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2016年7月

ザムザ定食にたどり着かない僕の巡礼

7月31日(日)

僕がその町で仕事をするたびに訪れるのが、昔ながらの風情が残る町並みの一角にある、プラハ出身の世界的作家の名前がついたカフェだった。

友人の弟さんが経営しているという理由で最初は訪れたのだけれど、あるとき、村上春樹が自身のホームページで「一度訪れてみたい」と書いていたのを目にして、そこに行けばひょっとしたら村上春樹に会えるかもしれない、と思うようになった。

しかし今は、そんなことすらどうでもよくなった。この町に仕事で訪れるたびに、とりあえず立ち寄る、というのが習慣になってしまったのだ。

しかし相変わらず、「場違い感」をぬぐい去ることはできなかった。どう考えても僕はその町や、その町にあるその店の雰囲気にはなじまず、自意識過剰も相俟ってどうしても緊張してしまうのだった。しかも今日は特別に暑い日で、例によって汗だくでこの店に入ることになってしまったのだ。

お店の扉を開けると、「いらっしゃいませ」と店主が言った。

僕はこのお店であまり見かけない店主がいたことにびっくりし、ほとんど顔を上げることができず、いつも座る席に座った。

メニューをしばらく眺めて、夕食の時間でもあることから、食事を注文しようと思った。以前から気になっていたのが「ザムザ定食」だったのだが、どうしても、ザムザ定食を注文する勇気がなかった。もし僕がザムザ定食を注文したら、きっと村上春樹にあこがれてこの店に来たに違いないと店主が思うに違いなかったからだった。

「チキンライスをください」と、僕は消え入るような声で言った。

「チキンライスですね」と店主は言った。

「ミニコーヒーもください」と僕は言った。

「ミニコーヒーもですね」と店主は言った。

注文の食事が出てくるまで、僕は何もせずにひたすら待ち続けた。この店はブックカフェだったので、店内にある本を手にとって読むこともできたのだけれど、それよりも僕はこの店内を見わたして、その雰囲気にどっぷり浸ることのほうが、意味があるように思えたからだ。

しばらくして、チキンライスが運ばれてきた。

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チキンライスが食べ終わる頃に、ミニコーヒーが運ばれてきた。

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こうして僕は、つかの間の時間を、このプラハ出身の世界的作家の名前のカフェで過ごしたのだった。

僕がザムザ定食を躊躇することなく注文できるのはいつだろう、と思いながら、お店を出た。

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ホト根ヒーロー

7月31日(日)

またまた旅の空です!

明日朝からの仕事にそなえて、この町にやって来た。

少し早く着いたので、現在開催中のイベントを見に行く。むかしの僧侶について紹介したイベントである。

その僧侶は、人生のすべてを、貧しい人や病気の人の救済に捧げたという。

「貧しい人や病気の人を救いたい」という一心で、損得も顧みず、差別もせず、純粋な心で、人々を救ったのだという。

イベントの内容自体は、非の打ち所のない、すばらしいものだった。この点は、強調しておきたい。

しかし見終わって、ひとつの疑念が生まれてきた。

この僧侶の生前の足跡(そくせき)について、あまりにも物的証拠が多すぎるのである。

それらのほとんどが、その僧侶がいかにすばらしいことをおこなったかを示すものばかりである。

素直に受け取れば、この僧侶がとてもすばらしい人物だったことを示す何よりの証拠ばかりなのだが、ひねくれ者の私は、どうも疑い深くっていけない。

残されていないものの中にこそ、真実があるのではないかと、疑り深い私なんぞは、ついそう思ってしまうのである。

この僧侶が、貧しい人や病気の人を救うためにさまざまな施設を作ったり、人々の往来の便をよくするために道や橋を作ったりしたことは、まぎれもない事実である。

ただ、そのために勝手に人々から通行税を取ったりしてそれを原資にしていることはいただけないと、同時代の有名な僧侶がその僧侶を批判していることにも、耳を傾ける必要がある(誤解のないように書いておくと、このたびのイベントでもこの点についてちゃんと触れている)。

そういえばかつてさる高名な学者が、「そういう部分までちゃんと見ておかないと、たんなる慈悲の心だけでこの時代の宗教を評価してはいけない」と言っていたことを思い出す。

だがこの僧侶については、どんどんと「完全無欠の偉人」の位置にまつりあげられてしまっていて、はては、世界的に有名な女性宗教者に匹敵すると評価する人まであらわれた。

だが、その「世界的に有名な女性宗教者」についても、最近、手放しで聖人視することに対して疑問が出されているのだ。

イベント会場で上映されていた、この僧侶の半生をアニメにした映像を見たのだが、さながらスポ根漫画のヒーローである。この映像は、地元の小学校の道徳教育の教材用として活用することもめざしているという。

人物の評価が、ほとんどひとつの方向に突き進むことは、実に危険である。

くたばれ!偉人伝

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だんごが空を飛ぶ

7月29日(金)

またまた旅の空でした!

用務先のすぐ近くに、あの「聖地」があったので、空いた時間に立ち寄ってみました。

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ここの名物は、「だんごが空を飛ぶ」です。

川の対岸にだんご屋さんがあり、川の向こう岸にいるお客さんに、川に渡したロープを使ってだんごを届ける、というシステムです。

まず客は、かごにお金を入れて、木槌で板をたたいてそのことを対岸のだんご屋さんに知らせます。

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その音を聞いた対岸のだんご屋さんは、かごをものすごいスピードで引き寄せます。そして今度はだんごをかごに入れて、向こう岸の客のところまでだんごを届けるのです。

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ええ、もちろんやってみましたよ。

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「生ものなのですぐにお召し上がりください」とあったので、その場で美味しくいただきました。

暑い一日でした。

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検索ワードの憂鬱

ここ最近、高校時代の友人、「元福岡のコバヤシ」から、携帯電話にゴキブリに関するメールがひっきりなしにやって来る。ゴキブリとの格闘が、楽しくなっちゃったらしい。

いかに高校時代の親友といっても、彼の文章を立て続けに載せるわけにはいかないので、最新のメールの内容は、前回の記事のコメント欄に載せることにしたので、お時間のある方はお読みいただきたい。

いずれ、本ブログ左上の「アーカイブス」のコーナーにまとめて掲載しようと思うが、よくよく考えるとこれらは、アラフィフのオッサンが、ガラケーのボタンをピコピコと押しながら仕上げた妄想小説である。

つまりは、「ケータイ小説」である!!!

大多数がスマホを使っているいま、「ケータイ小説」というのは、まだ健在なのだろうか?それとも世間はいま、「スマホ小説」に移り変わっているのだろうか?さらには、ガラケーで長文を書く文化は、いまや若者ではなく中年にその中心が移り変わっているのだろうか?

