卑屈長屋
例によって風邪で意識が朦朧としているので、ワケのわからない噺を一つ。
「ご隠居、ご隠居はやっぱり塾生指導を続けるべきだったんではないですか。塾生見習いに向けて書いたあの添削の文章を読むと、塾生指導をやめてしまったことが、実に惜しい」
「そうは言うけどね、熊さん。もう潮時だったんじゃないかと思うんだよ」
「どうしてそんなこと思うんです?」
「アタシは在職中に一度も、最優秀師範賞をいただかなかった」
「ご隠居、そんなことにこだわっていたんですかい?了見が狭いなあ」
「そうはいっても、意外とそういうことが気になる」
「人間が小さすぎますよ。そんなこと、気にする必要なんぞありませんぜ」
「しかしなあ、熊さん。あれは同僚の師範の推薦枠と、塾生の推薦枠の二つがあるんじゃ。アタシは同僚師範からの推薦がなかったどころか、塾生からの推薦もなかったんじゃ」
「ご隠居は同僚の師範たちに嫌われてましたからねえ」
「同僚はともかく、塾生にはもう少し支持されていたと思うんじゃがなあ」
「なかには、同僚師範の推薦枠と、塾生の推薦枠と、ダブルで受賞した人もいるっていう話ですぜ」
「そういうすばらしい師範がいるから、アタシのような人間はダメなんだろうな」
「またそうやって卑屈になる。悪いクセですぜ」
「まあそういう師範からみたら、アタシなんぞは屑同然…」
「だから!やめなさいって!…しかしねえご隠居。賞をもらったどんなにすばらしい人の授業でも、寝ている塾生なんてものがいるもんです」
「そんなことはないじゃろう」
「いえ、それがそうじゃないんだそうで…。この前なんかもね…」
「…ほう、そんなことがあったのか。しかしアタシの授業のときは、誰ひとり寝てる者はおらんかったぞ」
「ご隠居、いくら何でもそれは言い過ぎです。いくらご隠居の授業がおもしろいと自分で思ってるかはわかりませんが、言うに事欠いて誰ひとり寝てる者がいなかったって…。そんなこと、ありえませんぜ」
「いや、本当じゃ」
「ご隠居、いくらご隠居でも、身の程を知らなすぎますぜ。誰ひとり寝ないなんてことがありますか?」
「ある」
「じゃあどうして、塾生たちは誰ひとり寝なかったんです?」
「授業中に、塾生たちはみんなアタシの似顔絵を描いていたんじゃ」
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