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2016年2月

2016年ベストワン映画

2月28日(日)

前々回の記事で出した「隣の国のコーヒーチェーン店の正式名称」クイズは、誰もわからなかったみたいだ。ということで、今回は私の完全勝利である。

昨日は朝から晩まで都内で仕事。そして今日の午前中も仕事である。

今日は朝8時に家を出て、地下鉄と、その地下鉄に乗り入れている私鉄電車を乗り継いで、1時間半ほどかけて「駅名にカタカナが入っている駅」まで出かけた。…といっても、どこだかわかるまい。

その駅の近くにある工房での仕事が午前中に終わったので、午後、都内で映画を見ることにした。

Photo「サウルの息子」という、ハンガリー映画である。

2015年のカンヌ国際映画祭でグランプリを受賞した。今年のアカデミー外国語映画賞の受賞も確実といわれている。

いわゆる「ホロコースト」を題材にした映画なのだが、これまでの映画とはまったく異なる手法で描いている。

「ゾンダーコマンド」(アウシュヴィッツ=ビルケナウ収容所で同胞をガス室に送る任務に就くユダヤ人の特殊部隊)の一人が主人公なのだが、カメラは最初から最後まで主人公に密着して、いわば彼の見た世界を映像化している。我々は、「ゾンダーコマンド」として彼が見た収容所の様子を、いわば追体験するのである。それはそれは、凄惨な世界である。

しかし、一見すると、彼の周りで、何が起こっているのか、ワケがわからない。この先どうなるのかも、よくわからない。

実は、これこそが監督のねらいなのである、ということが、見終わってわかった。

「悪夢のような信じられない光景」を見たり、「想像を絶する体験」をしたりしたとき、人間って、こんな感じになるのだ、というのが、よくわかる。

「想像を絶する状況に置かれた当事者」というのは、自分が置かれている状況が理解できなかったり、あるいは理解しようとしなかったりするものなのだ。

主人公がこの映画でとっている行動、というのも、きわめて興味深い。

主人公は映画の中で、ある信念をもって行動をしている。それは、人間の尊厳であるとか、勇気であるとか、そういうものを感じさせる行動である。

だが映画が進むにつれ、「あれ?」と思うようになる。これは主人公の妄想が作り出した、異常行動なのではないのか?と。

しかしやはり思い直す。それははたして異常行動と言ってしまっていいのか?理不尽な状況に追い詰められたときに、人間の尊厳を守るための根源的な衝動が、その行動となってあらわれるのではないだろうか。

極限の状態における人間の心理について、とことん突きつめた映画である。人間の心理とか認識について少しでも関心のある人であれば、見ることをおすすめする。

今のところ、2016年の映画ベストワンである。

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化かし合いホテル

2月25日(木)

山の中の「幽霊ホテル」について、もう少し書く。

この日の仕事が終わった私たち12名は、何台かの車に分乗し、あらかじめ宿泊の予約していたホテルに向かった。

そのホテルは、町の名前を冠した、その町を代表するようなホテル名だった。おそらく、その名前につられて予約したものと思われる。

ところがカーナビに従って車を走らせていくと、町の中心街からはずれ、どんどん山の中に入っていって、道が狭くなっていく。

最初にホテルに着いたのは、このホテルに宿泊の予約を入れた「隣の国側のリーダー」の車である。

目の前のホテルを見て、リーダーはビックリした。

周りに何もなく、古びたホテルだけがポツンとたっているだけである。食事ができるような場所もない。

「これはまるで幽霊ホテルだ。気味が悪くてこんなホテルには泊まれない!」

と思い、慌ててキャンセルの電話をホテルに入れた。

そのキャンセルの理由というのが、なんとかキャンセル料を払わないですむようにしようと、かなり大胆な嘘の理由なのである。

「同行の車が高速道路で事故を起こして、死者が出たので、今日はとても泊まることができない」

ここまで言われてしまったら、ホテル側もキャンセル料を請求できないだろう、というわけである。

さて、ここまでは前に書いた話

実はこの日の午前中、つまり、まだそのホテルに「泊まる気満々」でいたときのことである。

リーダーの携帯電話に、そのホテルから何度も確認の連絡が来たという。

「あのう…12名様、今日は本当にお泊まりになるんでしょうか」

「ええ、今日は予定通り12名でそちらに泊まりますよ」

しばらくしてまた、

「あのう…本当に12名様、今日はお泊まりになるんでしょうか」

「ですから、泊まりますって!」

ホテルから何度も確認の電話が入ったのだというのだ。

リーダーは、どうして何度もホテルから確認の電話が入るのか、皆目見当がつかない。

「こんなことは初めてだ」と訝しんだという。

しかし夕方、実際にこのホテルに行ってみてわかった。

我々のように、実際にこのホテルの目の前に来て、

「やっぱりここに泊まるのはやめよう」

と思い、同じように嘘の言い訳をしてドタキャンの電話をしてくる予約客が多かったのではないだろうか?

だからホテル側も、本当に泊まるのかどうか、不審に思って何度も確認の電話を入れたのだろう。

にもかかわらず、ホテル側からしたら、またしてもドタキャンの連絡が来たわけである。

今度はホテル側の立場に立って考えてみよう。

「どうしてうちのホテルを予約する客は、ドタキャンする客が多いのだろう?しかもキャンセルの理由はいつも、予約客に深刻な事態が起こったというものばかりである。ひょっとして、うちに来る客というのは、みんな呪われているんじゃないだろうか?」

ホテル側からしたら、予約客がドタキャンする理由がいつも深刻な内容なので、気味が悪くて仕方がない。

「ひょっとして、幽霊が予約しているんじゃないだろうか?」

不安になったホテル側は、予約した客に何度も確認の電話をかけて、本当に泊まるかどうかを確認するわけである。

繰り返し確認の電話が来るのは、そのせいである。

サアそう考えると、よくわからない。

幽霊なのは、ホテルのほうなのか?客のほうなのか?

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イブニング・カーム

2月26日(金)

朝起きたら雪が降っていた。

午前9時、昨日泊まった町のバスターミナルから市外バスに乗って空港に向かう。

Photo

この地域は、意外とたくさんの雪が降る。

やがて、行政区が変わると、次第に晴れ間が見えてきた。

Photo_2

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この大きな川まで来ると、空港も近い。

だが、昨日泊まった町からは空港に直接行くバスはなく、いったん南東部の中核都市のバスターミナルまで行き、そこから空港へ向かう電鉄に乗り換えなければならない。

バスに乗ること2時間半ほどで、中核都市のバスターミナルに着いた。

Photo_6

時間があったので、チェーン店のコーヒーショップでしばし休憩する。

ガラス窓に書かれている店名のロゴの一部が、テーブルに影となって映ったのが美しい。

だがこのロゴの一部分だけでは、このチェーン店の正式名称をさすがに誰も答えられないだろう。ヒントは「隣の国」オリジナルのチェーン店なのだが。

午後4時20分の飛行機に乗った。

Ke713

Ke713_3

Ke713_4

遠くにみえるのは、富士山か?

