カエルは人類を救う
7月1日(金)
2日間、いろいろな人の話を聞いたが、いずれもディープなお話ばかりでおもしろかった。
「100年の歴史をもつ大学」に残っていた、「学者が使っていた木製机」の話をされた方がいた。
戦前から使われていた「学者の木製机」は、建物の建て替えなどの際に捨てられたりしてしまうことが多いが、その方は捨てられそうになる木製机を救い出し、廃棄されないように保管しているのだという。
木製机には備品シールが貼ってあるから、いつ買ったものかがわかる。それにより、木製机の編年研究ができるのである。木製机は、立派な研究対象なのだ。
ある時期の机だけがデザインが異なることに気づいたのだが、調べてみると、その机は戦時中のもので、政府による木材統制がおこなわれた時期に当たるという。木製机といえども、時代の影響と無縁ではないのだ。
戦前の学者が使った木製机という、あまりにディープな、というか地味な話にすっかり感動してしまった。
2日間にわたる会合が終わったあと、主催者の案内で施設を見学することになった。
印象的だったのは、カエルの飼育施設である。
実験に使うカエルとして全国の研究機関に無償で提供するために、その施設では日々、大量のカエルが飼育されている。
そして、大量のカエルを飼育するためには、えさを安定的に供給する必要がある。そのえさというのが、コオロギである。
えさのコオロギを飼育する部屋にまず案内された。
コオロギを育ててその道20年、という方に、大量のコオロギとその幼虫を見せてもらい、説明を受けた。
安定的に供給できるカエルのえさとしてコオロギが選ばれるまでには、紆余曲折があったのだという。長い研究の末に、コオロギがふさわしいという結論になったというわけだ。
「この大量のコオロギが逃げ出してしまうことはないんですか?」
「ありません。仮に逃げ出したとしても、フタホシコオロギは熱帯産ですから、気温が5度以下になると死んでしまいます。ですから生態系に影響を与えることはありません」
なるほど。
コオロギを見たあとは、いよいよ大量のカエルを見せてもらう。
カエルを語る人は、みな、カエルに対する思いがあふれた人ばかりである。カエルの話が止まらないのである。
「すみません。もう時間です」
と言われても、まだお話しを続けている。
「たかがカエルとお思いでしょうが、いまやマウスよりもカエルのほうが、人間の疾患を解決するためには不可欠な存在です。人類を救う糸口は、カエルが握っているのです!」
「なるほど」
もっと聞いていたいと思ったが、次の場所に移動する時間である。
施設の玄関先で、
「おみやげに切り絵を持っていってください」
という。
「切り絵ですか?」
「ええ、カエルの切り絵です」
見ると、玄関のところに机が置いてあり、そこに大量の「カエルの切り絵」が並べてあった。ずいぶん手の込んだ切り絵である。
「自由にお取りください」と書いてあった。
「いただいていいんですか?」
「どうぞどうぞ、何枚でも」
何枚でもどうぞといわれても、すべてカエルの切り絵である。
「ずいぶんと上手な切り絵ですね」
「カエルの切り絵しか作らないので、ほかの切り絵はできませんけど」
「そうなんですか」
カエル好きが高じて切り絵を極めたというのがすごい。
そればかりではない。この施設には、実物のカエルが大量にいるのに、それだけでは飽き足らず、まるでアイドルのポスターを貼るように、あちらこちらにカエルの写真が貼ってあるのだ。
なんという「カエル愛」だ!この建物全体が、カエル愛にあふれている。
私はすっかり感動してしまった。
カエルが人類を救うのではない。
カエルを愛する人に育てられたカエルが、人類を救うのである。
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