、先日のTBSラジオ「ジェーン・スー 相談は踊る」の中で、リスナーから、「親友とはどんなものなんでしょう?自分が親友だと思っている人は、本当に親友と言えるんでしょうか?」という質問があった。

それに答えたのが、ライムスターのMummy-Dさんである。いわく、

「しょっちゅう会っている友人が親友とは限らない。めったに会わなくても、お互いが親友であることを意識していることが、親友の条件なのではないか」

「いろいろなことが話せることが親友の条件ではない。本当に困っているときに手をさしのべてくれたり、自分が大きな失敗や過ちを犯し、誰からも相手にされなくなったときに、それでも味方をしてくれるのが親友だと思う」

というようなことを言っていて、なるほどなあと思った。

もちろんこの「定義」は、私自身も漠然と考えてきたことではあったけれども、Mummy-Dさんの話を聞いてみて、ハタと気づいたことがあったのである。

たとえば、私の場合。

私自身が一生懸命準備したイベントとか開催されるとか、頑張って書いた本が出版されるとか、ひょんなことでラジオに出演するとか、ごく稀に、自分のやっていることが日の目を見ることがある。

そんなときは、「自分が親友と思っている人」に来てもらったり、見てもらったり、聴いてもらったりしたいと、当然思うものである。

しかし実際には、時間が合わなくて親友と思っている人が来てくれなかったりすることがある。いやむしろそういうことのほうが多い。

すると私は、

(何だよ。せっかく頑張ってるのに、見に来てくれなかったのかよ)

とか、

(何でラジオをちゃんと聴いてくれなかったんだろう)

と落ちこんだりもするのだが、しかしそれは、間違いであることに気づいたのである。

そんなことは、些末なことなのである。

自分が頑張っているところを逐一見守ってもらうことが、親友の条件として重要なのではない。

自分が困ったときに手をさしのべてくれることの方が、重要なのではないだろうか。

頑張っていることをすべて見守る必要はない。あいつ頑張ってるらしいなあ、ということがわかりさえすればいいのだ。

さて、話を伊集院光と山本太郎に戻す。

いま、山本太郎が国会質問で頑張っている姿を、伊集院光は見届けただろうか?

いや、親友ならば、そんなことは問題ではない。

あいつは頑張っているらしい、という風の便りを聞きさえすれば、十分なのだ。

親友として本領を発揮するのは、彼が窮地に立たされたときであると思う。

|

« 真夏の自転車部 | トップページ | 引きの強い人 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

友情の定義について深ーく考えるのもいいけれど、友情を枯らさないために自分から何かすることも大切だと思うけどなあ。メールの一本でも書いてみるとかね。
暑中見舞いみたいな習慣って、そのための便利な口実としてあるのじゃないかな。暑いけど、ビールでもどうです?とか自然に書けて助かるもんな。実際に飲めなくても、そう書いて送るだけで、友情に水やったことになるからね。

投稿: ひょん | 2015年8月 4日 (火) 23時29分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 真夏の自転車部 | トップページ | 引きの強い人 »