Ke7133

着陸するころには、すっかり暗くなっていた。

ジャズサックス奏者のMALTAのファーストアルバムに、「イブニング・カーム」というタイトルのバラードがあるが、飛行機から窓の外の夕暮れを眺めると、いつもこの曲が頭の中を流れる。

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まぼろしの幽霊ホテル

2月25日(木)

そういえば、前回の「訪れた町クイズ」のヒントを出し忘れていた。

Photo

この町がどこかわからないと、話が次に進まない。いや、わかったとしても、かなりわかりにくい話である。というか、こんなことを気にしているのはこぶぎさんだけか。

今回、「隣の国」で泊まるホテルは、「隣の国側チーム」のリーダーが全部予約してくれていた。

ずいぶん前に、今回の出張の日程表が送られてきて、そこには予約したホテルの名前も書いてあった。

今回は「隣の国の人たち」も用意周到だなあと、その予定表を見て思った。

しかし、それが甘かった。

1日目(昨日)のホテルは、なかなか快適だったのだが、2日目、つまり今日のホテルは、この国を出発する前から私自身も少し心配していた。

というのも、事前にホテル名で検索してみると、2日目は、「1日目に訪れた町から車で南に1時間ほど行った、有名な古典の舞台にもなった町」に泊まることになっていたのだが、予約しているホテルというのが、ずいぶんと山の中にあるようなのだ。

地図で見ても、周りに何もないような場所に立地している。

(本当に周りに何もないなあ、山の中に泊まるんだろうか…)

私は不安になった。

さて今日。

一日の日程が終わり、「隣の国側チーム」の車に分乗して、そのホテルに向かうことになった。

それぞれの車は、カーナビにそのホテルの名前を入れて、出発した。

この時点で、車を運転する「隣の国側チーム」の誰もが、ホテルの正確な場所を知らない。

1時間ほど走り、その町の中心地を通り過ぎて、車はどんどん山の中に向かっていった。道はどんどん狭くなっていくし、どんどん不安が増してくる。

(本当にこんなところにホテルなんかあるんだろうか…?)

運転していた「隣の国側チーム」の人たちも、ここへ来てようやくことの重大さに気づいたようだった。

すると、「隣の国側チーム」のリーダーの車が、一足早くそのホテルに着いたようで、どうやら車で引き返してきたところに、私の乗っていた車がすれ違った。

「どうしたんですか?」

とリーダーに聞くと、

「ホテルを変更する」

というのだ。

私たちは、理由も聞かされず、その町の中心街のほうに戻り、中心街にあるモーテル(韓国によくある、予約なしで泊まれるホテル)を適当に見つけて、そこに泊まることになったのだった。

だったら最初から予約なんかしなければよかったじゃん!

という言葉が出かかったのを、私は我慢した。

あとで聞いたところでは、「隣の国側チーム」のリーダーが、一足先にそのホテルに着いたとき、ひどい山の中で、周りに何もなく、まるで「幽霊ホテル」のようだったので、「さすがにここに泊まるのはまずい」ということにようやく気づき、急遽キャンセルすることにしたのだそうだ。

ただ、キャンセル料を取られるのがイヤなので、

「同行していた車が高速道路でひどい事故に遭い、死者が出て、泊まるどころではなくなったので、キャンセルします」

とその場でホテルへ嘘の電話をして、キャンセルしたのだとか。

今日はその、飛び込みで入った中心街のモーテルの部屋にいるのだが、かなり快適な部屋である。最初からそうすればよかったのだ。

不思議でならないのは、「隣の国側チーム」のリーダーは、なぜ、そんな山の中のホテルを最初に予約したのか?ということである。

予約するときに気がつきそうなもんだろ!と思うのだが、「隣の国側チーム」のリーダーは、ホテルの場所も確認せずに予約したとしか思えない。

他の人の推測では、おそらくホテルの名前を見て、「町の名前を冠したホテルだから、きっとその町を代表するいちばん有名なホテルなのだろう」とリーダーが勝手に思い込んで予約したのだろう、とのことだった。さもありなん、である。

用意周到のようで、詰めが甘いのは、いかにも隣の国の人らしい。

私たちが泊まるはずだったその幽霊ホテルが、どんなホテルだったのか?見てみたかったなあ。

さて、私たちが泊まるはずだったそのホテルの名前というのは…。

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引きが強い旅

2月24日(水)

またまた旅の空です!

「体調が悪くなる理由は、旅をしすぎるからだ」とこぶぎさんに指摘されて、たしかにその通りだと思ったのだが、本人の意思とは無関係に、どうにも次から次へと旅が降ってくる。

今回の目的地は、隣の国です。

午前9時10分にこの国の国際空港から飛行機に乗り、隣の国の国際空港に着いたのが11時50分。入国審査を済ませ、休む間もなく午後1時発のバスに乗り、今回の目的地の町に着いたのが午後5時である。実に4時間もバスに乗っていたのだ。朝6時に家を出てから11時間が経過していた。

今回の出張は、職場の他のチームの出張に「応援」というか「人数合わせ」のために参加したもので、いわばピンチヒッターである。自分自身、どんな予定なのか、あまりよくわかっていない。

「この国」側のメンバーもいろいろなところからの混成部隊で、初めてお会いする人が多いし、「隣の国」側のメンバーに至っては、全員初対面である。私以外の「この国」側のメンバーはみな、隣の国のメンバーの人たちと何度も顔を合わせているようだ。

つまり私は、またまた例によって、初対面の人たちに囲まれることになったのである。

その町のバスターミナルに着くと、「隣の国」側の人たちが迎えに来ていて、「とにかく早く乗ってください」と、説明もなく車に分乗させられた。

他のメンバーと離れ、一人、見知らぬ人の車に乗せられた私は、ちょっと不安になってしまった。

車で20分ほど、どんどん郊外に連れて行かれて、周りの景色がどんどん寂しくなってくる。「どこに連れて行かれるんだろう?」とだんだん不安になっているころに、今日泊まる予定のホテルの前に車が泊まった。

「チェックインしたらすぐに集まってください。これから会議です!」

チェックインして休む間もなく、そのホテルの会議室で5時半から会議が始まった。

これが8時近くまで続き、そのあと、例によって会食である。

9時半過ぎに会食が終了した。2次会に誘われたが、今回は体調のこともあり、ご遠慮させていただいた。

アア、疲れた。

そうそう、ひとつ、おもしろいことがあった。

今回の出張に参加した「この国」側のメンバーのひとり、まだ若い青年なのだが、着いた先の国際空港で初めてお会いした。

会話の流れの中で、「僕の実家は○○市なので…」という言葉が聞こえてきたので、

「私も○○市出身ですよ!実家のある町は何という町です?」

と聞いたら、

「××町です」

という。

「私の実家も××町にありますよ!何丁目です?」

「2丁目です」

「私は3丁目!」

いろいろ聞いてみると、私の実家とその人の実家は、歩いて2分くらいのところにあることがわかった。

「すると、ひょっとして△△小、◇◇中出身?」

「そうです!」

ということで、初対面で一緒に旅をする青年は、小学校の後輩だったことがわかったのであった。

相変わらず、引きが強いねえ。

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「ふるさと納税」について考える、のココロだぁ~

(BGM)(ナレーション)