そう考えると、「ケータイ小説」の変容とその社会的背景、というテーマは、卒論のネタになりうると思うぞ。

それはともかく、書くことの喜びを知ったコバヤシには、ブログを始めることをオススメする。

さて、ブログのアクセス解析には、「検索ワードランキング」というのがあって、どんな言葉で検索をかけた結果、このブログにたどり着いたのかが分析できるようになっている。

私のブログの場合、最も多いのは、

「宅配ボックス 暗証番号 わからない」

である。

世間には、自分のマンションの宅配ボックスの暗証番号がわからない人が非常に多いらしく、困り果てた人が、インターネットで検索をするらしいのである。

で、その筆頭に出てくるのが、

ああ!宅配ボックス

という私のブログなのである。

つまり、このブログで最も多くの人に読まれている記事というのが、

「ああ!宅配ボックス」

なのだ!

だが、読んでみればわかるように、この記事を読んでみたところで、何も解決はしない。

すがるような気持ちで最後まで読んだ人は、

「ちぇっ!なんの役にも立たねえ」

と、腹を立てて、もう二度と読んでくれないに決まっているのだ。

同じように、どんな検索ワードで、このブログが筆頭に出てくるかを確かめてみると、

「伊集院光 山本太郎」

「ナンシー関 矢野顕子」

「映画 蔵の中」

などで検索すると、私の記事が筆頭に出てくる。

めちゃくちゃ恥ずかしい!

ほかにもあるかも知れないが、恐くなったので、調べるのをやめた。

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ゴキブリ日記

7月26日(火)

「送られてきたメールというのは、これだけかね?」

「はい、これだけです」

「件名が『ゴキブリ日記』か…差出人が『元福岡のコバヤシ』とあるぞ」

「7月24日(土)

暫く敵は姿を見せない。どうしたのだろうか?このところ涼しいが、何か影響しているのだろうか…

昼飯の時に足下を見ると、海老の佃煮の脚が…一瞬ゴキブリの脚と見分けがつかなくなる。奴のせいで俺の頭は狂い始めたのだろうか…

7月25日(日)

朝起きてカーテンを開けると窓の片隅に2ミリぐらいの奴が。嫌な予感。冷蔵庫脇に先日仕掛けたゴキブリホイホイを見れば5ミリぐらいの奴が…夜、風呂に入る前に台所を見ればまた小さいのが…何故か昼に食った枝豆の枝の下から出てくる。しかも2つの枝の下から、それぞれ一匹ずつ。コイツらは一体何を考えているのか。すかさず捻り潰す。

それにしてもゴキブリホイホイには先ほどの一匹のみ。俺は製薬会社の犬に騙されているのか。

何も信用出来なくなってきた…

7月24日(月)

8時過ぎに会社から帰宅。家の中は蒸し暑い。何か嫌な感じが。一通り家のゴキブリホイホイを確認するも変化無し。再び台所に戻る。気配を感じ振り返れば、不貞不貞しく黒光りする奴がコンバットの陰から…久しぶりの敵に一瞬軽く目眩がしたが、すぐに我に返り隣の部屋に戻り新聞を探す。今朝捨ててしまった為全く無い。恐怖と焦りに汗だくになりながら部屋を探す。良く見れば部屋の片隅には陶芸ギャラリーから送られて来たカタログが。魯山人のを手に取り、台所へ。奴は慌てて逃げ洋服掛けの陰へ。洋服掛けをどけて、確実に奴を追い詰める。魯山人のカタログを投げつけると、少し外れたが慌てた奴はひっくり返ってもがいている。再び魯山人を投げつけ完全に仕留める。それにしても、まさか魯山人に助けられるとは…

奴はまだどこかに隠れている。俺の隙を陰から窺っているのか…

奴が死ぬのが先か、それとも恐怖で俺が狂うのが先か…」

「…うーむ」

「これはいったいどういうことでしょうか、先生」

「さっぱりわからん。なぜ日記のようなものを送りつけてきたのか」

「ジャン・ジュネの『泥棒日記』のむこうをはったのでしょうか」

「かもしれない。いずれにしても、そうとうな『ゴキブリ脳』だ」

「ゴキブリ脳?」

「すべてがゴキブリに見えてしまう脳のことさ。君には経験がないかい?」

「どういうことです?」

「たとえばだ。『畳の焦げ目を何度見ても虫だと思ってビビる』」

「なんですか?それ」

「むかし、『伊集院光 深夜の馬鹿力』の『だめにんげんだもの』のコーナーで読まれたネタのハガキだよ」

「知りませんよ」

「毎日見慣れているはずの、自分の家の畳の焦げ目なのに、つい、『ハッ!虫だ!』と思いこんでビックリしてしまうことって、ないかい?」

「ありません」

「私はある。こういうのを、ゴキブリ脳というのだ」

「なるほど。彼はそれに侵されているということですね」

「つまりは、空脳だよ」

「なるほど」

「そんなことより、私の実家の母から、電話が来たのだ」

「どうしたんです?」

「家にネズミが出たと。それ以来、常に枕元にネズミがいるような気がして、眠れないそうだ」

「なるほど、それはネズミ脳ですね」

「そういうことだ」

「それにしても、『元福岡のコバヤシ』の投稿メール、いつまで続くんでしょうね」

「決まってるさ。ゴキブリがいなくなるまでさ」

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人間ども集まれ!

以前、映画「クラウドアトラス」について書いたことがある。

時代を超えた6つの物語が交錯する、複雑きわまりない壮大な物語である。

6つのエピソードのうちの1つ、2144年の未来社会を舞台にしたエピソードでは、遺伝子操作で作られた合成人間(複製種)たちが登場する。複製種たちは人間(純血種)に支配され、労働力として酷使されていたが、これに疑問を抱いた複製種のソンミ(ペ・ドゥナ)が革命家と出会い、複製種の尊厳を取り戻そうと立ち上がる。

これとほぼ同じモチーフの物語が、手塚治虫の漫画の中にある。『人間ども集まれ!』である。

東南アジアのパイパニア共和国の戦争に義勇兵として参加していた日本の自衛隊員・天下太平は、脱走兵として捕まり、パイパニア共和国が進めていた人工受精の実験台にされてしまう。

太平の精子はきわめて特殊なもので、生まれる子どもは男でも女でもない「無性人間」だった。この「無性人間」は、働き蜂のような従順な性質を持っており、この性質を利用した医師の大伴黒主は、無性人間を大量生産して、これを兵士として世界中に輸出し、大儲けすることをたくらむ。

