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謎の般若心経

5月18日(水)

駅でバスを待っていると、「すみません。ちょっとよろしいですか」と話しかけられた。

振り向くと、Tシャツで半ズボンの、モジャ毛の青年である。

「なんでしょう?」

青年は、私に紙を見せた。

紙には、般若心経が薄い文字で書いてある。なぞり書き用の写経用紙である。

「あのう…いま、いろいろな方の力でこの般若心経を完成させていただこうと思いまして…」

「完成させる?」

「ええ。この紙に、薄い字で般若心経の経文が書いてありますでしょう?」

「はぁ」

「これを、時間の許すかぎり、鉛筆でなぞって書いていただきたいのです」

「つまり、なぞる写経ってやつですか?」

「そうです」

なんだかよくわからない。何かの宗教なのか?

「あのう…決して怪しいものではございません。宗教の勧誘とか、何かを買ったもらおうとか、そういうことではありません」

いやいや、どう考えてもアヤシすぎるだろ!道行く人にかたっぱしから声をかけて、般若心経を写経してもらう、というのは。

この時点であなたならどうする?

風貌からなにから怪しい青年に、いきなり道端で、「あなたのお力で般若心経の写経を少しでも進めてください」と言われたら?

ふつうは断るよね。

しかし私の頭によぎったのは、みうらじゅん先生がかつてやった、「アウトドア般若心経」である。

町の看板の文字のなかから、般若心経の278文字を捜して、写真に撮って並べてみるという、まさに現代版の「写経」である。

町へ出て看板の文字を丹念に探しまわり、般若心経の全文を完成させるのだ。

この青年の試みは、それに少し似ている。

いろいろな人の力を借りて、般若心経の写経を完成させるというアイデアに、ちょっとだけ惹かれたのだ。

「よろしい。やりましょう」

「ありがとうございます。時間の許すかぎり書いてください」

すでに途中まで写経されている。誰かが写経したのだろう。

私はその続きからである。

「想行識」と3文字書いたところで、バスが来た。

「バスが来てしまったので、ここまでです」

結局、私が書いたのはたった3文字だった。

「あのう、これはいったい何のためにやってるんです?」私が聞いた。

「会社の研修です」

「会社の研修?」

「ええ。人に怪しまれないようにいろいろな人とコミュニケーションをとることができるようになることがねらいみたいです」

しかし、ずいぶんまた遠回りな方法だなあ。

こんなことで、人とのコミュニケーションが成立するのか?

というか、そもそもTシャツに半ズボンといういでたちじたいが、怪しまれると思うぞ。まずはそこを改善した方がよい。

それにもうひとつ疑問がある。

鉛筆で字をなぞって写経をしていくわけだが、お手本の字をなぞっていくかぎり、筆跡は同じになる。

つまり般若心経が完成したとしても、何人の手によって完成させたのかは、証明できないことになるのだ!

誰にも頼まず、自分一人で全部写経して、それを会社に提出したとしてもバレないはずである。

仮に会社の研修だとしても、脇のあますぎる企画である。

やはり俺はだまされているのか?

バスに乗り込み、バスが発車した。

さっきの青年を目で追っていくと、彼は別のバス停に行き、今度はそこで待っていたご高齢の集団に声をかけていた。

その方たちは、青年を見ると怪訝そうな顔をして、首を横に振っていた。たぶん、写経の申し出を断ったのだろう。前途多難である。

青年の般若心経は、はたして完成しただろうか?

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