「『鬼沢昭一の、鬼沢昭一的ココロ』、今日は、『ふるさと納税について考える』

口演:鬼沢昭一

筋書き:鬼瓦権造

お囃子:山本直純」

(BGM終わり)

どうも「ふるさと納税」について、本気で考えなければならない時期に来ましたな。

え?遅すぎるって?まあ今まで実感がわかなかったんだから仕方がありません。

宮坂さんも、「確定申告で持っていかれるくらいだったら、ふるさと納税でもはじめようか」などと思案しているご様子。

さてその宮坂さん。休みの日に喫茶店で本を読んだり原稿の構想を練っていたりしておりますと、隣の席にアラフォーの女性二人組がやって来た。

女性のうちの一人がノートパソコンを開き、なにやら二人で熱心に画面を見ては、画面に指を指して、あーでもない、こーでもないと話しております。

ノートパソコンの画面が、ちょうど宮坂さんにも見える方向に開いていたので、見るとはなしに見ていると、そこに出ているのは、肉、肉、肉…。牛肉が並んでいる写真です。

「通販サイトで、どの肉がいいのか選んでいるのかな?」

と思っていると、どうも様子が違います。

「いやいや、これは買うんじゃなくて、あくまで寄付だから…」

と、二人は何度も、まるで自分に言い聞かせているようにくり返しているではありませんか。

宮坂さん、もう一度画面を見て、ようやくわかりました。

ははぁ~ん。これは「ふるさと納税」についてのホームページだな。

ホームページを見ながら、どこに寄付すべきか、二人でどうやら「ふるさと納税会議」をしているようなのであります。

きっとこの方たちも、確定申告で「ふるさと納税」に目覚めたに違いありません。

「みんな、どうやって選んでるんだろうねえ」

「ランキング上位ってのを見てみようよ」

「なるほど、保存がきくものも人気があるのか」

「細かいものをいっぱいもらえる方がお得感があるかも」

「自分じゃ買わないけど、もらえば嬉しい、ってものがいいのかも」

「やっぱり肉は強いわよねえ」

などと、二人の「ふるさと納税会議」は尽きません。

「でもお肉をいきなりたくさん送られてきても、困るわよねえ」

「そうねえ」

「たとえばさあ…」

「何?」

「今度この日にパーティーやるから、この日に合わせて肉を届けて、ってお願いすることもできるのかしら」

「さあ、どうかしら。でも、当然そうしてくれてもいいわよねえ」

おいおい、それじゃあ完全に通販で商品を買うのと同じじゃないか!

さっきまであれほど「寄付よね、寄付」と自分たちに言い聞かせていたのに。

…と宮坂さんは心の中で思ったのでした。

そんなこんなで、一時間ほど続いた「ふるさと納税会議」の様子を横で盗み聞きしていた宮坂さんは、いっこうに仕事がはかどらなかったのでした。

ところで、「ふるさと納税」で本当に、お届け日なんて指定できるんでしょうかねえ。いっぺん、「ふるさと納税」のスペシャリストに聞いてみないといけませんな。

次回は、「買いかぶり」について考える、のココロだぁ~

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「最終講義」について考える、のココロだぁ~

(BGM)(ナレーション)

「『鬼沢昭一の、鬼沢昭一的ココロ』、今日は、『最終講義について考える』

口演:鬼沢昭一

筋書き:鬼瓦権造

お囃子:山本直純」

(BGM終わり)

最終講義の季節であります。

「最終講義」といいますと、たいていは通常の授業の最終回の講義、という意味ではなく、それとは別に、土曜とか日曜とか、卒業生も集まりやすい日に「最終講義」と銘打った講演を行うってのが、「最終講義」ってモンです。

しかしアタクシの指導教授だった先生は、定年退職の年に、「最終講義」と銘打った講演をしませんでした。

サア困ったのは弟子たちです。先生の「最終講義」がないのならば、せめて通常の授業の最終回の講義、もちろん平日ですが、に、みんなで出席しようではないか、ということになりました。

ところが、です。

その先生は、授業の最終回の1回前の授業の最後に、こんなことをおっしゃいました。

「これで講義は終わりです。来週は休講です」

ええええぇぇぇぇっ!!!

驚いたのは弟子たちです。

仕事を休んででも授業の最終回を聴きに行って、せめてそれを「最終講義」としてみんなでお祝いしようと考えていた弟子たちは、肩すかしを食らったのでアリマス。

仰々しいことを嫌う先生ならではのお人柄が表れていて、アタクシはその先生をますます尊敬したのでありました。

しかしその先生の先生、つまりアタクシにとって祖父筋にあたる先生は、逆に最終講義に命をかけた先生でございました。

なんてったって、最終講義のためだけに準備した、とっておきの新ネタを披露して、それがその後一冊の本になったんですから。

やはり昔の先生ってのはすごいんでございますなあ。

最終講義にそこまで情熱を傾ける先生を間近に見ていたからなのか、アタクシの先生は、最終講義をやらない、という選択肢を選んだのであります。

どちらもかっこいいねえ。

さて、アタクシの知人、われらが宮坂さん。とあるところからお誘いのメールが来ました。

なんでも、偉い先生が最終講義をするので、お時間がある方はぜひ出席してほしいというメールで、その先生のお弟子さんと思われる方が、多くの人に向けて一斉に送っているようであります。

宮坂さんはその先生と若干のおつきあいはありましたが、日常的にお世話になっていたというわけでもなく、弟子というわけでもありません。それにあいにく、その日は外せない仕事が入っていて、お祝いしたい気持ちはあるものの、どうしても出席できません。

マア、多くの人に一斉メールを送っているようだし、出席できないのであれば、お返事を返すまでもなかろう、欠席とわかってくれるだろうと、そのままにしておりました。

すると数日後にまたメールが来ました。

「先日のメール、ちゃんと届いているでしょうか。まだ出欠のお返事をいただいていないようなので、明日までにご返信をお願いします」

最近の最終講義は、事前にきちんと出欠をとることになっているらしいと、宮坂さんはそのときに初めて知ったのでありました。

「ことによるとこれは、最終講義でも出欠をきっちりと確認して、単位を出すのかも知れないな」

と宮坂さんは思ったのでありました。

そうだとしたら宮坂さん、あなたの成績は「不可」ですぞ~。

明日は、「ふるさと納税」について考える、のココロだぁ~!

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読者様の中に、お医者様はいませんか?

2月19日(金)

調査最終日。

朝から下痢がとまらず、ひどく寒気がする。

風邪をひいたのか?

