父の主治医
6月10日(金)
人間の縁、というのは、実に面白い。
昨年の11月、父が重篤な病に陥り、かかりつけの病院に入院したのだが、そのときの主治医のK先生による適切な治療のおかげで、最悪の事態には至らず、いまは自宅でふつうの生活を続けている。
5月の大型連休に実家に戻った折に、母からこんな話を聞いた。
この4月に、父の主治医のK先生は病院を辞め、開業医となったという。そしてその場所が、私がいま住んでいる町だというのである。
調べてみると、私がいま住んでいるマンションから、目と鼻の先である。
私は父の病状の説明を聞くために、K先生に一度だけお目にかかったことがあるのだが、その説明は実にまじめで懇切で、素人だからといってバカにすることなく、専門的な話をきっちりとされていていた。
「かかりつけの医者、K先生に変えてみようかなあ」と私。
「そうしなさいよ。…でも、あの先生、恐いわよ」と母。
「そうなの?」
「お父さんが、これから車の運転はできますか?って聞いたら、『絶対にダメです!死にたいんですか?』ってひどく怒られたんだから」
「あの先生、何でもかんでも『ダメ!』っていうんだからなあ。まいったよ」と父。
「そうなの?」
「入院中に『天ぷら食べてはダメですか?』って聞いたら、『そんなの、ダメに決まってるでしょ!』とひどく怒られた」
「そりゃあ、天ぷらはダメだろうよ、医者じゃなくったってわかる」
「そうかね」
「とにかく、おまえも診療を受けたら、怒られるかもよ」
お医者さんに怒られるのが、いちばんつらい。
そんなこともあったので、なかなかK先生の病院に行けないままでいたのだが、今日、意を決して、行くことにした。
何より、これまでかかっていたお医者さんが、あんまりいい先生ではなかったので、ここらでかかりつけのお医者さんを変えたいと思っていたところだったのである。
マンションから歩いて2分の住宅地の中に、「メディカルステーション」という、開業医の集合住宅、といった感じの一角が忽然とあらわれた。その中の建物の一つが、K先生の病院である。
4月にできたばかりなので、何もかもが新しい。
「今日はどうしました?どこかお悪いのでしょうか?」
「実は、…、先生が前の病院におられたとき、父が患者として、先生のお世話になりまして…」
父の病名を話すと、K先生は完全に思い出したようだった。
「ああ!私が病院を辞める直前の患者さんでしたね」
「そうです」
「その後、お父様は…?」
「おかげさまで、自宅でふつうに生活しております」
「それはよかった。病気が悪化しなかったんですね」
「そのようです。で、先生がこちらに移られたと聞いて、私の住まいがここから歩いて2分のところですので、私もこれから先生にお世話になろうかと」
「そういうことですか」
両親が言っていたのとは裏腹に、K先生は全然恐くなかった。むしろこれまでのかかりつけのお医者さんの中で、もっとも懇切な先生だった。
「これからよろしくお願いします」
「こちらこそ」
4月に開業したばかりのK先生の病院は、まだ少しドタバタ感があったが、それもまた、人間らしくていい。
なにより、病院まで歩いて2分というのが、かかりつけの病院としてはありがたいのだ。
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