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「クラウドアトラス」の呪縛

3月28日(月)

映画「クラウドアトラス」がいまだに尾を引いている。

夕飯を食べている最中にも、

「そうか!劇中で作曲される『クラウドアトラス六重奏』っていう曲名は、六つのエピソードを象徴的にあらわしているのか!」

とか、

「そうか!シックススミスの殺され方は、彼の恋人であった作曲家の青年の自殺の仕方と、同じなんだな!」

などと、それまで何の気なしに見ていた場面について、ハタと気づいたりすることがある。

とにかく「クラウドアトラス」のことが気になってしょうがないのだ。

何でこんなに「クラウドアトラス」のことを考えなければいけないんだ?

いまは、録画した「クラウドアトラス」を、もう一度最初からみて、場面一つ一つの意味を検証しているところである。

6つの、時代の異なるエピソードが、微妙にリンクしながら同時的に進んでいく。

それを読み解いていくのは、至難の業である。

これほど脳がしんどくなる映画も珍しい。

こんなもの、劇場で一度見ただけでは、ナンダカワカラナイぞ。

6つのエピソードのうちの一つ。編集者のカヴェンディッシュが、虐待ばかりする老人ホームに強制的に入れさせられ、耐えかねたカヴェンディッシュがそこから逃げ出そうとする場面がある。

…と、こう書いても、何が何だかサッパリわからないだろう。だがストーリーがこうなっているのだから仕方がない。

さてそのときカヴェンディッシュは、次のように叫びながら逃げようとする。

「ソイレント・グリーンの原料は人間だ!」

このセリフの意味がよくわからない。

そこで、「ソイレント・グリーン」を調べてみると、1973年公開の映画に「ソイレント・グリーン」というタイトルの映画があり、その内容はかなり衝撃的なもののようである。その映画の中で叫ばれていた重要なセリフが、

「ソイレント・グリーンの原料は人間だ!」

なのである。

しかも、このセリフをカヴェンディッシュに叫ばせた制作者の意図は、ペ・ドゥナがクローン人間を演じる近未来の「ネオ・ソウル」でのエピソード、つまり別の時代のエピソードの、重要な伏線になっているのだ!

「なるほど、ペ・ドゥナが飲んでいた『石けん』というのは、そういうことだったのか…」

…と、こう書いてみても、ナニガナンダカワカラナイだろう。

というか、この映画を見たアメリカ人は、「ソイレント・グリーンの原料は人間だ!」というセリフから、

「ああなるほど、そういうことね」

と瞬時に意図を理解できるんだろうか?

こうなると、「ソイレント・グリーン」という映画も自分の目で確かめないことには気が済まなくなる。

とにかく、一事が万事こんな調子で、こうなるともう、場面場面のすべてに、何か深い意味があるんだろうと画面に集中しなければならない。だから一瞬の隙も与えられず、見ていて脳が疲労してくるのである。

「クラウドアトラス」を完全に理解するためには、まだ数ヶ月はかかりそうである。

私はあとどれくらい、「クラウドアトラス」の呪縛にとらわれなければならないのだろうか。

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