朝9時から調査が始まったが、とても調査どころではない。

立っていられないくらい辛い。それに言いようもない倦怠感におそわれた。

いま流行している感染症か?とも思ったが、高熱が出たわけでもない。

調査は午前中に終わり、午後は少し市内を観光して帰るつもりだったが、とてもそれどころではない。みなさんと別れてから、すぐに帰ることにした。

家に帰ってすぐに眠りにつき、翌日、なんとか体調が戻った。

似たようなことが、以前にもあった。

眼福の先生と「ガードレールが黄色い県」に調査に行ったときの2日目も、突然風邪の症状が出て、調査が辛くなった。その後、ほどなくして体調が戻った。

つい先日もそうである。

2月6日(土)、7日(日)と、二日間ぶっ通しで、気を遣う仕事があり、しかも両日ともに夜に懇親会があった。

その翌日、やはり下痢がとまらず、寒気がして、立っていられないくらいの倦怠感におそわれたが、翌火曜日にはほぼ回復した。

下痢と寒気といいようもない倦怠感におそわれ、1日休むと、体調がほぼ回復する、というのがパターンのようである。

いったい原因はなんだろう?

この3回に共通することを考えてみると…。

つい先日も同じような体調不良となったことを考えると、「眼福の先生」との調査の際にかぎって体調を崩す、というわけではない。

では、夜の懇親会でビールを飲んだからか?

いや、ビールを飲んでも体調を崩さないときのほうが多い。

うーむ。では原因は何だろう?

夜の懇親会で、美味しくて新鮮な生魚を食べたせいだろうか?

2

まさかね…。

私の症状について、妻が義妹にLINEで聞いてみたところ、

「疲れから来た風邪ではないか」

と見立ててくれたが、そもそも義妹は医者ではないし、何より以前、私の耳の異常を、「疲れているときに気圧の変化が作用して、中耳炎になりかけているに違いない!」と見立て、慌てて耳鼻科に行ったら、耳鼻科のお医者さんに

耳垢のたまりすぎです

と言われたことがあったので、義妹の言うことは信用できない。

ということで、私の体調不良の原因が何なのか、皆目見当がつかない。

読者様の中に、お医者様はいませんか?(詐称してはいけません)

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眼福の先生との旅

2月18日(木)

今回の旅の目的は、眼福の先生とご一緒して例のモノを調査することである。

眼福の先生とは、もう何度一緒に旅していることだろう。

眼福のひととき

メイン・イベントの日

七夕の再会

ひとり集中講義

上が下で、下が上

M氏の宝物

老先生にばかりなぜモテる

眼福の先生との再会

へそ曲がりと好奇心

日本でいちばん暑い町

眼福の調査団

メタリックと背広と八丁味噌

眼福の先生との調査

「あなたのせいですよ」と眼福の先生が私に言った。

引退しようと思っていた私を、あなたがこの世界に引きずり戻したせいで、私の老後の人生設計が狂ってしまった」

「この世界に引きずり戻した」というのは、私が「前の職場」にいたときに、先生を調査講演会にお呼びしたことがきっかけとなって、その後も調査のために一緒に全国各地を行脚するようになった事態のことを意味する。

「老後の人生設計、ですか?」

「私には、東海道の宿場町を歩いてまわるという老後の夢があった。だがあなたのせいで、こちらの調査にかかりきりになり、そんな余裕はなくなってしまった」

しかし眼福の先生は、まんざらでもない、という顔をされた。

「あなたが私をこの世界に引きずり戻してくれなかったら、ここまで研究を継続することはできなかったでしょう」

傘寿をすぎた眼福の先生の言葉は、私にとって過分なお褒めの言葉である。

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再遭遇!駅弁スマホ女

2月17日(水)

またまた旅の空です!

2ヒントは、「初めて乗った新幹線で終点まで行きました」。

さて、その新幹線の中にて。

途中のO駅から乗ってきて、私の座席の隣に座ったのが、ビックリするくらいケバい、20代くらいの女性だった。

ピンクのスーツケースと、ピンクのハンドバッグを持っていた。

(あ~、俺のイヤなタイプの人だ)

その人が握りしめていた切符を見ると、その人は、O駅の次のT駅で降りるようだ。

(よかった。30分の辛抱だ)

その人は、O駅で買ったと思われる駅弁を座席の前のテーブルに置いた。これから駅弁を食べるらしい。

開いた弁当を見ると、俺だったら絶対買わないよな、という、あまり美味しそうにも見えない駅弁である。なんでこんな弁当をチョイスしたのか?

まあそれは、よけいなお世話なのだが。

しかも次のT駅までの所要時間は30分弱である。30分で弁当を食べきれるのだろうか?

まあそれも、よけいなお世話なのだが。

その女性が駅弁を食べ始めたのを見て、驚愕した。

お弁当をひとくち食べては、スマホを5分ほどいじっているのである。

ひとくち食べては5分スマホをいじり、またひとくち食べては5分スマホをいじる。

出た!例の「駅弁スマホ女」だ!

ここにも生息していたか!

よく観察すると、弁当のご飯を、ほんのひとくち食べては、咀嚼しているあいだに、スマホをいじっているのである。

私はこれを、「駅弁スマホダイエット」と名づけて、新手のダイエット法だと勝手に位置づけている。

それにしても心配なのは、次のT駅まで30分しかないのだ。

そんな食べ方をしていたら、T駅に着くまでには食べ終わらないぞ!

しかし、「駅弁スマホ女」はそんなことを意に介することなく、ひとくち食べてはスマホを5分、と繰り返している。

そうこうしているうちに、まもなくT駅に到着しますという車内アナウンスが流れた。

駅弁の中身を見ると…。

まだ8割も残っているではないか!

「お前、本当に駅弁を食う気あんのか!」

と、胸ぐらをつかんで問いただしたい心境になった。

しかし、「駅弁スマホ女」はそんなことを意に介することもなく、食べかけ、というかほとんど手をつけていないに等しい駅弁をビニール袋に入れて、新幹線を降りていった。

「だったら何で駅弁を買ったんだよ!」

と、胸ぐらをつかんで問いただしたい心境になった。

「嫌いなタイプの女性はどんな女性ですか?」

と問われたら、今なら迷わず、

「駅弁スマホ女!」

と答えたい。

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風の便りに吹きだまりを

筒井康隆の小説に『残像に口紅を』というのがあって、以前に「前の前の職場」の元同僚だったKさんに勧められて読んだのだが、これがたいそう面白かった。

日本語の五十音の音が、1つずつ、しだいに小説の中から失われていくという内容で、筒井康隆の発想に舌を巻いたものである。

このブログでは、

「記事の中からしだいに固有名詞をなくしていくこと」

をめざしているのだが、言ってみればそれは、筒井康隆の『残像に口紅を』の顰みに倣っていると、いえなくもない。

たとえば、前回の記事には固有名詞が登場していないが、前々回の記事には、最後の最後で、固有名詞がうっかり登場してしまっている。

曰く、「TBSラジオ」「大沢悠里の『ゆうゆうワイド』」「伊集院光」である。

このブログの趣旨からすれば、本来はこれらも、固有名詞を使わずに表現しなければならないのである。最後の部分は、次のように書くべきなのだ。

「そんな折、30年続いた民放ラジオの朝のワイド番組がこの4月で終了し、「ラジオの神様」が勇退。後番組を、「私と同じ世代のカリスマラジオDJ」が担当する、というニュースに接した。