「商品」として輸出され、兵士として虫けら同然に扱われていた無性人間たちは、やがて人間たちに抑圧されていることに疑問を持ち、人間に対する反乱をくわだてるのである。

1967年~68年に発表された漫画だが、まるでこれは映画「クラウドアトラス」における「純血種」と「複製種」のエピソードを先取りしたような話である。いまから半世紀近くも前に、手塚治虫はすでにこんなことを考えていたのだ。

この作品自体は、当時のベトナム戦争を強烈に意識して描かれているが、いまの私たちが読んでも、いま現在の問題としてとらえることができる必読の作品である。

手塚治虫の構想力には、あらためて驚嘆せざるを得ない。

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哀しき選挙運動

ニュースで、「三つどもえ」とか「統一候補」とかいった言葉が飛び交う。それを聞いて、強烈に思い出したことがあった。

以前勤めていたところで、次期社長を決めることになった。決めるにあたり、社員の意向投票をおこなうことになった。最終的に決めるのは、しかるべき偉い方々なのだが、その参考として、社員の意向を知っておく意味で、投票がおこなわれることになったのである。

有力候補の一人が、官僚出身の人物である。現職の社長が強く推薦した人物だったから、いってみれば与党候補者だった。下馬評では、この人物が次期社長だろうといわれていた。

当時熱心な組合活動をしていた私は、当然、これには反対した。官僚の天下りなど、もってのほかである。

組合は独自候補を立てて、これに対抗した。

このほかに、2人ほど候補がいた。1人は、強い支持基盤を持つ候補者で、もう1人は、弱小な支持基盤を持つ候補者だった。つまり1人の与党候補者と、3人の野党候補者が名乗りを上げたのである。

私はなんとしても天下り官僚を落選させなければならないと、生まれて初めて選挙運動というものをした。

私は組合に言われるがまま、会ったことも話したこともない、その組合の立てた候補者を応援することにして、投票権のある人たちのところを個別にまわり、組合の立てた候補者に投票してもらうようにお願いにまわった。

ところが、この候補者がすこぶる評判が悪い。リベラルな考え方の持ち主の人たちの中にも、

「あいつだけには絶対に投票しない」

と言う人がけっこういたのである。どうも過去にいろいろとあったらしい。それに漏れ聞くところでは、あまり人望のある人のようには思えなかった。その当時私はこの職場に来たばかりで、そういったことを全然知らなかった。

(どんな理由でも、とにかく天下りだけは阻止しなければならないのだ!)

という一心で、組合の立てた候補者を盲目的に支持し続けた。

そのうち、組合の中で票読みがはじまり、このままでは野党票が分裂し、与党候補者である官僚出身候補者が勝利、組合の立てた候補者は惨敗してしまうおそれがあるという結論になった。

与党候補者の票が1位になることだけは、なんとしても阻止しなければならない。投票日の直前になって、組合はある決断をした。

それは、組合の立てた候補者が候補を辞退し、強い支持基盤を持つ野党候補の応援にまわる、という決断である。

つまり「野党共闘統一候補」として、「強い支持基盤を持つ野党候補」を支持することに、方針転換したのである。

私は困ってしまった。

その「強い支持基盤を持つ野党候補者」は、かつてある部局の管理職時代に、部下のセクハラ事件をもみ消した事実があったからである。絶対に許すことのできない、私にはとうてい支持できない人物であった。

しかし、背に腹は代えられない。なんとしても天下りだけは阻止しなければならない。

私は再び、投票権のある人たちのところに個別に訪問した。今度は、「強い支持基盤を持つ野党候補に投票してくれ」とお願いにまわった。

すると大方の反応は、

「ええぇぇ、あんな奴に?」

というものだった。そのていどの評判の人物だった。それでも頭を下げて、なんとかお願いした。

さて、投票の結果はどうだったか?

1位は、「強い支持基盤を持つ野党候補者」だった。組合の立てた候補者が直前になって候補を辞退し、野党勢力を結集させたのが功を奏した。

2位は、与党が推す官僚出身の候補者。

3位は、弱小の支持基盤を持つ候補者。

しかし投票の結果は反映されず、2位の「与党が推す官僚出身の候補者」が社長に就任した。

私のとった行動は、はたして正しかったのだろうか?

それから少し経って、得票数3位だった、「弱小の支持基盤を持つ候補者」が、ご病気で亡くなった。

その知らせを聞いたある若者が、涙を流して私に言った。

「私たちのような若い人間のことにも気を遣ってくれる、とてもいい方でした。もっとあの方のもとで働きたかった」

そのとき私は気づいた。私は、最下位になってしまった「弱小の支持基盤を持つ候補者」に投票すべきだったのではなかったかと。たとえ自分の票が無駄になっても、である。

私にとっては、その若者の言葉だけが、ほとんど唯一の、信頼できる言葉だったのではないだろうか。

どうして、人間的にもまったく尊敬できないようなあんな奴を、自分は支持してしまったのだろう?

私は自分の頭で考えなかったことを、ひどく恥じた。

それからというもの、どんなことがあっても、組織票の片棒を担ぐことだけはやめよう、と強く思った。誰に言われようとも、である。

これが、私の哀しき選挙運動の顛末である。

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歌のないにっぽんのメロディー

(オープニング、「赤とんぼ」のメロディー)

歌に思い出が寄りそい、思い出に歌は語りかけ、そのようにして歳月は静かに流れてゆきます。みなさまこんばんは。お心豊かにご無事な毎日でしょうか。「にっぽんのメロディー」です。

