妄想漫画家
何事も、形から入るタイプである。
以前、どうしても原稿を仕上げなければならない時に、ほら、よく文豪が、山奥の温泉に籠もって原稿を書いたりするでしょう。あんな感じで、文豪を気取って山奥の温泉旅館に籠もってみたことがあったが、結局ビールを飲んだら眠たくなって寝てしまった。
実力がともなわないのに、妄想ばかりしては、失敗しているのだ。
いま、出版社のサイトに連載しているエッセイも、気分は完全に「連載を持っている漫画家」である。
担当の編集者と二人三脚で作り上げる感じが、子どもの頃に憧れた漫画の連載と重なるのである。
2週間に一度、更新されるのだが、文章に合わせた図版も用意しなければならないし、レイアウトもしなければならないので、原稿はかなり前に出しておかなければならない。できればあらかじめ数回分を書いておいて、ストックしておく必要があるのである。
だが、原稿のストックもなくなって、あんまり書く気も起こらないなあという矢先に、編集者のKさんの提案で、今後の打ち合わせと写真撮影をしましょうということになったのが、つい先日の話。
公園で撮影していたとき、編集者のKさんの上司の、Y部長がわざわざ公園にやってきた。
「やあ、どうも」
Y部長は、「ザ・編集長」といった感じの人で、たぶん人と会って話をすることが苦にならないタイプの方なのだろう。
私と話しをしに、わざわざ都内の公園まで来たのだ。
「先生の文章、とてもおもしろいです」
社交辞令であることは重々わかっているのだが、あんな地味な内容の連載にダメ出しをしないというのは、それなりに気に入ってくれているということなのだろう。
あの地味な内容の連載を気に入ってくれているのは、この世の中で編集者のKさんとY部長の2人だけなのではないか、という気がしてきた。
撮影をしながら、10分ほど四方山話をして、
「じゃ、このあと別の予定があるので失礼します。遅刻した上に早退してしまいすみません」
と言ってY部長は去って行った。分刻みで人と会うあたり、やはり「ザ・編集長」である。
公園での撮影が終わったのがちょうどお昼頃で、編集者のKさんが、
「昼食をとりながら今後の打ち合わせをしましょう」
という。
いわれるがままに、公園の向かいにある超有名なTホテルの地下の上品そうな店に入って昼食をとる。
「校閲の者も言っていたのですが、先生の文章は学者にしてはわかりやすくて、直す手間がかからないとのことでした」
「学者にしては、ですか」私は苦笑した。
たぶん私は、「手のかからない」執筆者なのだろうと思う。原稿も前もって数回分を出すし、手直しする部分も少ない。そしてなにより、編集者に対して「飲みに連れて行け」とか、「どこどこの店に連れて行け」みたいな要求もしない。
打ち合わせというのは、ブレインストーミングのようなもので、編集者がまず、
「たとえば、こんなテーマで書けませんか?」
と聞いてくる。それに対して、
「いやいや、そのテーマはおもしろいですけれど、文章にするのは難しいです。」
とか、
「たしかにそれは大事なテーマですけれど、私が書くべきく内容ではない」
とか言いながら、少しずつ歩み寄っていく。
あと、私がいま考えていることとか、形になりそうでならないアイデアをあれこれと編集者に話す。すると編集者は、
「それ、おもしろいですねえ。ぜひその話も連載に加えてください」
Kさんは必ずと言っていいほど、こちらの出すアイデアに乗ってくれるのである。
「いや、そう簡単に言われましても…。文章にするのはなかなか難しいですよ。それに、いままでの文章とはちょっとカラーが違いますよ」
「いえ、大丈夫です」
つまり、何でもあり、ということなのか?
「たまには違うカラーの文章が入ってもかまいません」
「じゃあ、連載の中でいろいろと実験させてもらってもいいってことですか?」
「けっこうです」
少し気が楽になった。
1時間ほどの打ち合わせだった。たいした内容を話したわけではないのだが、なんとなく連載が続けられそうな気がしたから不思議である。
「今後ともよろしくお願いします」
打ち合わせが終わり、Tホテルを出た。
(漫画家さんも、こんな感じで編集者と一緒にアイデアを形にしていくんだろうか…)
とまた、気分は漫画家である。
年末年始に、少しでも原稿を進めておこう。
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