そうか、「私と同じ世代のカリスマラジオDJ」がついに後を引き受けるのか…。

そのニュースに接して、私はその先生からの仕事の依頼を引き受けることにした。」

そしてこの記事でも、「筒井康隆」という固有名詞をうっかり書いてしまったが、本来であれば、

「実験的な手法で数多くのコミカルでナンセンスな小説を発表している作家の小説に、日本語の五十音が1文字ずつこの世から消えてゆく、という小説があって…」

と書くべきかも知れない。

究極的には、「固有名詞のまったく出てこないブログ」をめざしたい。

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最低な話

忙しくてテレビを見る時間がなく、もっぱらニュースはインターネットのサイトで見るしかないのだが。

最近、政治家がいろいろな不祥事を起こしていて、それについて「元お笑い芸人で元政治家」という人が、テレビ番組でそうした政治家たちに関するいろいろなウラ話を暴露した、という話がニュースになっていて、

「他人を売ってまでして自分の存在感をアピールするなんて、最低だなあ」

と思ったのだが、その人はもともと自分の師匠のウラ話を売ってのし上がったような人なのだから、むかしから変わっていないといえば、変わっていないのだろう。

「元お笑い芸人で元政治家」のテレビでのそんな発言を、裏とりもせずにそのまま載せているニュースサイト、というのも、最低だなあ、と思う。

それを読んでいる私も同罪なのだが。

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決め手は「ゆうゆうワイド」

何も書くことがないので、一度ボツにした記事を載せる。

大学時代、とても恐い先生がいた。

講義が始まると、教室の扉に鍵をかけて、遅刻者を教室に入れない。

授業中、寝ている学生がいると、黒板消しの裏の硬い部分で、寝ている学生の頭を思いっきりひっぱたく。

いまだったらたちまち問題になることだろう。

大学院の演習も、ほとんどの大学院生が震え上がって出席せず、外国人留学生ばかりだったと聞いた。

学問的に厳格で、性格も偏屈で、その先生を評価する人はあんまりいないようだった。

私はその先生とは専門を異にしていたので、学生時代に講義を聴講した程度で、ほとんど接点がなかったのだが、就職して数年たってから、いろいろな会合でお会いするようになり、お会いするたびに、親しく話しかけてくださった。学生時代に目の当たりにした「恐いイメージ」は微塵も感じられず、「まるくなったのかな」と思った。

しかし時折見せる「偏屈さ」は変わっていなかった。会合でうっかり不用意な発言をすると、そこを執拗に攻めたてる。私もそれを一度経験したのだが、そのときは、まるで学生時代に戻った錯覚にとらわれたものである。

だが概して私はその先生にひどく気に入られているようで、その先生からいろいろと小さな仕事を依頼されるようになった。恐い先生なので、当然、断ることはできない。引き受けたとして、ヘタな仕事をしてしまったら、厳しい口調で一刀両断される。進むも地獄、引くも地獄なのである。

その先生は昨年、現役を引退したのだが、その先生からつい先日、仕事の依頼が来た。今度はとても大がかりな仕事の依頼である。

自分が中心になって取り組みたい仕事なのだが、年齢も年齢だし隠居の身なので、若い人たちが中心になって進めてもらいたい、と、私を含めた3人の名前をあげていた。

私にはとても身に余る仕事だし、何よりいま目の前にある仕事だけでもイッパイイッパイである。引き受けたとしても、とても全うできる自信などない。

しかもその仕事には、私よりもはるかにふさわしい、適任の同業者が何人もいるのだ。

私はその先生に、私よりもふさわしい人を紹介することでその仕事を免れようと考えたのだが、たぶん先生は、「そういうことじゃない!」と首を縦にふらないだろう、と思い直した。

それに、ふさわしいと私が考えている人は私よりもはるかに売れっ子なので、すでに断られている可能性もある。それで私に仕事がまわってきたのかも知れない。

引き受けるべきか否か。

そんな折、30年続いたTBSラジオ「大沢悠里のゆうゆうワイド」がこの4月で終了し、後番組を伊集院光が担当する、というニュースに接した。

そうか、伊集院光がついに後を引き受けるのか…。

そのニュースに接して、私はその先生からの仕事の依頼を引き受けることにした。

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ノンストップ週末

2月13日(土)

鬼河原亭権三(ごんざ)でございます。

独演会も無事に終わりました。

お客さんの数は、アタシの高座にしては多かったけれど、この会場で行われているふだんのお客さんの入りからすると、スカスカでした。

マニアックなネタだったから仕方がない。あと、アタシには華がないことを痛感した。

そんな中あーた、高校時代の後輩のジロー君が来てくれましたよ。しかもご夫婦で。

まったくマニアックな内容だったにもかかわらず、しかも夕方に自分のライブがあるというのに、わざわざ来ていただいたのは、ありがたいことです。

アタシの高座に、高校時代の仲間が聴きに来てくれたのは初めてですな。

嬉しいひとときでございました。

さて、その余韻に浸る間もなく、3時過ぎに独演会が終わったあと、職場を出て、東京駅から新幹線と在来線を乗り継いで2時間50分ほどかかって着いた先が、北国のある町。夜9時になろうとしていた。ま、これだけじゃどこだかはわからねえだろうな。

この町で年に一度の「同業者祭り」があるのだが、今年は初日が独演会と重なってしまったため、2日目のみの参加となった。

駅に着くと、Iさんが待ち構えていて、

「これから2次会です」

という。

すでに初日の盛大な1次会を終えた人たちが、散り散りに2次会へと向かっていたようだが、Iさんを含めた10人に誘われ、ホテルにチェックインする暇もなく、そのまま駅前の居酒屋に連れていかれた。

さあそこから、2日目である翌日、朝から夕方までイベントに出て、新幹線で東京に戻るまで、ノンストップである。

すっかり疲れはててしまった。

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迷惑電話あるある

2月12日(金)

前の職場ではよく、

「投資のために、都内のワンルームマンションを買いませんか?」

みたいな迷惑電話が、頻繁にかかってきた。「××××(会社名)」という会社から、である。

みなさん、どんなふうにして撃退しています?

私はいまだに、どんなふうにして撃退していいのか、よくわからない。

一説によると、そのテの会社の社員たちは、即座に電話を切られないよう、できるだけ長く会話をする力が試されているのだとか。

撃退の方法の一つとして、「瞬殺」、つまり、すぐに電話を切る、というのがあるが、それだと芸がないし、こちらとしてもなんかイヤなことをした気分になる。

かといって、話を全部聞いた上で、「興味ありません」と答えるほど、暇ではない。

さて、どうしたものか…。

今の職場の仕事部屋でも、たま~にかかってくるのだが、

「××××(会社名)と申しますが、○○さんですか?」

という。また「××××(会社名)」かよ!前の職場にも同じ会社名で何度もかかってきたぞ!

いったい「××××(会社名)」は、どんだけの数のところに電話をかけまくっているのか?