今日は、東京都文京区千駄木にお住まいの、「元福岡のコバヤシ」さんからのおたよりをご紹介いたします。

「ゴキブリネタ好評につき、後日談を報告します。

金曜の夜の死闘の後、博多に一時遠征、月曜に帰京後改めて敵の動向を窺えば、一匹の侵入を発見、すかさず火器(丸めた新聞)により敵を殺傷、2日間の小康状態を経て水曜に帰宅すれば敵兵一匹を発見、一旦は見逃し風呂場に行けば少年兵一匹を発見、手榴弾(風呂の椅子)を投げつけ瀕死の状態に追い込むも風呂桶下に逃げ込み死体は確認出来ず、最初に目撃した敵兵の動向を気にしつつ寝床に入り、まさかこちらの本拠地には侵入しまいとの疑念を抱きつつ頭の横の本の影を窺えば何と大胆不敵にも敵兵が…、再度追い詰めるも残念ながらまたもや逃げられ失意の内に再び風呂の状況を窺いに風呂の戸開ければ、なんと少年落下傘部隊が(ゴキブリが戸の上から落ちてきた)…、あまりの恐ろしさに「うぉお~」と絶叫、しかし、ここで怯んでは敵の思う壺と勇気を振り絞り敵に立ち向かうも、残念ながら逃げられてしまい、再び寝床に戻れば最初に逃げられた敵兵が油断して出て来ており、すかさず攻撃を仕掛け何とか殲滅、結局、戦いは二勝一敗の戦績、しかし、この数日間にこちらは すっかり疲弊、武力(丸めた新聞)のみによる戦いに限界を感じ、本日ついに化学兵器(コンバット+ゴキブリホイホイ)の導入を決断(ここでベトナム戦争における枯れ葉剤を思い浮かべるのは私だけであろうか…)し武器商(薬屋)より購入し戦地の要所に配置…それにしても、この戦いは何時までも続くのか、嗚呼、愚かなる人類はこの何時終わらぬかわからぬ恐怖についに大量破壊兵器=核兵器(ここではバルサン)を導入してしまうのかと、何故かゴキブリとの戦いから世界の情勢に思いを馳せる自分がいた次第。

世界の平和を祈りつつ今日も眠りにつくのでした…

では、また。ゴキ元よう~~~~

疲労と酔いで妄想が広がるコバヤシでした」

ご自宅にあらわれたゴキブリとの死闘を、人間同士の愚かしい戦争になぞらえる、新しい戦記文学の誕生を思わせるおたよりでございました。

(エンディング、「赤とんぼ」のメロディー)

「殺す手はよりどりみどりごきかぶり」  アーサー・ビナード

スーパーや薬屋さんに行きますと、実にさまざまなゴキブリ退治の道具が並んでおります。それを見ているだけでも、ゴキブリ退治にあれこれと思いをめぐらせてしまうものでございます。

ゴキブリはそもそも「ごきかぶり」と呼ぶのが正しく、それがあるとき、誤植によってゴキブリと呼ばれるようになったそうでございます。ゴキブリという呼び方が定着したのは、その語感から来るふてぶてしさが、呼び名にピッタリだったからではないかと、思えてなりません。

殺す手はよりどりみどりごきかぶり

ゴキブリのいない平穏な夜になりますように。

おやすみなさい。

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まぼろしの「バラエティー番組出演」

7月19日(火)

私にテレビ局の取材の申し込みが来ていると、うちの広報担当から連絡があった。

なんでも、「いまテレビで大人気の博識の先生をギャフンと言わせるような、驚くべき雑学を披露する」番組の担当者からだという。

「場合によっては先生に取材や、番組での出演もお願いできないかと検討されているそうです」

えええぇぇぇっ!!

いきなりバラエティー番組出演???

広報担当から聞いた番組担当者らしき人と連絡をとったところ、

「お電話して大丈夫な時間はいつごろでしょう」

と聞くので、

「明日の4時以降なら大丈夫です」

と答えた。

翌日、5時頃にその番組担当者らしき人から電話があり、

「6時頃、お電話しても大丈夫でしょうか?」

という。

「大丈夫ですよ」

と答えると、

「ではその時間に、うちの○○という者が、いろいろと質問をさせていただきますので、よろしくお願いいたします」

といって電話が切れた。

よくわからないが、電話でアポを取った人がADで、実際に質問をするその○○という人がディレクターなのだろうか。ま、どうでもいいことだが。

企画書がメールで送られてきたのでみてみると、「豊富な知識と巧みな話術で今、最も有名な先生。そんな先生に視聴者から寄せられた世にあふれる様々な雑学を知っているかどうか勝負をする知的バラエティーです」

と書いてあった。うーむ。そんな勝負に、私が勝てるはずがない。

6時に電話が来て、いろいろと質問されたので、自分がわかることをお話しした。

だが、先方の知りたいこととはどうも違うという雰囲気が、話していて感じられた。

こちらが話しているうちに、先方の興味も次第に薄らいでいくような印象を受けた。

「…では、社内に持ち帰りまして、企画として成立するか検討してみたいと思います」

といって電話が切れた。

先方の思惑とは違った内容だったのだろう。

ということで、バラエティー番組出演はまぼろしとなったのである。たぶん。

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ZERO LANDMINE

筑紫さんに関する文章を書いていて、久しぶりに坂本龍一の「ZERO LANDMINE」を思い出した。

この曲、どのくらいの人たちが知っているのだろう?

15年前、筑紫さんが司会の「地雷除去キャンペーン」の番組の中で、坂本龍一が、世界中の音楽とミュージシャンを集めて、曲を作った。

作詞は、坂本龍一がもっとも信頼する親友というか旧友のデヴィッド・シルヴィアン。

デヴィッド・シルヴィアンの詞に、坂本龍一が曲をつける。

彼は、この企画を持ち込まれたときに、この旧友と曲を作ることが、真っ先に思い浮かんだのだろう。

そしてベースは細野晴臣、ドラムは高橋幸宏。

これ以上の組み合わせはない。

デヴィッド・シルヴィアンの詞がすばらしい。

Take away the violence

Give the earth back its peace

ふだんは難解な歌詞を作ることで有名なデヴィッド・シルヴィアンが、シンプルで普遍的なメッセージをストレートに表現している。

懐かしんで聴く曲ではない。いまこそ聴くべき曲である。聴き継がれるべき曲である。

この曲が作られ、番組で放送されたのが2001年。

こういう曲を作ることができた、最後の時期である。

その後この国は、右傾化の道をたどっていく。

たった15年で、こんなことになってしまった。

いまでは、こういう曲も作られることはないし、こういう番組が放送されることもない。

しかし、かつてこの国でも、これほどまでにシンプルに平和を主張する気運が存在したのだ。

だからこの曲が、一人でも多くの人に聴き継がれてほしいのである。

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ジャーナリスト

一度だけ、筑紫哲也さんを近くで見かけたことがある。

東京ドームでおこなわれたYMOの「テクノドン・ライブ」に行ったときのことだから、1993年6月10日のことである。

コンサートの中盤の休憩時間だったか、アリーナ席の前のほうで、席を立って会場を出て行く筑紫さんを見かけたのである。そのとき私はアリーナ席の少し後ろのほうにいた。

時間的にみて、(ああ、これから「ニュース23」の生放送に向かうんだな)と思った。

会場を出て行くときの横顔がにこやかな表情だったことを覚えている。

筑紫さんもYMOとか聴くんだ、とそのときはビックリした。

のちに坂本龍一は「ニュース23」のテーマ曲を作曲したり、地雷除去キャンペーンの「ZERO LANDMINE」を作曲したりしていたから、坂本龍一と筑紫さんはお互い敬意を表し合う関係だったのだろう。

