哀しき選挙運動
ニュースで、「三つどもえ」とか「統一候補」とかいった言葉が飛び交う。それを聞いて、強烈に思い出したことがあった。
以前勤めていたところで、次期社長を決めることになった。決めるにあたり、社員の意向投票をおこなうことになった。最終的に決めるのは、しかるべき偉い方々なのだが、その参考として、社員の意向を知っておく意味で、投票がおこなわれることになったのである。
有力候補の一人が、官僚出身の人物である。現職の社長が強く推薦した人物だったから、いってみれば与党候補者だった。下馬評では、この人物が次期社長だろうといわれていた。
当時熱心な組合活動をしていた私は、当然、これには反対した。官僚の天下りなど、もってのほかである。
組合は独自候補を立てて、これに対抗した。
このほかに、2人ほど候補がいた。1人は、強い支持基盤を持つ候補者で、もう1人は、弱小な支持基盤を持つ候補者だった。つまり1人の与党候補者と、3人の野党候補者が名乗りを上げたのである。
私はなんとしても天下り官僚を落選させなければならないと、生まれて初めて選挙運動というものをした。
私は組合に言われるがまま、会ったことも話したこともない、その組合の立てた候補者を応援することにして、投票権のある人たちのところを個別にまわり、組合の立てた候補者に投票してもらうようにお願いにまわった。
ところが、この候補者がすこぶる評判が悪い。リベラルな考え方の持ち主の人たちの中にも、
「あいつだけには絶対に投票しない」
と言う人がけっこういたのである。どうも過去にいろいろとあったらしい。それに漏れ聞くところでは、あまり人望のある人のようには思えなかった。その当時私はこの職場に来たばかりで、そういったことを全然知らなかった。
(どんな理由でも、とにかく天下りだけは阻止しなければならないのだ!)
という一心で、組合の立てた候補者を盲目的に支持し続けた。
そのうち、組合の中で票読みがはじまり、このままでは野党票が分裂し、与党候補者である官僚出身候補者が勝利、組合の立てた候補者は惨敗してしまうおそれがあるという結論になった。
与党候補者の票が1位になることだけは、なんとしても阻止しなければならない。投票日の直前になって、組合はある決断をした。
それは、組合の立てた候補者が候補を辞退し、強い支持基盤を持つ野党候補の応援にまわる、という決断である。
つまり「野党共闘統一候補」として、「強い支持基盤を持つ野党候補」を支持することに、方針転換したのである。
私は困ってしまった。
その「強い支持基盤を持つ野党候補者」は、かつてある部局の管理職時代に、部下のセクハラ事件をもみ消した事実があったからである。絶対に許すことのできない、私にはとうてい支持できない人物であった。
しかし、背に腹は代えられない。なんとしても天下りだけは阻止しなければならない。
私は再び、投票権のある人たちのところに個別に訪問した。今度は、「強い支持基盤を持つ野党候補に投票してくれ」とお願いにまわった。
すると大方の反応は、
「ええぇぇ、あんな奴に?」
というものだった。そのていどの評判の人物だった。それでも頭を下げて、なんとかお願いした。
さて、投票の結果はどうだったか?
1位は、「強い支持基盤を持つ野党候補者」だった。組合の立てた候補者が直前になって候補を辞退し、野党勢力を結集させたのが功を奏した。
2位は、与党が推す官僚出身の候補者。
3位は、弱小の支持基盤を持つ候補者。
しかし投票の結果は反映されず、2位の「与党が推す官僚出身の候補者」が社長に就任した。
私のとった行動は、はたして正しかったのだろうか?
それから少し経って、得票数3位だった、「弱小の支持基盤を持つ候補者」が、ご病気で亡くなった。
その知らせを聞いたある若者が、涙を流して私に言った。
「私たちのような若い人間のことにも気を遣ってくれる、とてもいい方でした。もっとあの方のもとで働きたかった」
そのとき私は気づいた。私は、最下位になってしまった「弱小の支持基盤を持つ候補者」に投票すべきだったのではなかったかと。たとえ自分の票が無駄になっても、である。
私にとっては、その若者の言葉だけが、ほとんど唯一の、信頼できる言葉だったのではないだろうか。
どうして、人間的にもまったく尊敬できないようなあんな奴を、自分は支持してしまったのだろう?
私は自分の頭で考えなかったことを、ひどく恥じた。
それからというもの、どんなことがあっても、組織票の片棒を担ぐことだけはやめよう、と強く思った。誰に言われようとも、である。
これが、私の哀しき選挙運動の顛末である。
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