ところで「○○さんですか?」という、その○○さんというのは、私がこの職場に来る前の、その仕事部屋の住人の名前である。

つまり、古い電話帳か何かを使って、かけてきているようなのである。

最近は個人情報がうるさくなり、職場の電話番号も不用意に外に出さなくなったこともあり、更新されないままなのだろう。

こういうときは、胸を張って、

「いえ、違います」

といって電話を切ることができる。

だが職場の仕事部屋にかかってきた外線電話に対して、うっかり私が、

「ハイ、鬼瓦です」

と名乗ってしまい、電話の主が「××××(会社名)」だったりすると、万事休す、である。次回からは、

「××××(会社名)と申しますが、鬼瓦さんでいらっしゃいますか?」

と尋ねられ、

「はい、そうです」

とつい答えてしまい、そこから迷惑電話が執拗に繰り返されることになるのである。

だから職場の仕事部屋にかかってきた外線電話を取るときには、

「もしもし」

とだけ言って、絶対にこちらからは名乗らないようにしている。

さて、家のほうはというと、日中は家にほとんどいないし、家の固定電話の番号をほとんど公開していないので、まず迷惑電話がかかってくることはないのだが、休日の夕方とか、たまに家にいると、かかってくることがある。昨日がまさにそうだった。

「もしもし」

例によって、受話器を取っても決して自分からは名乗らないことにしている。

「××××(会社名)と申しますが…」

出た!あの会社だ!

どんだけ手広く迷惑電話をかけているんだ???

しかしおかしい。まだ私はこの家に引っ越してきて2年。電話番号もどこにも公開していない。どうして私の家の電話番号がわかったのだろうか?

次の言葉に、耳を疑う。

「あのぅ…いま、用件を言ってよろしいでしょうか?」

ええええぇぇぇぇっ!!!

きゃつ、電話に出た相手の名前も確認せずに、一方的に用件を言おうとしているぞ!

電話の相手が誰であろうと関係なく話そうとしている。

というか、こうなると当てずっぽうの電話番号で電話をかけまくって、

「投資のために、都内のワンルームマンションを買いませんか?」

と言いまわっているとしか思えない。

私が誰かなんて、関係ないのだ。

おそるべし、「××××(会社名)」である。

次はもうかけてくるな!

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決め手は「ゆうゆうワイド」

大学時代、とても恐い先生がいた。

講義が始まると、教室の扉に鍵をかけて、遅刻者を教室に入れない。

授業中、寝ている学生がいると、黒板消しの裏の硬い部分で、寝ている学生の頭を思いっきりひっぱたく。

いまだったらたちまち問題になることだろう。

大学院の演習も、ほとんどの大学院生が震え上がって出席せず、外国人留学生ばかりだったと聞いた。

学問的に厳格で、性格も偏屈で、その先生を評価する人はあんまりいないようだった。

私はその先生とは専門を異にしていたので、学生時代に講義を聴講した程度で、ほとんど接点がなかったのだが、就職して数年たってから、いろいろな会合でお会いするようになり、お会いするたびに、親しく話しかけてくださった。学生時代に目の当たりにした「恐いイメージ」は微塵も感じられず、「まるくなったのかな」と思った。

しかし時折見せる「偏屈さ」は変わっていなかった。会合でうっかり不用意な発言をすると、そこを執拗に攻めたてる。私もそれを一度経験したのだが、そのときは、まるで学生時代に戻った錯覚にとらわれたものである。

だが概して私はその先生にひどく気に入られているようで、その先生からいろいろと小さな仕事を依頼されるようになった。恐い先生なので、当然、断ることはできない。引き受けたとして、ヘタな仕事をしてしまったら、厳しい口調で一刀両断される。進むも地獄、引くも地獄なのである。

その先生は昨年、現役を引退したのだが、その先生からつい先日、仕事の依頼が来た。今度はとても大がかりな仕事の依頼である。

自分が中心になって取り組みたい仕事なのだが、年齢も年齢だし隠居の身なので、若い人たちが中心になって進めてもらいたい、と、私を含めた3人の名前をあげていた。

私にはとても身に余る仕事だし、何よりいま目の前にある仕事だけでもイッパイイッパイである。引き受けたとしても、とても全うできる自信などない。

しかもその仕事には、私よりもはるかにふさわしい、適任の同業者が何人もいるのだ。

私はその先生に、私よりもふさわしい人を紹介することでその仕事を免れようと考えたのだが、たぶん先生は、「そういうことじゃない!」と首を縦にふらないだろう、と思い直した。

それに、ふさわしいと私が考えている人は私よりもはるかに売れっ子なので、すでに断られている可能性もある。それで私に仕事がまわってきたのかも知れない。

引き受けるべきか否か。

そんな折、30年続いたTBSラジオ「大沢悠里のゆうゆうワイド」がこの4月で終了し、後番組を伊集院光が担当する、というニュースに接した。

そうか、伊集院光がついに後を引き受けるのか…。

そのニュースに接して、私はその先生からの仕事の依頼を引き受けることにした。

この先どうなるかは、わからない。

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権三(ごんざ)師匠の悩みごと

2月10日(水)

鬼河原亭権三(ごんざ)でございます。

いえね。うっかり「体調が悪い」なんて書いて、そのあとブログの更新もしないもんだから、ことによるとアイツ、死んだんじゃねえか、なんて言われましてね。

大丈夫、ホレ、この通り、ピンピンしてますぜ。

今日(2月10日)だってあーた、「先週行った県と同じ県」にある「新幹線の鈍行しかとまらない駅」の町まで、仕事で行ってきましたからね。この二つのヒントで、もうおわかりでしょ?えっ?わからねえって?わからねえヤツは置いてくぞ、ホントにもうしょうがねえなあ。

で、今週末のことなんですがね。何でも?埼玉で?サイクルエキスポ?なんてのがあるっていうじゃないですか。吹きだまり自転車部部長のアタシも誘われてるんですがねえ…。

この日はあいにく、うちのホームグランドの「寄席わかたけ」で、アタシの独演会があるんですよ。2時間、高座をつとめなきゃなんない。

で、古典をやろうか、新作をやろうか、と直前まで迷ってましてね。なかなかネタが決まらなかったんですが、一昨日あたりから、ヨシ!ここは思い切って新作をやろうじゃないかってんで、新作をこさえることにしたんですが、マアこれが大変で。

作り始めたのはいいが、迷走に次ぐ迷走で、「この噺、どうやって収束させたらいいんだ?」なんつって、わかんなくなっちゃった。

それにだいたいが凝り性だもんで、パワポなんかどんどんスライドを足しちゃったりなんかして、カオスになっちまったり。

独演会でパワポ?何だそりゃ?…まあいいか。

それに、寄席の支配人からは、印刷の都合があるから明日までに紙原稿を耳をそろえて出せ、なんつってね。

独演会で紙原稿?何だそりゃ?…まあいいか。

それに、「パワポの画面を印刷するなんて能がないぜ。パワポとは別にオリジナルの紙原稿を作んなきゃダメだぁ~」だなんてポリシーを自分に課しちまったもんだから、負担が2倍になって、よけいに自分の首を絞めちゃう。

ほかの噺家さんは、独演会の準備をどうやっているんだろうなあ。いまだにどうやったらいいのかわかんない。

はたして新作落語は独演会にかけられるのか?