筑紫さんが、ジャーナリスト出身のニュースキャスターとしてテレビに出てからというもの、「ジャーナリスト出身のキャスター」が有象無象のようにテレビに出はじめたのだが、誰ひとり、筑紫さんのあとを継ぐ者はあらわれなかった。

もちろん、筑紫さんよりも政治の裏事情に詳しいジャーナリストや、強靱な取材力を持ったジャーナリストはいたのかも知れないが、たんにそれだけに過ぎなかった。筑紫さんのような柔軟なスタンスで、政治や文化など、いま起こっているあらゆる事象を的確に語れるジャーナリストは、その後、まったくあらわれていない(池上彰さんは、筑紫さんとはちょっと違うイメージである)。

どうして、他のジャーナリストたちは、筑紫さんになれなかったのだろう?最近になって、その理由がなんとなくわかってきた。

他のジャーナリストたちは、みな「上から目線」なのである。筑紫さんは、どんな相手であっても、同じ目線に立ち、同じ言葉で語りかけた。相手によって口調を変えたり、内容を変えたりすることがなかった。

いまそれができるのは池上彰さんぐらいで、それ以外のジャーナリストは、結局のところ、弱い者や愚かな者を見下す姿勢が、見え隠れするのである。

それで思い出した。

ずっと以前、当時の都知事が、都の経営する大学の改革を断行し、大学の自治が危ぶまれるような状況に陥ったときに、私の高校時代の担任の先生が、こんなことを言っていた。

「山住正巳さんが生きていたら、都庁に怒鳴り込みに行っただろうなあ」

筑紫さんが生きていたら、いまのこの国の状況とどう戦っていただろうか。

そんなことを思ったりする。

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メールでこんにちは

日本香堂がお送りする「メールでこんにちは」のコーナーです。

今日は、ハンドルネーム「元福岡のコバヤシ」さんからのメールを紹介します。

「鬼瓦殿

元福岡のコバヤシです。こんばんは。相変わらずブツブツ不満を言いながら、忙しくお過ごしのことでしょう。

ところで、今日は歓送迎会だったのですが、帰って来てふと暗闇に気配を感じ電気を付ければ台所の片隅にゴキブリが一匹、新聞紙を丸めて出直したらまんまと逃げられたので、暫く布団に横になって気配を伺っていれば何やらかさこそ音がするということで改めて台所に行くとゴキブリが何と二匹(つがいか?)、思わず「おお~っ!」と叫んで一瞬怯んだものの、何とか気力を振り絞り二匹もろとも先ほど用意した新聞紙で叩き殺したのですが、何やらまだ気配を感じるので冷蔵庫脇のゴミ袋の横を見ると二本のユラユラと動く黒く細い糸のようなものが…何ともう一匹、逃げ惑うのを追い詰めて叩き殺しましたが、もしや冷蔵庫の裏が怪しいと思い動かして見たら黒い糞らしきものが見えてきたので、これは!!と確信して良く見ると、これまたもう一匹、ほとんど失神しそうになりましたが、何とか正気を取り戻して逃げ惑うゴキブリを玄関まで追い詰め叩き殺しました。計4匹のゴキブリを叩き殺し今日はもうグッタリです。もしやまた何時の晩かに再び戦いを繰り広げねばならないのかと想像すると、また疲労感が…ということで、疲れたのでもう寝ます。

では、また。ごきげんよう。(ゴキブリ、また元気に、よう出てくるか!!恐ろしい!お粗末様でした<(_ _)>)」

…というわけで、元福岡のコバヤシさんからのメールでした。さては酔っ払って送ってきたな。

ゴキブリを4匹も退治したという、すさまじい内容でしたが、いくつになってもゴキブリは恐いものです。ゴキブリはかくも人類にとって戦慄を与える存在であることを思い知らされますなあ。

ゴキブリ、で思い出しましたけども、アタクシ、つい先ほどまで1泊2日の旅に出ておりまして、いろいろと車でまわったんですが、「ローカル番組がきっかけで人気者になり、いまや映画に主演したり大河ドラマに出演したりするようになったタレント」が生まれた市に行ってみたんですよ。

…これじゃあどこだかわからないか。

そこにこんもりとした土饅頭があるというので、行ってみたら、うっそうとした林の中にありまして、車をとめて、歩いて林の中に入っていったんです。

地面を見てビックリ!

蟻が大量発生しているんです!

地面を埋め尽くすほどの蟻が、うようよと動き回っているんですよ!

気がつくと、無数の蟻がズボンの裾からどんどん上に這い上ってくるではありませんか!

何なんだ、これは!

慌ててズボンに這い上ってくる蟻を振り払ったんですが、振り払っても振り払っても、次から次へと蟻が這い上がってきます。

このままでは俺の体全体が蟻にコーティングされてしまう!

こんもりとした土饅頭を見るのもそうそうに、車に逃げ帰ってきました。

(ひどい蟻地獄だったなあ)

と思って車を走らせていたら、フロントガラスに蟻が2匹、ちょこちょこと歩いています!

ズボンに這い上がってくる蟻を全部振り払ったつもりが、まだ残っていたんですね。

その残党が、一緒に車に乗り込んでしまったのです1

ほら、よくあるでしょう?

完全犯罪を成し遂げるべく、床に飛び散った血を全部拭き取ったつもりが、意外なところに血痕が残っていた、なんてこと。

あれと同じですね。

いまも、体の中に蟻がいるような気がしてなりません。

…ということで、みなさんからの近況メール、どしどしお待ちしております。

「メールでこんにちは」のコーナーでした。

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またまた旅の空でした!

7月16日(土)

1泊2日の旅から戻ってきました!

