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そういえば

むかしから、無名な存在のときにファンだったものが、メジャーになると急に興味がなくなる、という癖があった。

最近でいえば、バイキングの小峠。

全然売れてないときにめちゃめちゃファンだったのだが、キングオブコントで優勝して有名になってからは、特に関心がなくなってしまった。

三谷幸喜なんかもそうだ。

まだメジャーになる前には、よく芝居を見に行ったものだが、いまは映画すら見に行かない。おそらく来年の大河ドラマも見ないだろう。

そういう意味でいうと、この時期に行われる「前の職場」のモギ裁判も、それに近いかも知れない。

物理的に見に行けなくなってしまった、ということもあるのだが、いまや「前の職場」の看板サークルとなり、さまざまな媒体で取り上げられ、地位のある大人たちが総出で応援をし、たくさんの人が注目するようになった。

多くの人に注目されていることもあり、内容的にもレベルの高いものになっていることに違いない。学生たちは、今まで以上に力を入れてがんばったことだろう。

私がひそかに応援していた頃とは、すっかり事情が変わってしまったように思える。

たぶんそれは、いいことなのだろう。

今度は、孤軍奮闘する別の人たちをひそかに応援すればいいだけの話なのだ。

今年のモギ裁判については、こぶぎさんがコメント欄で真摯で愛のある感想を書いてくれることだろう。

見に行っていれば、の話だが。

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コメント

ぼく げほげほげほ。

土佐司 大丈夫ですか、ご主人さま。

ぼく 金曜日にBNKに行ったのが運の尽き。風邪の治らないまま、週末は寝込んでいましたが。

土佐司 それなのに、ブログ記事で感想コメントを公開おねだりなんて、ほしがり屋さんにもほどがあるワン。

ぼく で、こちらがコメントを書いている間に待ちきれなくてクイズ出したりして。

土佐司 そんな調子じゃ、見に行けなかったのですね。

ぼく トローチ舐めながら、傍聴には行ったけど。筋金入りのファンですので。

土佐司 お勤めご苦労さんでござんす。で、どうでしたワン?

ぼく これまで観てきた中で最高作(きっぱり)。

土佐司 キャイーン、異例の高評価ですワン。

ぼく これは、やはり作家陣の健闘の賜物でしょう。

まずは「証人合戦」の形にして、キャラクターを多く登場させる工夫で、流れが分かりやすくなる。

そして、法廷の外側の描写に尺を割いて、出来すぎた動機が物証と結びついた時に変容する世間、マスコミ、ネットの「正義」に、冤罪(えんざい)の一端を見せようとする演出。

そして「冤罪の始まり」で終わるエンディングは、秀逸です。

土佐司 大体、シナリオ班が29人もいるなんて、どんな体制なんだワン。

ぼく 役者陣も、主人公の被告の女性役や弁護士の男性役の俳優は発声もよく、的確な演技力で芝居を引っ張ります。また、我が娘の過去と有罪を証言してしまう被害者の父親役の好演も光りました。昨年にも増して演劇志向が強くなった感じ。

土佐司 これが1年生の芝居とは、後生畏るべしだワン。

ぼく しかし、物語はこれだけでは終わらない。これまでの模擬裁判では、判決のシーンがエンディングで、あとは、おまけのエピローグだった。でも、今回のクライマックスは判決の後にあったんだ。

土佐司 それが、「「冤罪の始まり」で終わるエンディング」ですか?

ぼく ああ、謎解きのカタルシスも何もない、救いのない、カルマのような世界だ。そして、さらに芝居が終わったあとにも舞台が一つ用意されている。

土佐司 というと?

ぼく 幕が下りてロビーに出ると、正面に「あなたは有罪・無罪どっちだと思う?」のアンケートに貼り出されている。そこに貼られた「有罪」シールの多いこと。有罪、無罪で半々くらいだった。

知り合いの探偵の助手君も、この判決文を舐めるように読んだ後で、もし歴史学者が書いた文章なら、「推定を重ねているだけだ」と先生に怒られる代物だって言っていた。

門扉の指紋や庭の足跡といった物証の有無も、放火に使ったガソリンの入手先も議論されていないし、そもそも彼女が犯人ならば、なぜ第一発見者として通報したのか、という根本的な疑問も残ったままだ。

確かに、被告は「瞬間湯沸かし器」みたいに激高する性格の持ち主として描かれていて、その伏線が後半に回収される訳だが、残忍な事件だとは言え、そんな都合のよいバックグラウンドをほじくりだされただけで、なぜ犯行の動機が説明されるのか。

土佐司 この判決文の表紙にも、実際は無罪になる可能性が高いと、但し書きが書いてあるワン。

ぼく でも、脚本家は、敢えて有罪判決を選択した。そして判決内容を劇中で全部聞いていたはずなのに、観客の半分は有罪だと答えて帰った。

裁判官だって誤るのだ。真実は真犯人にしか分からない。もしかしたら、犯人だってその瞬間のことは覚えていないかもしれない。

外部者が法廷で真実を探すことの根本的な困難さが、そこにはある。そして冤罪の源も。

そのような「犯罪の再構成」が、いかに危ういものか。そして傍観者である自分自身も、実は冤罪に荷担しうる存在であることに、いかに気づかないものか。

それに疑惑の目を向けよというのが、今回のテーマなんだろう。

土佐司 模擬裁判だからこの判決文が不当なものだと分かるけど、果たしてニュースの中で聞き流している事件や判決はどうなのか。少しは疑ってみた方がいいワン。

ぼく もっとも、判決は不当でも、今回も最終的には「勝訴」だったけどね。

投稿: 共犯者こぶぎ | 2015年12月14日 (月) 21時33分

いやあ、すばらしい。これほどの評論をコメント欄にとどめておくのはもったいない気がします。過去最高の観客動員数だったと聞いていますが、こぶぎさんほどの分析と評価をした人は、たぶん身内の中にもいないでしょう。こぶぎさんにしても、模擬裁判評を書く場が他にないでしょうから、無茶ぶりをして正解でした。風邪を押して見に行った甲斐があるというものです。

投稿: onigawaragonzou | 2015年12月14日 (月) 23時40分

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