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出世する人

体調が悪いので、悪いことしか思い浮かばない。

昔の知り合いから、思い出したようにメールが来ることがある。

昔の仲間と食事会をしませんかというお誘いなのだが、僕自身、その人たちを仲間であると認識したことはなく、何より平日の昼間に都内でランチなどというのは、こちとら仕事が忙しくどだい無理な話であるので、メールが来るたびにお断りしていた。

そのメールには、近況のようなものが書かれていて、「○○さんが○○長になられると聞いて、いささか感慨深く思っているところです」などと、独特の言い回しで他人様の出世の噂話を嬉々として書いているのだが、他人様の人事にまったく関心のない僕にとっては、どうでもいい話である。

それよりもいつもそのメールで違和感を抱いていたのは、メールの最後についている「署名」というやつである。

職場のメールアドレスで送ってきているので、職場での所属や肩書きを書いているのは別にかまわないのだが、その下に、ある任意団体の「○○長」である旨の署名が記載されていた。

その任意団体というのは、権力や権威に対して理論武装をして抗おうという団体で、いちおう僕も名前だけは加入していた。

僕は権力や権威が大嫌いで、そういったものには常に疑いの目でのぞまなければならないと思っている人間なので、そうしたことについても関心があるわけなのだが、かといって僕は、その人と一緒に活動したいかというと、そんなことは全然なかった。なんとなく、その人に対して違和感を抱いていたからである。

そしてその違和感の理由が、メールの「署名」に書かれている「○○長」という肩書きだったことに、いまになって気づいたのである。

その任意団体をとりまとめる○○長という仕事は、たしかに大変な仕事で、ほとんど引き受け手のないその仕事を厭うことなく引き受けていることじたいはすごいと思うのだが、メールの署名に自分から「○○長」と名乗る感覚が、僕にはわからなかった。僕の心がねじ曲がっているのかも知れないが、「○○長」であることを誇示しているかのように、僕には思えて仕方がなかったのである。

反権力・反権威を高らかに唱える任意団体の幹部が、「○○長」であることにご満悦であるのは、矛盾しているのではないか?もっといえば、その人は実は権威主義者なのではないだろうか、と。

そう思う根拠は、ないわけではないのだが、ここでは省略する。とにかく、いままでのその人の言動を見ていると、なんとなく権威主義が見え隠れするのである。反権威とか反権力とかいうのは、単なるポーズなのではないか、とまで疑いたくなるのである。

だが、そんなことを考える僕の心がねじ曲がっているのではないか、という不安は、常につきまとっていた。なにしろ、○○長などという誰もやりたがらない面倒な仕事を厭うことなく引き受けていること自体、誠実な人柄なのではないか?そして人に対してそつなくふるまい、きっと重宝されているに違いないのである。

その人とむかし一緒に仕事をしたという人に、聞いてみたことがある。

「あの人のことですか。一緒に仕事しましたけど、僕、嫌いでしたよ」

と、その人ははっきりと僕に言った。その理由ははっきりとは教えてくれなかったが、話の様子から、やはり「無邪気な権威主義者」であることを言動から察知したからなのだろうと、僕は推測した。その人と一緒に仕事をしたという人もまた権威が大嫌いであることを、僕は知っていたからである。

だいたい、その人と話をするときの話題のほとんどは、「他人様の出世」だとか、「他人様の人事異動」といった、僕には何の興味もない話題ばかりだったのだ。人事について僕に探りを入れてくるようなこともあったが、僕は知らんぷりをした。

いったい、何でそんなに他人様の噂話に関心があるのだろう?と疑問で仕方なかったが、ハタと気がついた。そうやって人より早く情報を掌握することが、他の人よりも優位に立てることを意味するのである。

「○○さん、○○長になったんですよ」

「へえ、そうだったんですか」

「あ、知りませんでした?」

「はぁ」

こんなくだらない会話を何度繰り返したことか。

しかしそれこそが、この世の中で出世するための方法なのだ。

僕にとってはどうでもいいことなのだが。

きっとその食事会とやらでも、

「○○さんが○○長になられるとを聞いて、いささか感慨深く思っているところです」

などと、そんな話題に終始しているのだろう。そしてこまめに食事会を設定することじたいも、出世する人間の条件なのだろうな。

…うーむ。いかに体調が悪いとはいえ、話題が暗すぎる。

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スプーンおばさん

2月7日(日)

この2日間は、休日にもかかわらず、よく仕事をした。

それはともかく。

朝起きてテレビをつけたら、「スプーンおばさん」という懐かしいアニメが放送されていた。

残念ながら、テレビをつけたときはすでに本編が終わっていて、ちょうどエンディングの歌のところだけ見ることができた。

「スプーンおばさん」、なんとなく見た記憶があるのだが、内容はまったく覚えていない。

だが、エンディングの歌を久しぶりに聴いて、思い出した。

私がこの歌が大好きだったことを、である。

アニメの内容自体は覚えていないが、エンディングの歌は、口ずさむことができる。

「クマのドラムに合わせながら シルクハットのアヒルが踊るの」

という部分が、とくに好きである。

何より、私はこの歌手の歌声がとても印象的で、大好きだったのだ。

だが、残念なことに、肝心の歌手の名前が思い出せない。

うーむ。歌声はよく覚えているし、大好きだったという記憶があるのだが、この歌はいったい誰が歌っているのだろう?

たしか、1980年代前半に活躍した歌手だったと記憶する。

ちょうど私が、YMOを聴きまくっていた時期である。

うーむ。思い出せない。私が好きだったこの歌声の歌手とは、いったい誰だったのか?

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あの写真は何だったのか

2月4日(木)

ひどく伝わりにくい話。

Photo_2雪深いことで有名な北国の内陸の町に出張である。

出張先まで、町の中の観光スポットをめぐるバスに乗る。ふつうの路線バスよりも少し小さくて、レトロなデザインのバスである。

進行方向左側の一番前の席に座ると、あることに気づいた。

私のすぐ目の前には、乗客が乗り降りするための前方部のドアがある。

そのドアの上を見上げると、ふつうはポスターや注意書きが貼ってあったりするのだが、そこには、A3サイズくらいの、1枚の写真が貼ってあった。

その写真というのは、アラサーくらいの女性が、バスガイドらしき制服を着て、にっこりと笑っている写真である。

ちょうど、胸のあたりから上が写っていて、制服の胸元には、「○○バス I井」という名札がついていた。

このバス会社の女性社員のようだ。

最初は、バス会社のポスターなのかな、と思ってみたのだが、どうも様子がおかしい。

ポスターだったら、キャッチフレーズとか、会社名とか、そういったものがレイアウトされているはずだが、そういったものは一切なく、いってみればただのスナップ写真なのである。

写真についての説明も一切ない。

構図も、人物が少し左に寄っていて、とてもプロが撮った写真とは思えない。写っている人物も、プロのモデルさんではなく、本当にバス会社の社員であると思われる。

いってみれば、デジカメで撮ったバスガイドのスナップ写真を、A3の紙にプリントアウトして貼っている、といった感じなのである。

もう一つ、違和感があるのは、その人物の背景には何も写っておらず、たんに緑色なのである。

見れば見るほど、不気味に思えてきた。

いったいこの写真は、何でここに貼られているんだ?