飛行機で1時間半の場所ですが、そこからの移動がなかなかたいへんです。

レンタカーなしには旅はできませんね。

2

一見、湿地帯とか沼のように見えるかも知れませんが、川なんですね。

あまりに美しい風景なので写真に撮りました。

川の名前は、これだけではわからないでしょうね。

少し車で移動すると、珍しい名前の橋がありました。

Photo

このあたりの地名は、なかなか独特で風情があります。

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刀剣男子

7月14日(木)

取材で都内某所を訪れる。初めての訪問である。

初対面の方々に、2時間ほどお話をうかがう。

この方面にまったく知識がなかったので、「すぐは」と「ちょうじば」という言葉を初めて知った。

「ちょうじばのほうが見た目が華やかですからね。どちらかというとちょうじばを作る刀匠さんが多いです」

「でも今年の大賞は、すぐはですね」

「そうですね。この刀匠さんは、もっぱらちょうじばを作っていたのですけれど、思い切ってすぐはに作風を変えたところ、大賞を取ったというわけです」

「こうしてみると、ちょうじばは確かに見た目が華やかですが、すぐははクール、といった感じですね」

「そうですね」

「刀匠さんは全国にかなりいるのですか」

「ええ。ただ、それだけで食べていくのはなかなか難しいようです。どうしてもコレクターの方は、現代のものよりも古いものを好みますからね。それに、いまは1年に24本というふうに製作本数が決められているんですよ」

「そうなんですか?」

「ええ。だいたい2週間で1本という計算です」

「しかし、刀身だけが鑑賞の対象になるというのは、実におもしろい」

「世界的にも珍しいようです」

「刃を下に向けて展示しているものと、上に向けて展示しているものがありますね」

「ああ、これは太刀と刀の違いです。太刀は刃を下に向けて携帯し、刀は刃を上に向けて携帯するでしょう。展示するときも、それを意識しているのです」

「なるほど」

そんな基本的なことも私は知らなかった。

「刀身彫というのもあるんですよ」

「やや、これはすばらしい。実に見事ですね」

「当然、これを専門にしている職人さんがいるわけですが、刀身彫は、それだけが目立ってはいけないように配慮されているんだそうです。あくまで主役は刀身ですからね」

「なるほど、目立ちすぎないようにして、それでいて最高の技術を提供するんですね」

刀身だけがこれだけ並んだところを見るのは初めてである。自分一人だけで見ていたら、何が何だかわからなかっただろうが、解説を聞きながら見たおかげで、鑑賞の仕方が少しだけわかった。

実に奥深い世界だ。ちょっとハマりそうだ。

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出馬要請の極意

7月13日(水)

最近はどんな仕事をしているかというと、いろいろな人に会ったりメールを出したりして、出演交渉やスカウトに明け暮れる毎日である。

人に会うことを厭うことなく、交渉しなければならない。

私のもっとも苦手とする仕事である。

しかしいまはそれを、誰よりも頻繁におこなっている。

メールでの交渉も多い。

一日がメールを書いて終わることだってあるのだ。

ある方に出演交渉をおこなったところ、半月近くメールでやりとりさせられた。

私が粘り強く交渉すればするほど、もったいぶるのか何なのか、はぐらかそうとする。

この人しかいない!と思いながら出演交渉してきたのだが、これでは埒があかないと思い、この方との交渉を諦めた。

もう一人の方に交渉するも、やむを得ぬ事情により断られる。

打つ手なしか!と天を仰ぎ、ダメ元で最後の砦となる方に交渉したところ、快諾いただいた。

結果的に、いちばんよい結果となった。

最初に「この人しかいない!」と思っていたのはたんなる思い込みで、そんなことは全然なかったのである。

今日もそうである。

2,3週間前からある方に出演交渉していたのだが、そろそろタイムリミットの日である。

「そろそろお返事を…」

とうかがうと、きっぱりと断られた。

その断られ方は、これ以上粘ってもダメだ、という断られ方である。

(この人しかいなかったのに…)

万事休すか?天を仰ぐと、ひとり、候補となる方の名前が浮かんだ。

ただ、快諾いただけるかどうか…。

急いでその人に交渉してみると、その場で快諾していただいた。

これもまた、結果的にいちばんよい結果となった。

都知事選の出馬交渉っていうのも、こんな感じなのかな。

まあそれはともかく。

結論。

どんな局面でも、この人しかいない!という結論は、ありえない。

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ラジオだったんですけど

土曜日のTBSラジオ、久米宏がパーソナリティーをつとめる「久米宏 ラジオなんですけど」の冒頭の12分間は、久米宏のフリートークである。

アシスタントのTBSアナウンサー・堀井美香を相手に、のびのびとフリートークを展開する。この、堀井美香アナの「受け」は絶品で、いまやラジオには欠かせない存在である。

久米宏のフリートークは、あっちこっちと話が飛びながら、12分後には一つのところに収束する。

聞いている方は、久米宏の繰り出すさまざまな話題に翻弄されながら、最後に溜飲が下がる思いをする。

いっぺん、そんな感じで話をしてみたいと思い、先日、都内某所で80名ほどの前で喋ったとき、ちょっとだけ久米宏の話芸を真似た話し方をしてみた。

もちろん、私自身が勝手にそう思っているだけで、実際には似ても似つかない、ひどい話し方だったんだと思う。

しかし、自分が久米宏を真似た喋り方をした(と自分が思っている)部分だけ、会場の反応がすこぶるよかったのである。ま、これも思い込みかも知れないが。

それからというもの、話芸を勉強するために、ポッドキャストで公開されている久米宏の冒頭12分間のフリートークを注意して聴くようになったのだが、久米宏のフリートークについて、ある仮説が浮かんできた。

それは、久米宏のフリートークが永六輔の話芸にかなり色濃く影響されているのではないかという仮説である。

久米宏と堀井美香の関係は、「永六輔の誰かとどこかで」でいうところの永六輔と遠藤泰子の関係になぞらえることができる。

「永六輔の誰かとどこかで」もまた、短い放送時間の中で、「受け」の名人である遠藤泰子を相手に、永六輔がのびのびとしたフリートークをしていた。

考えてみれば不思議なことではない。

久米宏は、「永六輔の土曜ワイドラジオTOKYO」の街頭インタビューでラジオデビューし、その後、自らも「久米宏の土曜ワイドラジオTOKYO」のパーソナリティーを7年担当した。久米宏の話芸は、永六輔の話芸の影響を受けなかったはずはないのである。

永さんが逝ってしまっても、久米さんがいるではないか!

熱心なリスナーではありませんでしたが、永さんのご冥福をお祈りします。

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非床屋政談

7月10日(日)

いつもの散髪屋にて。

いつも散髪を担当してもらっている人は、30代前半くらいの男性である。

「選挙、行きました?」

「ええ」

「僕、よくわかんないんですよねえ。ほら、『…実現します!』っていうの、何でしたっけ?」

「公約、ですか?」

「そう、公約。僕、政党の公約なんて全然わかんないから、投票する資格なんてないと思って…。だから投票は拒否しました」

拒否?

「投票率が下がると、組織票に有利なんですよ」と私。

「組織票って何ですか?…あ、僕も何かの組織なんでしょうか?」

「いえ、そうじゃなく。私たちみたいな人間は浮動票といって、どの政党に投票しようか決めかねている人たちのことです。投票率が低いと、特定の政党を支持する組織の票に有利になって、たくさんの人の意見が反映されないってことです」

「そうなんですか」

わかったようなわかんないような表情をした。

ひととおり髪を切ってもらったあと、

「洗髪は、若いもんに変わりますんで」

と、今度は20代前半とおぼしき新入り見習いの若者に交代した。

「選挙っていつからですか?明日からですか?」

「え?」

「いえ、いま選挙の話をしてましたよね。選挙って今日からでしたっけ?」

「選挙は今日ですよ」

「そうですか。僕、いままで選挙に行ったことがないんで」

「……」

だんだん脱力してきた。

むかしは「床屋政談」などという言葉があったが、いまではとっくに死語になっているんだな。

ひととおり終わり、最後に再び最初の人に交代し、私の髪を整えながら言う。

「選挙特番って、あれ、すべての局で、あんな長々とやる必要なんてあるんですかねえ」

「いちおう大事な選挙ですからねえ」

「でも、投票率なんてどうせ50%もないんでしょう?うちのカミさん、今日は録りだめた番組を見るんだろうなあ」

「……」

このお店にいる数人の店員さんとその家族の投票率は、ほぼ0%に近いと確信した。

断っておくが、この店の店員さんは、みないい人ばかりである。

その、悪気のない人たちが、意思表示をしないことを選択することで、ある結果を生み出すことになる。

意思表示をしないと選択した、大多数の悪気のない人たちが、結果的に、この国の政治を動かしているというのは、世の常とはいえ、何とも皮肉なことである。

私はひどく憂鬱になって散髪屋をあとにした。

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知らない間に変わる

7月9日(土)

世の中は、知らない間に変わってしまうものらしい。

いつのまにか8月11日が「山の日」ということで祝日になっている。

「海の日」だって、いつの間にか祝日になっていた。

前に書いたように、首都高速の普通車の料金が、この4月に950円から1300円に値上がりしていたことを、知らなかった。常識ではあり得ないほどの値上がりの仕方で、ふつうだったら大反対運動が起きてもおかしくないはずなのだが、知らない間に値上げが粛々とおこなわれ、徴収する側もさほど後ろめたさを感じていない。

ところである雑誌で、高速道路会社の社長が、少しも悪びれた様子もなく、次のように語っているのを読んだ。私は頭が悪いので、ここで述べられている「からくり」が何を意味しているのか、まったく理解できない。

2005年の民営化により、道路関係四公団は、6つの高速道路株式会社と、独立行政法人の機構(日本高速道路保有・債務返済機構)になりました。

機構は全ての道路資産と債務を保有し、高速道路会社に貸付けます。会社は道路を管理し、利用者から徴収した料金で機構に貸付料を支払います。機構はそれをもとに債務を返済します。新規に高速道路を造る際は、会社が資金を集めて工事を行い、完成後、負債とともに機構に渡します。

こうして45年以内(2050年までに)に償還が終わり、高速道路は無料になる予定でしたがその後、高速道路の老朽化が判明し、大規模改修工事の必要が生じました。2014年、改修資金の確保のために、高速道路の有料期間が15年延長(2065年まで)されました。

なお、通行料金に利潤は含まれておらず、会社はサービスエリア事業などで利潤を追求しています。

わからないのは、借金を2050年までに完済すると約束していたものを、事情が変わったので2065年まで15年延期すると、悪びれる様子もなく語っていることである。

「おい、借金返せよ」

「事情が変わったんだ。あと15年待ってくれ」

といわれたら、ふつうだったら「ふざけるな!」となるだろう。

しかしここではそうはならないらしい。まことに不可思議である。

そもそも、このようなことを平然と語ることに、私たちは驚かないのだろうか。

知らない間に世の中が変わってしまうことに馴らされてしまっていることこそが、私たちにとって命取りになることを、肝に銘じなければならない。

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本題と脱線

7月8日(金)

出張2日目の午後、小さな会合で1時間ほど喋ることになっていた。

前日、初めてお会いした気むずかしそうな大御所の先生から、

「おもしろくないとあかんで」

といわれ、すっかりビビってしまった。その先生も、その小さな会合に参加されるために、前日からわざわざこの町までやってこられたのであった。

せっかくはるばるやって来て、つまらない話を聞かされてはかなわないと思われたのだろう。

しかも、話すのはどこの馬の骨かわからぬ奴(つまり私)である。

私が用意した話は、パワポのスライド100枚。そのほとんどが、本題とは直接関わりのない内容だった。

準備している段階で、どう頑張っても本題がおもしろくならないことに気づき、脱線の話をメインにして、最後に本題を申しわけ程度に付け足そうと考えた。

これまでいろいろな人たちの前で喋ってきた経験上、「話は本題よりも脱線のほうがおもしろい」ということを、漠然と体得していた。

当日、その小さな会合で、怒られるのを覚悟で脱線メインの話をした。最後の5分くらいで、本題の話をした。

会合が無事に終わり、主催者は眉をひそめていたが、その大御所の先生は去り際に、

「おもしろかったでぇ。本題のほうはアカンかったけどなぁ。本題に入る前の話がおもしろかった」

と笑顔で声をかけてくださった。

しかし裏を返せばこれは、本題が全然ダメだ、とボロクソに言われたということでもある。

喜んでいいことなのか、猛省すべきことなのか…。

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いきなり鷹匠

7月7日(木)

またまた旅の空です!

駅を降りると、駅前にいきなり鷹匠がいた!

Photo

どうしてこんなまちなかの駅前に???

と思ったら、ちゃんと理由があった。

Photo_2

しばらく見ていると、鷹匠が鷹を飛ばしたが、ほどなくして、ちゃんと鷹匠の左腕に戻った。

(鷹ってすごいなあ…)

しばらく時間を忘れてその姿に見とれていたが、

「いかんいかん!会場に行かなければ!」

と、バスに乗り、会場に向かったのであった。

さて、私が今回訪れた町というのは…。

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ホシカツさんに育てられた

子どもの頃、TBSテレビで放映されていた刑事ドラマ「夜明けの刑事」のオープニングテーマ曲がかっこいいなあと思っていたら、音楽は星勝(ほしかつ)だったことを、あとで知った。

星勝は、鈴木ヒロミツとともに「モップス」のメンバーだったが、モップスはリアルタイムでは見ていない。

思春期を過ぎたあたりから、井上陽水や小椋佳を聴くようになり、編曲に「星勝」という名前ばかり出てくるので、そのころから「星勝」という名前を認識するようになった。

井上陽水の名曲「帰れない二人」は、作詞作曲が井上陽水と忌野清志郎の共作で、編曲が星勝、ギターが高中正義、ベースが細野晴臣だというんだから、なんという豪華メンバーだろうか!日本のニューミュージック史上の最高傑作といっても過言ではない。

というわけで僕は、星勝さんアレンジの曲を聴いて育ってきたというわけだ。

調べてみると、薬師丸ひろ子の「セーラー服と機関銃」も、星勝さんの編曲だった。

僕が中2か中3くらいのときに、映画とともにこの歌がヒットしていたから、僕にとっては「中2病」をこじらせていたど真ん中の時代の、忘れがたい名曲なのである。

ところが、それから何年かたって、レコードの時代からCDの時代に変わり、薬師丸ひろ子の歌う「セーラー服と機関銃」の入っているCDを買ったところ、全然編曲が違うことに気づいた。「セルフカバー」ともいえる別バージョンになっており、中学のときにヒットしたオリジナルの編曲とは、似ても似つかないものだった。

何でだ???あのオリジナルの編曲だからこそ、青春がよみがえるのに、編曲が全然違っては、青春の思い出に浸れないじゃないか!