いくつか可能性を考えてみた。

この写真は、ちょうど運転手が左を向いた目線の先に貼ってある。

ひとつは、このバスの運転手さんが、この女性のことが好きで、運転席から見える位置にこの写真を貼っているのではないか、という可能性。

…だとしたら、かなり気味が悪い。

あるいは、この写真の女性と運転手が夫婦なのか、とも思ってみたが、運転席に掲げてある運転手の名前を見ると、「I井」ではないので、夫婦関係ではない。

ほかに可能性はないものか…。

遺影?

まさかね。そうだとしたら、ますます気味が悪い。

しかし、そうしたことを連想させるような写真の雰囲気なのである。

それにしても、観光地をめぐるせいか、このバスはやたら自動音声による説明が多いなあ。

そこでハタと思いついた。

この自動音声を喋っている女性の声が、この写真の人なのではないか?

このバスには実際にはバスガイドがいないので、雰囲気だけでもバスガイドがいるという体(てい)で、ドアのところにバスガイドの写真を貼っているのではないだろうか?

もしそうだとしても、何の説明も書かれていないので、そのことに気づく人は誰もいないだろう。

それに自動音声の声は機械的で、写真の女性が喋っているものとは、とうてい思えない。

そんなことを考えているうちに、バスは目的地の停留所に着いた。

あの写真は、いったい何だったんだろう…?

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めくるめく読書エッセイ

いまだに、高校時代の友人、元福岡のコバヤシには、教わることが多い。

昨晩遅く、携帯にメールが来た。

「こんばんは。コバヤシです。

相変わらず忙しいのでしょうが、お元気でしょうか?

ところで、どうでも良い話ではありますが、会社の今の上司が、活字中毒者&漫画マニアなのですが、最近、川上未映子と何とか(名前失念)という歌人の対談集を貸して貰ったところ、意外に面白く、そう言えば最近買った文芸誌に川上未映子と村上春樹の対談があったので、読みました?と聞いたところ、読んでな無いので貸してということで会社に持って行ったら、その雑誌に詩人の工藤直子(上司曰わく巨匠らしい)と松本大洋のコラボによる連載が有り、むしろ、そちらに過剰に反応していました。この2人は実は親子だそうで、2人が一緒に仕事をするのは始めてではないかと、しきりに感激していました。前置きが長くなりましたが、上司が、松本大洋は絵も上手いし天才なんだと力説するので、高校時代の友人が子供向けの本を書いた際に松本大洋が表紙を書いてくれたと自慢していた、と言ったら、それは自慢しても良い話だ凄いことだ、と言われました。今更ながら、ふ~んと思った次第。それではということで、その上司に何か松本大洋の漫画を貸して下さい、と頼んだら竹光侍というのを貸してくれて、今読んでますが、独特の画風と相まってかなり良いですね。貴殿が自慢していたのも、成る程と思っているところです。

と、長々とどうでも良い話を失礼しました。暇が出来たら、またそのうち飲みにでも行きましょう。

では、また。」

この短いメールの中に、私の知らない情報がたくさん詰まっている。

川上未映子(私はこの作家の小説をまだ読んだことがない)と、何とかという歌人の対談集。

川上未映子と村上春樹の対談が載っている文芸誌。

その文芸誌には、工藤直子(この詩人の名も初耳である)と漫画家・松本大洋のコラボの連載が載っていて、しかもその二人は親子であるとのこと。

漫画家・松本大洋は、私の本の表紙の絵を描いていただいた漫画家なので、よく知っている。お会いしたことはないが。

そしてまわりまわって、コバヤシは、松本大洋の「竹光侍」を読んだ、というのである。

もはやこれは、一つの読書エッセイである。

このメールに書かれている情報は、どの程度周知の事実なのか?単に私が無知なだけなのか?

とにかく、無知な私は、こうやって高校時代からずっと、コバヤシからいろいろなことを教わってきた。

ジャズ然り、蕎麦然り。

そして私はこれから、一つ一つ、コバヤシがこのメールに書いていることを、後追いするのである。

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性格

以前、ある専門誌から、

「あなたがおすすめの新書を何冊かあげて、それに関するコメントを書いてください」

という依頼が来た

ただし、そこには条件がついていて、

1.ここ5年間のあいだに出された、専門分野にかかわるおすすめの新書。

2.専門分野にかかわらず、自身がこれまで読んで最も印象的だった新書。

という2種類の新書についてそれぞれあげて、コメントを書けという。

どうもその専門誌の新年号恒例の「企画」のようで、数多くの同業者に、アンケート形式で答えさせて、それを専門誌に載せるということらしい。

いつも思うのだが、そういうときに迷いなく、自分のおすすめの本について紹介できる人って、尊敬してしまう。

自分にはとてもできない。

1の「ここ3年のあいだに出された、専門分野にかかわるおすすめの新書」って、要は同業者の新書を褒めろってハナシでしょう。

性格の悪い私には、他の同業者を利するような紹介文など、決して書きたくはないのだ。

もうひとつの、「自身がこれまで読んで最も印象的だった新書」。これならば、書けそうだ。

私がこれまで読んで最も感銘を受けた新書は、心理学者・宮城音弥の『性格』(岩波新書)である。

そしてたぶん、私が最初に読んだ新書が、これだった気がする。中学のときだった。

自意識過剰が炸裂していた中学のとき、自分の性格を分析しようと思って買ったのだと思う。いずれにしても、私の人格形成に大きな影響を与えた新書なのだ。

この本はいまでも、私にとっては性格分析の指針となっている本である。たぶんいまとなっては、学説的に問題があるのかも知れないけれど。

しかし、これはあくまで自分の人格形成に影響を与えた新書であって、これを人に薦められるかというと、ハナシは別である。

しかも、いまの私の専門とは、まったく違う分野の新書なのだ。たぶんそんな新書は、求められていないだろう。

ということで、専門誌からの依頼を、丁重にお断りすることにした。

年が明けて、専門誌が送られてくると、新年号の企画として、「おすすめの新書」について、数十名の同業者たちのアンケート結果が載せられていた。

何のてらいもなく書けてしまうって、ほんと、尊敬してしまう。

2の「専門分野にかかわらず、自身がこれまで読んで最も印象的だった新書」のほうを見ると、そうはいってもどこかしら、自身の専門分野にかかわる新書を紹介している。さすが、みなさん専門誌の意図を理解して書いていらっしゃる。

私が、自分の専門とはまったく関係のない宮城音弥『性格』を紹介していたら、きっとバカにされただろう。

依頼を断って、本当によかった。

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