その後も、薬師丸ひろ子が歌う「セーラー服と機関銃」の入ったCDを買っては聴いてみるのだが、どれもその別バージョンのものばかりで、オリジナル版をまったく聴くことができない。

いったいどういうことなんだ???

数年前、オリジナル版の「セーラー服と機関銃」が入った薬師丸ひろ子のベストアルバムを入手して(「歌物語」)、ようやく念願のオリジナル版を耽聴することができたのであった。

やっぱり、オリジナル版はいいねえ。

あとで調べてみると、薬師丸ひろ子は「セーラー服と機関銃」を出したあと、別のレコード会社に移籍したため、移籍後に別の編曲による「セーラー服と機関銃」が録りなおされたのだという。しばらくの間、別バージョンが流布していたのは、そういうことだったのか。

というわけで、それほどまでに僕は、星勝さんアレンジの「セーラー服と機関銃」が血肉となっていたのである。

ホシカツさんに育てられた、といっても過言ではない。

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遅筆の謎

あんまり他人様のことを言える立場ではないのだが。

遅筆な人、というのは、なんとなく共通点があるような気がする。

たとえば、能弁な人ほど、遅筆である場合が多いような気がする。

ある会合で、初めてお会いした方のお話が、とても弁舌さわやかで、聴いていて「なるほど」と思うことばかりだった。

あまりにお話しを聴いていて耳心地がよいので、その方に原稿を書いていただくようにお願いしたところ、待てど暮らせど、原稿が送られてこない。

しかも、そんな長い文章ではなく、ごく短い文章である。

「出るか出ないかわからないような企画本」ではなく、「発行日が決まっている本」だったので、こちらはやきもきするばかりである。

あの弁舌さわやかな様子は、「そのまますぐ文章になるのではないか」と期待させるのであるが、現実にはなかなかそうはいかないらしい。

まだ大学院生だったころ、弁舌さわやかな先輩にかぎって、まったく論文が書けない、ということを目の当たりにしていたことを思い出し、ひょっとしてこれは、遅筆な人の共通点なのかも知れないと、思ったのである。

なぜ、話を聞いておもしろい人は、文章となるとなかなか進まないのだろう。

これは私にとって、ささやかな謎である。

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カエルは人類を救う

7月1日(金)

2日間、いろいろな人の話を聞いたが、いずれもディープなお話ばかりでおもしろかった。

「100年の歴史をもつ大学」に残っていた、「学者が使っていた木製机」の話をされた方がいた。

戦前から使われていた「学者の木製机」は、建物の建て替えなどの際に捨てられたりしてしまうことが多いが、その方は捨てられそうになる木製机を救い出し、廃棄されないように保管しているのだという。

木製机には備品シールが貼ってあるから、いつ買ったものかがわかる。それにより、木製机の編年研究ができるのである。木製机は、立派な研究対象なのだ。

ある時期の机だけがデザインが異なることに気づいたのだが、調べてみると、その机は戦時中のもので、政府による木材統制がおこなわれた時期に当たるという。木製机といえども、時代の影響と無縁ではないのだ。

戦前の学者が使った木製机という、あまりにディープな、というか地味な話にすっかり感動してしまった。

2日間にわたる会合が終わったあと、主催者の案内で施設を見学することになった。

印象的だったのは、カエルの飼育施設である。

実験に使うカエルとして全国の研究機関に無償で提供するために、その施設では日々、大量のカエルが飼育されている。

そして、大量のカエルを飼育するためには、えさを安定的に供給する必要がある。そのえさというのが、コオロギである。

えさのコオロギを飼育する部屋にまず案内された。

コオロギを育ててその道20年、という方に、大量のコオロギとその幼虫を見せてもらい、説明を受けた。

安定的に供給できるカエルのえさとしてコオロギが選ばれるまでには、紆余曲折があったのだという。長い研究の末に、コオロギがふさわしいという結論になったというわけだ。

「この大量のコオロギが逃げ出してしまうことはないんですか?」

「ありません。仮に逃げ出したとしても、フタホシコオロギは熱帯産ですから、気温が5度以下になると死んでしまいます。ですから生態系に影響を与えることはありません」

なるほど。

コオロギを見たあとは、いよいよ大量のカエルを見せてもらう。

カエルを語る人は、みな、カエルに対する思いがあふれた人ばかりである。カエルの話が止まらないのである。

「すみません。もう時間です」

と言われても、まだお話しを続けている。

「たかがカエルとお思いでしょうが、いまやマウスよりもカエルのほうが、人間の疾患を解決するためには不可欠な存在です。人類を救う糸口は、カエルが握っているのです!」

「なるほど」

もっと聞いていたいと思ったが、次の場所に移動する時間である。

施設の玄関先で、

「おみやげに切り絵を持っていってください」

という。

「切り絵ですか?」

「ええ、カエルの切り絵です」

見ると、玄関のところに机が置いてあり、そこに大量の「カエルの切り絵」が並べてあった。ずいぶん手の込んだ切り絵である。

「自由にお取りください」と書いてあった。

「いただいていいんですか?」

「どうぞどうぞ、何枚でも」

何枚でもどうぞといわれても、すべてカエルの切り絵である。

「ずいぶんと上手な切り絵ですね」

「カエルの切り絵しか作らないので、ほかの切り絵はできませんけど」

「そうなんですか」

カエル好きが高じて切り絵を極めたというのがすごい。

そればかりではない。この施設には、実物のカエルが大量にいるのに、それだけでは飽き足らず、まるでアイドルのポスターを貼るように、あちらこちらにカエルの写真が貼ってあるのだ。

なんという「カエル愛」だ!この建物全体が、カエル愛にあふれている。

私はすっかり感動してしまった。

カエルが人類を救うのではない。

カエルを愛する人に育てられたカエルが、人類を救うのである。

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